えんぴつくん(3)
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嫌です。
えんぴつくんはそう答えた。
命令なのよ?
あらためてそう訊いたのはあたしたちの親玉、管理官の美女である。
「言いつけは守りなさい、えんぴつくん」
「どうしてぼくと飛鳥先輩とを分けようとするんですか?」
「あまりに正直な物言いね」
あたしはえんぴつくんに下がるように言い、管理官の前に立った。
ほんとうに美人だ、じつにシビアなヒトでもあるけれど。
「あたしはやれることは自分でやります」
「あなたは常にそうありなさい」
「わかっています」
部屋から出て、前だけ向いて歩く。えんぴつくんは有能だから、より前線に配置されることになったのだろう。あたしはちょっと動ける――運動神経がいいってだけ。苦笑が漏れた。いよいよひとりぼっちになったというだけのことだ。不平や不満をのたまうつもりなんてない。
――と、後方からヒトが駆けてくる音がした。振り返ってみるとえんぴつくんだ。息せき切っているものだから、あたしは少々驚いた。
「新しい業務は決まった?」あたしはふっと微笑んだ。「えんぴつくんみたいなニンゲンには激務が似合う。そしてそれを与えられるヒトは限られてる」
するとえんぴつくんは「ぼくは先輩と一緒にいます」などといきなり言った。あたしが目を丸くして「へっ」と間抜けな声を出すと、えんぴつくんは笑った。「先輩以外とはバディを組むつもりなんかないって言ったら了承してもらえました」と続けた。
あの性格最悪の管理官がオッケーした?
あるいはあたしたちの絆の深さを確認するための、儀式みたいなものだった?
そう考えると、わざわざ呼び出された理由もわかるような気がする。
えんぴつくんはまた笑顔を作った。「だったらやってみなさいって。だったらやってやるって答えました」と言った。
鼻の奥がつんとした。
えんぴつくん、優しいね、きみは。
「一緒に『異形』を狩りましょう」
あまりに力強く言うものだから、あたしもつい笑ってしまった。
でも、目の奥からは涙が込み上げてきて。
「管理官、ともすれば人非人だよね」
「ですけど、話せばわかってくれるいい上司です」
「きみは強い」
「はい。強いですよ」
あたしは両の目尻から伝う涙を両の人差し指で拭った。
「自分はどうなってもいいって思ってるんだ」
「知ってます。それはよくありません」
「愛して……くれる?」
「はい! もう愛しています!」
「馬鹿だな、ほんとうに……」
あたしは膝から崩れ落ち、子どもみたいにわんわん泣いた。