Zeit.3
「さて、続きやな」
妖精が説明を再開させる。
「魔力量見てみ。少し減っとるはずや」
腕時計型の装置を見てみると、ほんの僅かに黒くなっていた。それは二十等分されたうちの一目盛りにも満たず、よく見ないと分からないぐらいにしか減っていなかった。
「全然減ってないねんけど」
「そらそや。オマエ程の魔力持っとったらさっきのショートワープ程度じゃ微々たるもんや」
改めて聞いたら、魔力量だけなら歴代の魔法少女でもトップクラスらしい。あくまでとり助が知ってる範囲なので、もしかしたら俺よりも多く魔力を持つ人が居てもおかしくないが。
「じゃあ次やな。魔法に関してはさっきので基本的なことは全部教えたから、次は魔物に関して教えたる」
“魔物”。これは今朝遭遇した熊もどきがそれに当たる。2020年初頭に初めて確認された“魔物”はあらゆる兵器を無効化し、人類を窮地に陥れた。
「オマエも知ってると思うけど、魔物には魔力を帯びた攻撃しか通らん。つまり旧来からの人類の科学では歯が立たんっちゅうことや」
「どうして?」
「魔力を纏ってる生物は魔力を中和されない限り常にバリア張ってるみたいなもんや。で、その魔力を中和する方法っちゅうのも別の魔力を外から与えなあかんから、魔力を帯びてない兵器はそのバリアに阻まれんねん。因みにどんなに威力の高い兵器でも傷一つ付かん。例え核兵器やったとしてもな」
聞けば聞くほど途轍もない。とり助はさも当然とばかりに語るが、人間からしたらとんでもないものだ。通常兵器も核兵器も魔法少女や魔物に効かないから、魔法少女が居るだけで世界の軍事バランスなど有ったものじゃない。
「次はオマエの右腰のホルスターに嵌ってるイマジナリー・ウェポンについて説明したる」
「イマジナリー・ウェポン?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。ホルスターに差されているリボルバー式の拳銃を指して言っているのだろうが、何がイマジナリーなのか。
「イマジナリー・ウェポンは所謂“杖”やな」
「それって魔法少女が持つステッキ的な?」
「そうや。魔法使うときスームズに発動できるようにしたり、魔力の消費を抑えてくれるから、魔法使うときはなるたけそれ使うようにし。長期戦するときのコツやで。で、オマエの場合は見た目通り拳銃やな。そのまま拳銃としても使えるで。試しに魔力込めて撃ってみ」
とり助がテーブルの上に的を配置する。アーチェリーの的のようだが、半透明で空中に浮いている。だからこれも魔法的なものなのだろう。
「撃つのは良いけど……貫通せえへん?」
「大丈夫や。その拳銃程度なら貫通せえへん程度の強度はある。何せオレ謹製やからな!」
「えー……」
「何やその訝しげな目は」
あからさまに強調して自慢してくるのが胡散臭くてついジト目を送ってしまった。実際どれほどの強度なのか俺には分からないから、コイツの言うことを信じるしかないのだが……今までの行動を見るに信じては良さそうだが、如何せん言動が胡散臭すぎた。
「まあ、信じるわ」
それだけ言って拳銃を構える。言われた通り魔力を注ぎ込む。
……魔力を注ぎ込むってどうやるの?
「なんや、なに固まっとん?」
「魔力って、どうやって注ぎ込むん……?」
「ふ、ハハハ!すまんすまん!忘れとったわ!」
何が面白いのか、突然吹き出すとり助を睨み付ける。そんな俺の怒りをどこ吹く風とひょうきんな態度で魔力の注ぎ方の説明を始めた。
「己の感覚や。オマエの身体の内側に通ってる魔力を感じて、それを手に集める感じやな」
「まともな説明してよ!」
あんまりな説明に思わず怒鳴ってしまう。しかしとり助は俺の怒声にも動じず、やはり軽い物言いで説明を続ける。
「大真面目な説明やで。これに関しては己のセンスが物言うんや。出来るやつは数分もかからんし、出来んやつは一ヶ月近くかかる。まあ、傾向的には魔力が多いやつほど早いし、オマエもその例に倣ったら数分掛からず出来るやろ」
「そんなん言われても……何かアドバイスとかないん?」
「せやな、魔力は血管に沿って流れとるから、血液の循環を意識したらやりやすいと思うで」
そう言われてもまだアバウトで分かりにくい。とは言え、これ以上駄々を捏ねるのも大人としてどうかしてるので、自身の内側、血管に意識を向ける。
そうは簡単に言うが、普段血管に意識を向けることなんて無いので、血管に意識を向けるという感覚が分らない。だが、何となく身体を巡る暖かく異質なものを感じる。それが魔力なのだろうか。
俺はその暖かく感じるものを魔力と判断して、グリップを握る右手にそれを集めるイメージをする。
すると、右手に暖かいものが集まり、今度はそれを拳銃に流し込むイメージをする。
「ん、もう入らないな」
少しの間それを続けていると、これ以上魔力を受け付けない程満タンに充填出来た。
よく観察すると、魔力を注ぐ前は空だったシリンダーに、8発分の弾が装填されていた。
「そんじゃ撃ってみ。撃つときは引き金引くだけでええ」
発砲時も何かしないといけないということはなくて心底ホッとした。とり助の態度ならまた忘れたとか言って更に工程ふまないとだめな気がする。
ともあれ、本当にこれ以上は何か特別な事をしないといけないという雰囲気はなく、改めて的に照準を合わせる。
撃鉄を起こし、よく狙いを定めて……引き金を引く!
「……あれ、無音やねんな」
「そら火薬使っとらんからな、当然や」
如何にも銃の見た目をしているから、てっきり轟音を発するものと思って身構えていたのが恥ずかしい。
「見た目は銃でも中身は別モンってことか」
「そやな」
目線を銃から的に移す。的には中心から右にかなり外れた位置に穴が空いていた。どうやらそこに命中したらしい。
心配になって穴の先をくまなく見てみるが、壁や床、家具にも何一つ傷はなかった。とり助の言っていたことはホントらしい。
「な?大丈夫やったやろ」
褒めてとばかりに胸を張るとり助。なんとなく悔しくてそっぽを向く。
「なんや器のちっさいなあ……」
ま、ええわ。と落ち込んでいたのも一瞬。とり助は気を持ち直す(そもそも落ち込んでいないかもしれないが)と再び説明に戻った。
「イマジナリー・ウェポン使ったついでに魔力操作の説明出来たのは手間省けたわ。正直魔力操作は時間かかることもあるから最後にするつもりやってんけど、オマエのイマジナリー・ウェポンがまさか魔力充填型やったから」
「魔力操作って、さっきの?」
「せや。体内の魔力を動かして別に移す操作のことをそう呼んでんねん」
ま、簡単に言ってるだけやから正式名称は別やけど。最後に余計な情報まで付け足す。とり助はいちいち一言多い気がする。
「ここまで来たら説明も最後……まぁ、説明というか決めてもらうことやけど」
「何を決めるん?」
「ズバリ、“魔法少女名”や!」
翼を大きく広げて大袈裟に言うとり助。内容はそこまで大袈裟に言うようなものでもないが。
「で、何で決めるん?」
「オマエ、テンション低いなぁ。名前決めんねんで?もうちょいテンション上げろや」
「そう言われても……名前決めるだけじゃん」
そう言ったところでとり助が俺の頭を翼で叩いた。
「痛っ!……くは無いけど何すんの!?」
突然の暴挙に驚いて思わずとり助に掴み掛かる。とり助はそれを軽快に躱す。
「ど阿呆!名前っちゅうたらいっちゃん大切なもんや!決めた名前でずっと呼ばれんねんで!」
「別にずっと魔法少女の姿で居るわけちゃうし」
「なんや、変身したときに呼ばれるとき変な名前にしてもうたら嫌やろ?」
「別に……」
「そんじゃ『なんか白いやつ』って呼ばれてもええねんな」
流石に押し黙る。『なんか白いやつ』ってそれ、名前じゃなくて見た目じゃん。とは口が裂けても言えない。言うのは藪蛇というものだ。
「な、嫌やろ?」
「……うん」
何か諭されてるみたいでムカつくが、我慢する。
「やったら真剣に決めぇや」
「わかった」
そう言われてウンウンと頭を悩ました末に出てきたのは半時間ほど経った頃だった。
「『フライツァイト・グロウ』」
「へー、中々カッコいい名前やんか」
「まあ、それなりに悩んだし」
「そか。じゃグロウ!早速実戦や!」
「ぇ!?」