Zeit.2
「これで契約は完了したで」
サインと捺印を終えると自動的に空欄に文字が書き込まれた。恐らく妖精の署名とかそういうものだろう。
「どうやって書いたんや」
「魔法や」
本当に魔法は便利だ。どうやって書き込んだか原理が分からなくても、魔法の一言で説得力をもたせられるのだから、現代においてどれほど魔法が浸透してしまっているかが分かる。
「なんも変わった気せぇへんけど?」
「そらそうや。まだ変身する前やねんから」
どうやら契約したからといってすぐに何か変わるというわけではないらしい。
「まあものは試しや。変身してみぃ」
軽い感じでそう言われるが、言われてだけで変身をどうやってするのか知るはずもない。
「全然説明とかしてくれんのか?」
「変身に説明もクソも……ああ、すまん。これ渡すの忘れとったわ」
悪びれもせず渡してきたのは何やら軍刀みたいなデザインをした白い鞘に仕舞ってある剣だった。
「なにこれ?」
「それがオマエのデバイスや」
「デバイス?」
「魔法少女に変身するためのキーアイテムや。そいつ持ってアタマに思い浮かんだこと言ってみ」
サラっとそう言われて思い浮かぶかよ。そう思っていたのだが、初めから知っていたかのように脳に焼き付いた言葉が思い浮かんだ。
「『ツァイト・フュー・ミッヒ』」
思い浮かんだその言葉を言い切ると、唐突に浮遊感に襲われた。謎の光に包まれ、どんど身体が変形していくのが感じられる。全体的に細く、丸みを帯び、引き締まるような感覚だ。更に髪の毛は伸び腰まで銀色の糸が垂れている。
「おー、すっごい美少女になったやんか」
光が無くなり、再び室内を認識する。そこには相変わらず憎らしいほど可愛らしいコウノトリのぬいぐるみの妖精“とり助”が居る。
「どうなってるん?」
随分と可愛らしい声が出た。どちらかというとクールで透き通った声で、自分の関西弁が妙に嵌っていた。
「ほら、鏡」
また魔法で作り出したのだろう鏡を床に立てる。そこに映る俺の返信した姿は、一言で言えば改造軍服を着た美少女コスプレイヤーが適切だろうか。
プラチナのような輝きの銀髪はストレートで腰まで流されている。眉はシャープで、ラピスラズリのように蒼い瞳が嵌まる細い目と相まってキツめの印象を与えるが、そのおかげでクールな美少女という感じがする。
おまけに変身後の衣装。銀髪に合わせたように白い軍服には銀の装飾が散りばめられており、同じく白いプリーツスカートと合わせて思わず目を細めたくなるほど眩しい白色だ。
そして左側には白い軍刀が腰から提げられていた。反対側には銀の豪華な装飾が施されたリボルバー式の拳銃がホルスターに仕舞ってある。
「すご……白い」
思わず鏡に見入ってしまう程の完成された美しさだった。人形のように左右対称の顔は最早神の造形美と言っても過言ではない。
「おー、見惚れてるところ悪いけど続きいいか」
暫くそうして自分に見惚れていると横から妖精の声がした。
妖精はニヤニヤしながら俺の方を見ていた。
その様子を確認した俺は恥ずかしくなって顔が熱い。おそらく頬は紅く染まっているだろう。しかも肌がとても白いから余計目立つと思う。
「な、なに?」
「いやさ、オマエの魔法少女としての能力が分かったから教えてやるのと、あとは魔法とかの使い方の説明やな」
思ったよりも真面目な話だった。ずっと胡散臭い笑いを浮かべているものだからからかわれるのかと思った。
「いやー、やっぱオマエ魔法少女になって正解やったで。俺が見てきた中でも規格外の能力やな」
「なんよ、勿体ぶらずに教えてよ」
やつはニヤリと笑って言った。
「時空間を操る魔法や。まぁ、式句からある程度想像できたけどまさかこれほどの能力やとは」
「時空間って……それマジ?」
「大マジやで。オレも正直驚いてるわ」
驚いていると言う割には表情は変わらずヘラヘラした雰囲気だが、時空間を操るとはまたとんでもない能力だ。
「どんなことが出来るん?」
「時間と空間に関することなら何でもできるんとちゃうか?そら、魔力量の限りっちゅう制約はあるけどな」
「どうやって魔法使うん?」
「まあそんな逸るなや。気持ちは分かるけどな。そんなら早速魔法の使い方についてレクチャーしたるわ。よー聞いとき!」
魔法……それも時間と空間に関する魔法が使えると聞き、年甲斐もなく童のようにワクワクしていたら、その気持ちを汲んでくれたのかは分からないが妖精さん機嫌よく説明を始めた。
「オマエ、まず魔法についてどれくらい知ってんねや?」
「えっと、魔法少女が魔力を用いて使う物理法則に準じない現象の総称ってことくらい」
「そか、まあその認識で概ね間違ってないわ。委員会に属さないんやったら専門的な知識はいらんねん。ただ、魔法を使ったら魔力が減って、魔力が無くなると気絶するってことは覚えとき。魔力空なるまで魔法使い倒さんように気をつけや」
なんともざっくばらんな説明だが、魔力を使い果たすと気絶するというのは初耳で、しかも重要だ。もし戦闘の最中に魔力が尽きればそれだけで死ぬ。魔力の残量には常に気を配っておくべきだ。
「で、その魔力の残量の確認方法やけどな、右手首見てみ」
そう促されて軍服の袖を引き上げて見ると右腕にこちらも銀と白のデザインの、腕時計のようなものが装着されていた。盤面の部分には目盛りが刻まれており、白く輝いている。
「目盛りで十等分されとおやろ。オマエの総魔力量がそれや。数値では表されんけど残り何割かっていうのは分かる。今は白く光ってる部分が十割やから満タンってことや。使って消費したところは黒くなるから分かりやすいやろ」
なるほど、数値じゃないのは仕方ないがこれならそれほど面倒もなく残量を確認できる。恐らくパーソナルカラーが白だから残量も白く輝いて表示されているのだろうが、もし黒がパーソナルカラーの人なら消費した部分と分かりにくくないか。
そう聞いてみると、
「消費した部分を表示するカラーは自由に設定できるで。試しにそのツマミ回してみ」
側面に付いていたツマミを回してみると、仮想モニタのような形で空中にスクリーンが現れた。
「なんかSFチックやな」
「使用者の意見をもとに最適化したらこうなってん。デバイス型よりも使いやすいらしいで」
まあ確かに、別でデバイス持つよりは楽なのだろう。
「そこの表示設定から設定できるで」
促されるままに表示設定というボタンを押す。そうしたら輝度や目盛りの倍率消費した魔力の表示色の設定など細かな項目があった。でも、どうやら残魔力量を表示する色だけはパーソナルカラーから変更は出来ないようだった。
「めっちゃ細かく設定できんねんな」
「ま、ユーザーの意見取り入れていくうちに多機能化してん。オマエも何か意見あったら遠慮なく言えや」
「じゃあ早速一つ」
「おっ、なんや言ってみぃ」
「何でパーソナルカラーは変えられんの?」
そう言うと妖精はバツの悪そうな顔をして言った。
「すまんなぁ、パーソナルカラーに関してはなんで変えられんのかオレ達にもよう分からんのや。プログラムもブラックボックスみたいな感じになっとってな、一切触れられんねん」
どうやら妖精達でもよく分からないらしい。分からない事をどうこう言ってもどうにもならないから、この話は早々に切り上げる。
取り敢えず設定は目盛の倍率を十等分から二十等分に倍にして、更に魔力を細かく管理できるようにしておいた。
「話逸れだけど本題に入ろか。肝心の魔法の使い方やけどな、イメージや」
「イメージ?なにそれ、まともなこと言ってくれへん?例えば呪文とかあるんちゃうん?」
「呪文は後付や。先にどんな魔法かイメージして、それができてから分かりやすく使うために呪文つけるのが一般的やな。間違っても呪文言ったら魔法が自動で発動するなんてないで。オマエは時空間に関することなら何でも魔法にできる。そうやな、簡単にイメージ出来そうなんは……ワープ、とかやな」
何か簡単にワープとか言ってくれるけど、言うは易し行うは難し。初めての魔法でワープとか無謀なのではと伝えると、
「何や、時間止めるとか空間創り出すとかよりマシやろ。それとも時間加速させてみるか?」
そう言われて納得した。確かにそれらに比べたらイメージもできるし、なにより明確だ。
「まぁ、ワープやったら移動先のイメージすればいいと思うで」
そう言われたので目を閉じ自宅の風呂場を強くイメージする。正確には風呂場に立つ自分のイメージだ。
しばらくそうやってイメージし続けていると、不意に何かが抜け落ちるような感覚と共に先程までとは違う感触が足裏を通じて感じられた。
恐る恐る目を開いてみると、そこには見慣れた風呂場の光景が広がっていた。電気が付いていないので少々暗いが、間違いなく風呂場だった。
「おー、成功したな!」
そこに妖精も駆け付けてきた。一緒にリビングに戻る。
「見事やったで。それじゃ、さっきの魔法に名前付ければ良いで。そしたら次からスムーズに使えるようになるわ」
「じゃ、ショートワープで」
「まんまやな」
「悪い?」
「いんや、分かりやすい方が良いやろ」
そうやって魔法のレクチャーのハズが魔法が一つ出来上がるという結果になってしまった。いや、もしかしたら魔法を作ること自体がレクチャーの一つだったのかもしれないが。
妖精の魔法のレクチャーはまだ続く。