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Zeit.1



日常なんてものは脆く儚いものだと全ての人が思い知らされた。

だと言うにも関わらず俺は無邪気に日常というものを盲信し続けていた。


いつもと変わらない明日は必ず来るのだと。


だがそれはなんの裏付けもない薄氷の日常であるということを俺は自覚するべきだった。


「そこの君、逃げなさい!」


凛とした、だが切羽詰まった声がする。

目の前にはまさに俺を殺さんと迫る化け物がいる。


なんで、俺は今こんな状況に陥っているのだろう。


命の危機だというのに、俺は冷静に思考している。まるで、現実が現実ではないかのように。

実際はそんなはずはない。だが心臓はいつも通りゆっくりと鼓動を繰り返している。


「何してるの!?早く逃げるのよ!」


先程よりもより強い警告が聞こえる。何をそんなに焦るのだろうか。俺が死にかけてるから?


魔法少女は一般人が死んだら困るのだろうか?そんなはずはない。俺のように度重なる避難警告を無視して挙句死んだならそれは無視した奴の責任だ。

故に、必死に避難を訴える彼女は悪くない。逃げずに冷静に思考している俺が悪いのだ。


「はは、これが報いか」


なんの報いなのだろう。


「もう!」


突如、目の前の化け物が凍りつく。熊にも似た黒い体毛を全身に生やし、鋭い爪と牙を持つ異形の化け物は一瞬にして氷像と化した。それはまるで一級の芸術品のように見事な出来だ。


「あなた、どういうつもりなんです?」


さっきまで上空に居たはずの水色を基調とした衣装で身を包む魔法少女は俺の前に降り立ち、腰を抜かしている俺を見下ろしていて、その目は軽蔑が感じられる冷たく刺すような視線だった。


「私は逃げろと言ったはずですが」


淡々と俺にぶつける怒りは至極尤もなことだ。


「俺は、死ぬつもりだった」


彼女の顔が真っ赤に染まった。


「あなたは何様のつもりですか?助けられておいて死にたいなんて、私への侮辱ですか!」


侮辱したつもりはなかったのだけど。そう伝えると今度は盛大に顔を顰めた。


「……もういいです。魔物は討伐しましたし、あなたは無事です。そのうち、救助が来るでしょう」


尤も、必要はないでしょうが。そう言い残して飛び去っていった。


「死に損なったかな」


ノロノロと立ち上がる。ズボンと服についた汚れを手で払い落とす。


「あー、めんどい。帰るの時間かかるし」


化け物の被害で周辺の交通機能は完全に麻痺している。


「それにしても」


もう一度凍らされた化け物を見る。


「うーん、実に見事だ。……冷たい」


少し手を触れさせてみると、低温やけどするかもしれないほど冷えていた。


「ん?」


しばらくそうしていると、凍った化け物からパキパキとヒビが入るような音がした。


「うおっ」


そして完全に砕け、跡形も残らず消滅してしまった。化け物というのは死ぬとこうやって消失するというから不思議だ。


「ん?」


化け物が消滅したあとの地面をよく見ると、黒紫に煌めく宝石のようなものが見つかった。


もしかしてこれは魔石と言うやつではないだろうか。普通は討伐した魔法少女が回収するのだろうが、あの子は忘れたのか?


俺はちょっと魔が差して拾ったそれをそっとポケットにしまい込んだ。一応、辺りを見回してみるが誰も居ない。どうやら誰にも見られなかったみたいだ。







「やっぱり不味かったかな」


テーブルの上に鎮座する黒紫に輝く魔石を見ながら今更不安感が押し寄せてきた。

もし、俺が魔石をくすねたことがバレれば罰金もの。最悪刑務所行きだ。


そもそも一般人にはなんの使い道もないもの。精々珍しくて綺麗な石程度の価値しかない。


改めて、なんで俺はこんな厄介なものを持ち帰ってしまったのだろうか。


今からでも返すべきじゃないか。


そう思うのだが、まさか警察に届けるわけにもいかない。かと言って特定災害対策庁に持っていったら何故一般人が持っているのかと問い詰められるだろう。そうなったら一巻の終わりだ。


「やっぱり隠しておくしかない」


取り敢えず現金を保管してある小さな金庫に放り込んでおこうと、魔石を手に取り金庫へと向かおうとする。


「お、こんなとこに魔石があるじゃん」


突然、俺しか居ないはずの部屋に若い男の声が響いた。俺はとっさに声のした方を向くと、そこにはコウノトリをデフォルメしたような可愛らしいぬいぐるみが宙をフワフワと浮遊していた。


「え?」

「おー、オマエその魔石ちょっと貸せや」


その可愛らしい見た目に反してかなり口が悪い。


「は?いや、お前誰?」


いきなり魔石を貸せとか言われたが、そもそもコウノトリのぬいぐるみなんて記憶にない。勿論、男の一人暮らしにそんな可愛らしいぬいぐるみがあるわけもないので。


「ん?あー、自己紹介がまだやったな。オレは妖精のとり助や」

「妖精?」

「なんや、オマエ妖精知らんか?」


知らないわけではない。ただ状況についていけてないだけだ。


「いや、知ってるけど……なんで妖精が俺の家におるんや」

「いやな、なんか魔石の反応見っけたから来てみたんやけど、そしたらオマエの家やったってことや」


目の前の妖精の言葉をそのまま信じるならば、この魔石を目当てに来たらしいが……それはそれで不味い。なぜならこの魔石は半ば盗んだも同然のものだから。


「この魔石どうするんだ?」

「いや、オマエが心配しとるようなことにはならん。オレはただ魔石があったから来ただけやったんやけど……なんやオマエ、面白い魔力量してんな」


妖精はあっけらかんと俺の心配をよそにそう宣い、それから人形にもかかわらずニヤリと笑うと俺の身体に羽を触れさせた。


「魔力?」

「なんや、知らんのか」


魔力それ自体は知っている。ほぼ全ての人が多かれ少なかれ持ち、特に小学生から高校生までの少女が多く持つ。そのため、魔法少女になれるのは専ら中学生から高校生までの少女で、成人を超えた女性が魔法少女になった例は殆どない。


「いや、知ってるけど。唐突やなって」

「知ってるんやったら話が早いわ。率直に言うけど、オマエ、魔法少女になる気無いか?」

「……は?」


この阿呆鳥は何を言っているんだ?


「いやいや、男が、増して俺みたいなおっさんが魔法少女?冗談きついで」

「冗談やあらへん。ホンマにオマエは魔法少女の素質あんねんって!」


羽をバサバサ羽ばたかせながら必死に俺に訴える妖精。


「百歩譲ってホンマやとして、俺が頷くとでも?」


このまま問答を続けても堂々巡りになりそうだったので、一旦話を受け入れてみる。


「いや、それはオマエの意思を尊重する。やけどオマエ、就職先見つけんの苦労しとんやろ?」

「だったらなんや」


妖精はいやらしくニタリと笑う。それすらも可愛いと感じてしまうのだから本当に憎らしい。


「魔法少女、ええ商売やと思うんやけど?」

「何が?」


魔法少女が儲かるなんて聞いたことがなかった。いや、たしかに危険がつきまとう分、他の職業よりも給料は高いのかも知れないが、命を懸けるなんて正直割りに合わない。


「オマエほどの素質の持ち主なら、ローリスクでハイリターンやと思うんやけど」

「……ちょっと詳しく」

「ノリ良いやんか」


ほんじゃ、と調子良く妖精が話を続ける。


「まず、普通の魔法少女やったら命かけるにしては微妙な額しか稼げん。そら、命賭けてる分他のどんな職業よりも基本給は高いけど、それだけや。常に死のリスク背負ってんねんからそら割に合わんわな。討伐した魔物の魔石は基本的に討伐した魔法少女のモンになる。それも売ったりして金にできるから、それも収入のひとつやな。で、魔法少女で割に合う稼ぎしとんは所謂トップ層の魔法少女やな。トップにもなれば命の危険があるほどの戦いなんて一生に一度あるかないかや。で、オマエにはそのトップ層レベル、もしかしたらそれ以上の力を秘めてるんや」

「言いたいことは分かった」


要するに、俺が魔法少女になるとしたら、今の魔法少女のトップ層に比肩、もしくは越える素質があるから楽に稼げると言いたいらしい。


「でも、魔法管理委員会に所属しなあかんのやろ?俺、そんな面倒な組織に入りたくないし」

「なんや、そんな心配しとんのか。別に所属する義務はないで。現にフリーで活動しとう魔法少女も少数やけどおる。デメリットは……給料が無いのと委員会が運営しとる施設を無料で使えんこと、後は万が一危機に陥ったとき助けが来にくいってことや。所属するデメリットはオマエが考えてる通り委員会の規則を守らなあかんこととか、自由に活動出来んことや」

「それじゃあ委員会に所属せずにどうやって稼ぐんよ?」

「それは安心し。魔石の売買はオレら妖精が仲介しとるから所属せんでも売れる」

「ふーん、ならなってもいいけど……魔法少女やんな?」

「あ?せやけど」

「“少女”やねんな?」


俺が強調して言うと、くつくつと笑いながら妖精が


「そら、魔法少女言うくらいやからな」


と面白いものを見るような目で言う。こいつ、完全に俺の反応で楽しんでるとしか思えない。


「一つ聞くけど、男に戻れるんよな?変身したあと」

「あー、戻れる“筈”や」


何でそこだけそんなに曖昧なんだ。


「しゃーないやろ!男で魔法少女になったやつなんておらんのやから!」


しばらくジトっとした視線を送っていると、耐えられなくなったのか喚きながらヤケクソに説明をぶちまけた。


「はー、分かったよ。魔法少女になるよ」

「お、さよか。ほんじゃ早速契約しよか」


半ばあきらめ気味に魔法少女になると伝えると、妖精はすぐに機嫌を直し、何処からともなく現れた契約書を器用に嘴で咥えて俺に差し出してきた。


「そんじゃ、そこの署名欄にサインと捺印よろしく」


そうして俺は、魔石を魔が差して持って帰ってしまったことから、自ら波乱の人生を進んでしまったのだ。


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