告白鳥が届ける恋の音
告白鳥。
それは好きな人に愛を伝えるためのマジックアイテム。
使い方は簡単だ。
伝えたい言葉を呟きながら、己の魔力をこめる。
そうすると、勝手に想い人のもとへ飛んでいって、代わりに言葉を伝えてくれるのだ。
そんな便利な魔法具だが、私の想いをのせた告白鳥は、翌日私の元に戻ってきた。
――宛先に指定した、本人の手によって。
「モニカ! これ、きみの告白鳥だと思うのだけどっ……」
本日の授業が全て終わった放課後、学院の廊下で呼び止められた。
慌てて走ってきたのか、乱れてしまった黒髪を整えながら差し出された右手には、白い小鳥の置き物が乗っている。
どう見ても、モニカが昨夜飛ばした告白鳥だ。
「間違ってぼくの部屋の窓に引っかかっていたよ」
眼鏡の奥の目尻の垂れた瞳が、困ったような表情をつくる。
「それ、市販じゃなくて自作の告白鳥だよね? 魔力がうまく伝わっていないみたいだから、迷子になってしまったのかも」
「…………」
いや、それあなた宛なんですけど!?
という心の叫びも虚しく、役目をまっとうできなかった小鳥を受けとる。
どうして? ちゃんと魔法が発動しなかったの?
あんなに一生懸命言葉を込めたのに返しにきたってことは、何も喋らなかったのかしら……
この告白鳥というアイテムは、指定された人物のもとに辿り着くと自動で魔法が発動し、相手に伝えたい言葉を囁く仕組みになっている。
若者の間で人気があり、この王都では市販品も数多く売られているのだが、今回いちから自作したせいか、不良品ができあがってしまったらしい。
そう。モニカはこの魔法学院の中でも、成績があまりよろしくない生徒のひとりなのだ。
「あ、ありがとう、オースティン。拾ってくれたのがあなたでよかったわ」
「ん。ぼくみたいな平民ならともかく、きみのような伯爵家のご令嬢が告白鳥を飛ばしたなんて知られたら、いろいろと噂になってしまうしね」
今年17歳になるモニカは、そこそこ有名な伯爵家の一人娘だ。年齢的には婚約者がいてもおかしくはない。
だがそんなモニカには、学院に入学した一年前から想い人がいる。それがいま目の前にいるオースティンなのだ。
彼は貧民街の出身ながら、非常に魔力が高く、後見人の推薦で学院に通っている。
身分の差はあるが、一年前の入学式の日からふたりは友人関係だ。
「どうしてちゃんと飛ばなかったのかしら……」
「ぼくの所見だと魔力の込めすぎかな。頑丈に作られている市販品ならともかく、手作りのものは基本的にもろいからね。少しでも勢いよく魔力を流すと、回路が焼き切れてしまうんだよ」
眼鏡を片手で持ち上げながら、丁寧に説明してくれる。
オースティンはとても優秀な生徒だ。とくに魔法学の成績は学年トップで、下から数えたほうが早いモニカとは天と地ほどの差がある。
頭の出来は身分に比例しないとは聞くが、まさにその通りだと思う。
「でも、それだけ相手が好きってことかな。こういうのは気持ちの強さの分だけ魔力が多くなってしまうからね。……誰宛てなのかは聞かないけど」
だからそれ、あなた宛てなんですけど!?
二度目のツッコミも、何とか胸のうちに留めた。
「それじゃあ確かに渡したから、ぼくはそろそろ帰――」
「待って」
「ん」
「……もう一回試してみたいから、この告白鳥、直してもらえない?」
「…………いいけど」
不自然な沈黙の後に、了承の言葉が返ってくる。
オースティンの気持ちが変わらないうちにと、ふたりは学院の敷地内にある裏庭までやってきた。
青く茂る芝生の上に腰を落ち着ける。
花の匂いをのせた風が、ふわりとモニカの栗色の髪をゆらした。
「やっぱり、ここの回路が焼き切れてる。ぼくの魔力で直してしまっていいの?」
「ええ、お願い」
指先から器用に、白い小鳥へと魔力を流し込んでいく。彼の手つきは本当にきれいで、つい見惚れてしまう。
無意識に顔を近づけて覗き込んでいると、オースティンが気まずそうに言った。
「モニカ……あんまり近づかれると、やりにくい……」
「ごっごめんなさい!」
ばっと顔を上げると、思ったより近くに彼の黒い瞳があった。滑らかに動く手先に夢中になりすぎて、いつの間にか随分と距離を縮めてしまったらしい。
「そんなに心配しなくても、しっかり直すから大丈夫だよ。今度はちゃんと、目的の人のところに飛ぶようにするから」
もともと目的の人物のもとへは飛んでいるのだけど……
モニカが複雑な顔をしていると、オースティンは苦笑を浮かべながら白い小鳥を手渡してきた。
「はい、完成。あとは君の魔力と言葉を流し込めば、今度は間違いなく魔法が発動するはずだよ」
新しく生まれ変わった告白鳥を受けとり、手のひらの上にちょこんと乗せる。モニカが作った時よりも出来がよくなったからか、小鳥の表情はどことなく凛々しく見えた。
「ありがとう。それじゃあ早速やってみるわね」
「え、ここで?」
「だめかしら? 本当にちゃんと飛ぶか確かめたくて」
「……わかった」
しぶしぶ頷いたオースティンを横目に、モニカはスーッと胸いっぱいに息を吸い込む。
今度は間違いなく、告白鳥は仕事を全うするだろう。それならば、あとでやっても今やっても同じことだ。いま目の前にいる、大好きな人のもとへ飛んでいくのだから。
目を閉じ、息を吐くのと同時に少しずつ己の魔力を流し込む。
意識を手のひらに集中して、前回よりも丁寧に、相手のことを思い浮かべ――
そこまで考えて、唐突に目の前の黒曜石のような黒い瞳を見つめた。
――本人が目の前にいるんだもの。思い浮かべるよりも、瞳に映したほうが効果的だわ。
そのまま伝えたい言葉を音にする。
「あなたと初めてあったあの日から、ずっとずっと好きでした」
入学式の日、魔力テストで最低値を叩きだしたモニカは、他の貴族令嬢から笑い者にされていた。
モニカはもともと魔法が得意ではない。この魔法学院には両親の意向で入学を決めたが、正直気乗りはしなかった。
そのせいか、登校初日からやらかしてしまったのだ。
くすくすと笑い続ける女子たちの中心で、モニカは拳を握りしめ、必死に涙を堪えていた。
――こんなところ、来るんじゃなかった。
自分に魔法なんて、使いこなせるはずがないのに。
後悔するも全てが遅く。
これはもう友達はできないだろうな……と肩を落としたところで、柔らかい男の人の声が聞こえた。
『このテストの点数が低いってことは、まだまだ伸びしろがあるってことだよ。ぼくなんてほら、ほぼ最高値だから、これ以上はどう頑張っても伸びようがない』
ぼさぼさの黒髪を揺らしながら、彼はモニカに笑いかけた。
あの時の何気ない一言にどれだけ助けられたか。
それからふたりは友人として過ごしている。オースティンのおかげか、表立ってモニカを馬鹿にする者はいなくなった。
「あなたの優しさにいつも助けられています。私は本当にバカでドジで救いようがないけれど、あなたを好きな気持ちは負けません」
友人として過ごしてきたこの一年を振り返る。
オースティンにはたくさん助けられた。その度に彼に惹かれていった。何度も恋に落ちた。
身分差ゆえに、彼と恋仲になるのは難しい。それでも、このあふれてくる気持ちだけは伝えたかった。
――だから、告白鳥を飛ばしたのだ。
「迷惑じゃなければ、これからもあなたの隣にいさせてください。モニカより」
言葉を終えると、告白鳥は静かに羽ばたき始める。
そのままふわりと浮いて、宛先の人物のもとへと飛び立と……うとしたところで、横から伸びてきた手にむんずと掴まれた。
手の中から逃げ出そうと、ばたばたと音を立てて羽ばたき続けている。
モニカは驚きを顔に浮かべながら、告白鳥を捕まえた人物を見た。
「オースティン……?」
「…………ごめん、これやっぱり壊してもいい?」
「壊す!?」
「ん、壊すね」
「ちょ、ちょっと待って……!」
告白鳥を握る手に力を込めたのを見て、モニカは慌てて取り返そうと手を伸ばす。
「なんで壊すのよ!?」
「不良品だから」
「さっきあなたが直したでしょ!?」
「やっぱり直ってない気がする」
逃げるように立ち上がったオースティンは、モニカに取り返されないようにと、告白鳥を持った右手を宙に掲げる。急いで立ち上がるものの、彼の方が頭ひとつ分以上背が高いせいで、指先さえ届きそうにない。
「やめて!」
せっかくうまく魔力を込められたのだ。今度こそちゃんと飛ばして、気持ちを伝えたい。
目的の相手が目の前でずっと聞いていたことも忘れて、必死でオースティンの腕を掴んだ。そして、縋るように両手で手繰り寄せる。
「ちょっとモニカ、危ないって……!」
無理やり引き寄せたからか、オースティンはバランスを崩す。その拍子に手の力が緩み、告白鳥が飛び立った。
「「あっ……!」」
ふたりの声が重なり、白い小鳥が青い空へと飛翔する。
そのままぐるぐると真上を飛び回り、しばらくして黒い髪の上へと着地した。
「……え?」
状況が理解できていないオースティンの頭の上で、告白鳥が言葉を紡ぎ出す。
それはさきほどモニカが込めた想いそのままだった。
「…………」
ふたりが沈黙を続けるなか、告白鳥は何度も同じ言葉を繰り返す。
『――モニカヨリ』
三回目の差出人の名前を紡いだところで、先に我に返ったのはオースティンだった。
「えっと……もしかして、宛先って……ぼく?」
無言でこくりと頷くと、彼の頬が少しずつ赤く染まっていった。つられてモニカの顔も赤くなっていく。そのまま耳まで真っ赤になったところで、モニカはやっと口を開いた。
「そっそういう、ことだか、ら!」
「……ん、そっか。ぼくだったのか……壊さなくてよかった」
「え?」
首を傾げると、彼は申し訳なさそうに言った。
「あんなふうにモニカに想ってもらえる人が、すごく羨ましかった。……だから、告白鳥をその人のもとに行かせたくなかったんだ」
今度はモニカがぽかんとする。
その言い方は、まるで――
「うん、決めた。やっぱり魔法士爵、目指すことにする」
魔法士爵とは、努力と能力次第で平民でも授爵できる爵位のひとつだ。この魔法学院を首席で卒業し、その後定められている規定を満たせば授かることができる。
だが、そう簡単に得られるものではない。相当な努力と才能が必要で、この10年間でも授爵したのは5人にも満たないと言われている。
「どう、して」
震える声で問いかけたモニカに、頭の上に乗っていた小鳥を手に取って、オースティンはほほ笑んだ
「今から告白鳥に返事をするから、ちゃんと受け取ってね」
返事の仕方は簡単だ。同じように魔力をこめて飛ばせばいい。返事をしたくない場合はその場で壊す。告白鳥が戻ってこなければ、基本的にお断りということになる。
彼はどうやら返事を出してくれるらしく、指先から魔力を送りながら話し出した。
「ぼくも初めて魔法生物学の授業を受けた時から、きみが好きでした。魔力が強すぎて花を枯らせてしまったぼくに、きみは言ってくれたよね」
記憶を思い起こす。
たしか植物の種に魔力を注ぎ込んで、花を咲かせるという授業だった。オースティンは流し込む魔力が強すぎて、咲いた花をそのまま枯らせてしまったのだ。
入学したばかりの一年生は、普通花を咲かせることすら難しい。オースティンの力の強さに、生徒だけではなく教師ですら恐怖の表情を浮かべていた。
そんな静まり返る教室のなかで、モニカは言ったのだ。
『すごいじゃない! 枯れたってことは、次はもう少し魔力の量を減らせばいいだけ。私のなんてどうがんばっても芽すらでなかったのよ? もしかしてこの種、腐ってないわよね……』
がっくりと肩を落としながら種を手に取ったモニカに、教室中が笑いに包まれる。
隣で見ていたオースティンも、つられて笑っていた。
「いつも前向きなきみに何回も助けられた。できることならこの先もモニカの隣にいたいから、ぼくがきみに相応しくなるまで、待っていてくれませんか?」
魔力をこめた告白鳥を空に放つ。
白い小鳥は再び上空を旋回して、今度はモニカの肩の上に降り立った。それから先ほどと同じ言葉を紡いで動かなくなる。
目の前の黒い瞳を見つめると、眼鏡の奥のたれ目が照れくさそうに細められた。
「待ってるっ……!」
そのままの勢いで彼の胸に飛び込むように抱き着く。
オースティンが爵位を授かれば、貴族であるモニカとの婚姻も夢ではない。まだまだ先の話だが、彼ならきっと成し遂げてくれるはず。
芝生の上でじゃれ合うふたりを、一羽の白い小鳥が静かに見守っていた。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
ブックマークや評価(下の★をぽちっと)をしていただけると嬉しいです。