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彼女の 99+1 日  作者: 玉庭ひとり
第一章
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005 09/27 Tue

 一週間も見ていると気付くこともある。もちろん井瀬さんのことだ。先週の月曜から黒板を見る視界の端で井瀬さんを捉え続けていたのが、いつの間にか井瀬さんを見るついでに黒板を見ていることに気付いた。

 きっとストーカーはこうやって生まれ、知ることが増えた結果さらに深入りして付き纏う悪循環に陥っていくんだろうなと俺の中の冷静な部分は考えたりしている。


 井瀬さんは机から黒板に顔を上げる度に左手でメガネを直す。ほんのちょっとずつズレるらしい。

 井瀬さんは授業が終わると必ず両手を組んで掌を前に向けて "ノビ" をする。

 井瀬さんはなぜか 5 時間目だけ、毎日ポニーテールにしている。気付きそうなものなのに今まで知らなかった。

 絶対に当てられないとわかっている時間は、窓の外を見ていることが少なくない。

 ノートに向かっている間背中は丸まっている。でも黒板を見ている時は背筋が伸びている。


 俺は授業と授業の間の休憩時間はトイレ以外だと小テストか宿題のために消費するから殆ど席を離れないけれど、井瀬さんも宿題か何かをしていて大体机にいる。


 クラスメイトの一人をまじまじと観察した事なんてなかったから、こんなにも気づきがあるものなんだなと思う一方、自分がやってることの気持ち悪さも自覚している。

 けれど俺は井瀬さんが好きなわけではない。好きだったら多分こんなに平常心で見れないだろうから。




 休憩時間席を離れず誰とも話さない俺。サクもジョーも俺のこのスタイルには慣れているから寄ってこない。けれど隣の財前さんだったり俺の前後では、その時々で違うけれど同級生が雑談していることが多々ある。

 話題で多いのはテレビ番組とか週末の予定、授業に関することなど色々で、大抵は興味も無いので耳に入ってもすぐに流れ出てしまう。けれど何となく聞いてしまう話題もある。


「あの噂、結局ホントだったらしいよ。」

「"あの" って、10 年前の先輩の話?」

「そう。」

「ホントだったって、どの部分のことよ。戻ってきたとこ? 歳をとってなかったとこ?」

「全部。お父さんがその人の父親と職場が同じらしくて、断片的に聞いたって。」


 例の噂の続報ということになるんだろうか? 父親同士が同じ職場と言っても子が 10 歳も違うんじゃ親もそうだろうから、立場なり役職の違いで家庭の事情を詳しく話すようなことは普通無いだろう。けれど事が事だから、その親御さんも周りの人に話したのかもしれない。


「その先輩は今何してるんだろ?」

「さぁ、そこまでは知らない、って。」

「ふぅん。でもホントだったら可哀想よね。」

「そうね・・・。」


 可哀想かどうかは先輩がどういう状態で 10 年もの月日を過ごしていたのか次第だと思う。歳をとっていないという噂だし、一人だけ周囲と時間を隔絶させられて停止していたなら、一瞬で 10 年も経過したことに戸惑うだけかもしれない。けれどその 10 年の間意識だけあるとか特殊な状況だったら、もう部外者には想像できない。


「あんまりお父さんは言いふらすなって言ってたから、ここだけの話にしてね。」

「うん、分かった。」

「弥山君も、分かった?」


 突然俺の名前を呼ばれたので体が一瞬ビクッとなった、気がする。


「お、おう? 何が?」

「・・・聞こえてたでしょ? お願いね。」

「おう。」


 聞いてなかった可能性もあると思うけど、問答無用で聞いていたことにされた。まぁその通りだから何も言えないんだが。

 これが先週金曜のこと。



 そして今日、5 時間目の後で珍しく俺が話し相手として話しかけられた。


「ねぇ弥山君、ちょっといい?」

「ん、何?」


 話しかけて来たのは室戸さんで、財前さんと湯屋さんもいる。同じクラスの 3 人は明るめの小グループで大抵一緒にいる。


「サッカー部って部活終わったらすぐ帰ってるの? それと練習試合って多い?」

「俺はすぐ帰ってるよ。というか下校時間に合わせて終わるから、帰る以外選択肢が無いと思うけど。試合は時期によるけど今は月一くらい。」

「ふぅん? 寄り道したりしないの?」

「俺はしてないな。別に用もないし。」


 何が聞きたいんだろう? 部活にはマネージャー制度がないから部活自体に興味があるわけじゃないと思うし、まさか俺のことを聞きたいわけでもないだろう。何と言うか "好かれてる" 雰囲気を感じないから。


「躊躇うこと無いじゃん真実、取り敢えず聞くだけなんだから。」

「えー、でも・・・。」


 財前さんが何かしらの後押しをして、それでも室戸さんが何も言わないままでいると湯屋さんが本題を言ってしまった。声を顰めて。


「ねぇ弥山君、小野寺君って彼女いるの? いない?」


 あぁ、なるほど。タスクのことか。

 俺も声のボリュームを絞って答える。


「いないよ。いたら流石に分かるから、いない。」

「そ、そうなんだ・・・。」

「ほらね真実、いないって言ったでしょ?」


 明らかに室戸さんの表情が明るくなって、同学年でもかなり可愛い方の室戸さんの嬉しそうな表情を近くで見られて役得な気持ちになる。ありがとうタスク。

 ところで俺に話を持ってきたってことは、何か手伝って欲しいんだろうか? それならむしろ俺じゃなくてジョーに話を持って行った方が良い気もするけれど。


 話は 6 時間目のベルが鳴ったのでそこで終わりになって、二人が席に戻った後で財前さんに小声で「ありがとね。」と言われた。俺としては何もした感じじゃないからとりあえず「いや別に。」とだけ答えた。


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