004 09/19 Mon
10 月になれば体育祭と中間試験があって、11 月には文化祭と修学旅行がある。けれど 9 月は特に行事らしい行事も無いので日々平穏な感じがする。
淡々と進む授業についていくのは宿題等含めて中々大変だけれど、進学校なのでこんなものだろうとも思う。もしかすると俺も塾に行って大学受験に備えた方がいいのかもしれないし、実際同級生の中でも成績が良い奴らは塾通いが多いけれど、成績が真ん中ちょっと上の現状、焦りは全然湧いてこない。
山の中腹に扇高校は建っていて、グランドやその他諸々の学校施設が南側にあるので各教室からは遠目に海が見える。
二学期始めの席替えで窓際後ろ寄りになった俺は、クーラーの効いた教室に射す日差しの心地よさがもたらす眠気と日々闘っている。窓側と廊下側、前と後ろで成績への影響は大なり小なりあるんじゃ無いかと思ったりするが、誰もそんなことを話題にしないし教師陣も席を重視している様子は無いので見当違いかもしれない。
授業を聞きながら、俺はノートをとるために黒板を見る流れで何となく井瀬さんも見ていた。井瀬さんは隣の列の少し前にいるから必ず目に入る。
金曜に見た彼女の表情がなぜか脳裏に焼き付いていて、もしかしてコレは一目惚れってやつなのでは? とか思いつつ。
・・・けれど土曜に駅のホームでまじまじと見た時と同じで、相変わらず井瀬さんを特別魅力的だと思う気持ちは湧いてこない。むしろ俺の隣に座っている財前さんの方が、好みのタイプ的な意味では魅力を感じる。
「なぁ、お前ら今好きな相手いる?」
「何だよサク、突然。いないけど。」
昼休憩、グランドでボールを蹴りつつタスクとジョーに聞く。
「実は付き合ってる相手が既にいるとかもない?」
「だから無いって。むしろあったら嬉しくて顔に出るわ。」
確かにタスクはそんな感じだ。けれど身長も高めでちょっと吊り目だけどどう見てもイケメンのタスクはモテそうだと常々思っている。
「僕もいないよ。サクは好きな人でもできたの?」
「うん? いや、何となく聞いてみただけ。」
「ふぅん。」
ジョーは自称かつ周りも知ってる鉄道オタクではあるけれど、それはそれとして穏やかな性格だしやることはきっちりやるタイプで人付き合いがうまく、実は何度か告白されたこともあると聞いてる。羨ましい。
「お前こそ、ネタにするからあるなら教えてくれよな?」
「まぁ気が向いたらね。あ、今何かあるわけじゃないから。」
タスクはそう言って茶化すけれど、むしろ積極的に応援してくれる気がする。ジョーはどうだろう。必要な時だけ相談に乗ってくれるタイプかな。
5 時間目は美術で、移動教室なので早めにグランドから引き上げて美術室に向かった。
芸術の才能は全くないけれど絵を描くのは楽しいから、同級生はダルそうにしていても俺は美術の時間が好きだ・・・と言っても二学期は手に収まらない大きさの木片を彫刻刀で削る製作だから絵は描かないんだけど。
「ねぇ、それ何作ってるの?」
「え? これ?」
席は教室と同じところに座ることになっている。隣の席の財前さんが声をかけてきた。
まだ二学期の 1/3 も終わってないから当然彫刻も相応にしか進んでいない。分かり易い形や削りが早い人ならそろそろ形が見えてきているけれど、俺のは分かる人なら奇跡的に分かるかも、という段階だ。
「えっと、ゲームの敵キャラ。」
「何のゲーム?」
「・・・DDD の。」
「へぇ。」
・・・いや、何のキャラか聞いてくれないと訳もなく恥ずかしいんだけど。それに敵って言ったけど実は敵じゃなくていつも対戦してる妹のキャラってことも、聞かれないと伝えられない。会話が長続きするかなと妙な切り返しをしたら失敗した。
木片に向き直って製作を再開した財前さんは、しばらくして思い出したようにまた俺に聞いた。
「DDD ってそんな面白いの?」
「んー、まぁ。俺は面白いと思う。いつも妹とやってる。」
据置きながらシェアは世界で拡大していて、日本だけでも 300 万本売れているらしいから同世代だと 5 人に一人くらいやってる計算のはず。
財前さんはそれ以上 DDD のことは聞かず「そうなんだ」とだけ言ってそれっきりだった。財前さんはと言うと何かの模様を彫っていて、けれど全体像は全く見えていない状態。
俺もその後は木彫りに集中した。
「なぁ、華の周りでも DDD って流行ってる?」
「うん? どうかなー、友達は誰もやってない。」
「そっか。まぁ受験生だしな。」
「うん・・・あ、それ悪手だよ。」
「うん? うぉ! な! あーっ・・・。」
対戦中は学校の事とかテレビの事とか、翌日には忘れてしまいそうなことを話していることが多い。それか DDD の攻略に関すること。
「実は美術の木彫りでお前のキャラ彫ってるんだけどさ、現状で既にキャラ崩壊しそうなんだよね。」
「え、ホント?! ちゃんと彫ってよおにいちゃん!」
「すまん俺の技術力では・・・。」
「とにかく、できたら私に見せてよね。」
「あぁ。むしろあげるよ。」
「やった! 楽しみしてるよ〜。」
出来上がってしまえば邪魔なだけだと思うし。むしろ華が欲しがる理由が分からない。
「ところでおにいちゃん、おにいちゃんの周りの人も何かのキャラクターを彫ってるの?」
「うん? いやどうかな。財前さんは何かの模様みたいだった。」
「へぇ。財前さんって人は DDD しないんだ。」
「何でそうなるんだ?」
華は「何でそんなことが分からないの?」とでも言いたげな顔になる。
「財前さんって人はおにいちゃんの隣の席なんでしょ? 美術の時間としてもわざわざ授業中に話しかけるのって隣の人くらいだろうし。」
「それはそうだけど。・・・あ! お前そのハメ技は前に無しって決めたろ!?」
俺の糾弾はスルーされる。
「おにいちゃんが財前さんが何彫ってるか分かり始めたくらいだから、多分財前さんもおにいちゃんが何かのキャラクターを作ろうとしてるのは分かっただろうね。おにいちゃん雑だから進むの早そうだし。けどそれが何か分からなくておにいちゃんに聞いたのよね。」
「そうだろうな。雑は余計だ。」
「それで DDD の話になって、けれど反応がイマイチだったから何となく気まずくて、それを引き摺ってたから私に話題を振ったんでしょう?」
何この子ちょっと怖い。
「・・・よく分かったな。」
俺の反応に華は「フフン」と勝ち誇ったように笑って、「おにいちゃんは分かり易いんだから」と付け加えた。