ピロートーク
「俺は松の無人島に行きたいんだ。」
ホテル【ゴルード】にカツラをかぶった男と泊まるのは気が引けるがしょうがない。下手に出歩いてアイツらに見つかる事を考えると、中村と部屋で大人しくしている方が良いだろう。相変わらず中村は訳の分からない事を言っている。しょうがない、相手をしてやるか。
「半年もあるんだぞ、素人の俺たち2人で乗り切れるわけないだろ。行くのは梅だ。」
「感じたいんだ、生きてるって実感を。」
「安心してくれ、君は今間違いなく生きてる。俺が保証する。」
「君の保証なんて、通販の全額返金の保証ぐらいの信頼度だろ。」
「そんなに低いわけないだろ。プロ野球選手が、手術を怖がる子供とのホームランの約束を見事に果たして、無事助かるぐらいの信頼度はある。」
「高いか低いか、いまいちわからない。」
「何故わざわざ大変な方を選ぶのか理解できない。社長と違って、俺たちは遊びじゃ無いんだ。アイツらから半年間逃げるっていう目的があるんだ。」
「大変だと分かっていても選ばないと行けない時がある。例えば凄い美人でとても相手にしてもらえるとは思えない女性と、そんなに美人では無いけど、自分に好意を持っているであろう女性。どっちを口説く?」
「自分に好意を持っている女性。」
「だろうな。じゃあ、ずっとやってみたかった仕事だが、給料は安くてしんどい仕事と、全然興味は無い仕事だが楽して儲かる。どっちに就職する?」
「楽して儲かる。」
「そりゃそうだ。じゃあ、高い壁に登るか、低い壁に登るか、どっちだ?」
「君は一体何を聞きたいんだ?」
「とにかく楽な方ばかり選んでいては駄目だと言いたいんだ。」
「言いたいなら言えば良いさ、止めはしない。」
以前行った時は1週間だった。今度は半年だ。それに社長もずっと一緒という訳にはいかない。仕事があるし夏季休暇が終われば帰るだろう。中村と2人で半年間無人島で自給自足、不安の極みではあるが、まあ何とかなるか。
「じゃこれならどうだ?胸毛が1日5センチ伸びるか、脇毛が1日5センチ伸びるか、どっちだ?」
「主旨が変わってるだろ。訳のわからない事ばかり言ってないで、明日出発なんだぞ。必要なものを準備しないと。」
「必要なものはもう揃ってる。」
「なんだよ?」
「気合、根性、諦めない気持ち。」
「運動部の部室の標語か?そんな精神論でサバイバルは生き残れない。」
「いいや、社長も言っていた。絶対生きるっていう強い気持ちが生命力を強くするって。」
「そんな事言ってたか?とにかく明日、出発前に買い出しに行くから、それまでに必要な物を考えてくれよ。」
「だから日焼け止めクリーム。」
「半年も塗り続けるのか?バケツの日焼け止めクリームなんて売ってないぞ。」
「日光が苦手なんだ。」
「美肌女子か?」
よく見れば、色白というより不健康な白さだな。
「半年分は無理だが買っておくよ。今日は一日にとんでもない事が起こり過ぎた。まだ自分の身に何が起こっているのか整理出来ていない。疲れたから寝る。」
あれこれ考えたって仕方ない。目の前の問題を1つずつ最善を尽くして解決していくしか無い。きっと上手く行く、ような気がする。
「寝ようとしているところを悪いんだが、どうしても君には謝っておきたくて。」
「俺の眠りを妨げてまで何を謝りたいって言うんだ?」
「君を巻き込んでしまって悪いと思っているんだ。」
「本当に悪いと思っているのか?」
「ああ、思っている。」
「心の底から?」
「んー、底のちょっと上ぐらいから、かな。」
「嘘でも底からって言えよ。」
「相棒には正直でいたいんだ。」
「今日初めて会った俺たちのどこに相棒になる要素があったんだ?」
「今朝のテレビでやってた星座占いが良いパートナーに巡り合うでしょう、だった。」
「朝のニュース番組の終わりにトラの着ぐるみが出て来て占うコーナーだろ。俺も見てた。俺と一緒じゃないか、4月生まれ、おひつじ座」
「いや、5月生まれだけど。」
「おうし座じゃないか。トラブルは解決しないでしょうって言ってたぞ。どうやったら間違えられるんだ?最悪じゃないか。」
「おひつじ座寄りのおうし座だから大丈夫だ。」
「なら安心して眠れるよ。」