女らしく
玄関の扉を少しだけ開けて外の様子を確認する。たった今3つ隣の部屋からアイツらが出てきたところだ。すぐに次の部屋のインターホンを押す。アイツらが部屋に入った瞬間に出発だ。
「もうすぐだ。準備はいいな?」
「駄目だ。」
「何だ?」
「やはりこのカツラは納得出来ない。」
ちょっとでも変装をと思い、マネキンのカツラを中村に被せた。自分だけ女装するのが気に入らないらしい。逃げる気あるのか、こいつは。
「こんなカツラを被ったって、一目で男なのが分かるだろ。意味がない。」
「そんな事はない。結構似合ってるし、そこそこ可愛い。」
「何、本当か?そうか、まあ変装も必要か、仕方ない。」
「よし入った、行くぞ。」
よし、廊下もエレベーターホールも誰もいない。エレベーターに乗って一階に。問題はここからだ。駐輪場に行くにはエントランスホールから正面玄関を抜けなければならない。そこが無人なんて事は考えられない。
「おい、あまり走らせないでくれ。カツラがずれる。」
「手で押さえておけばいいだろ。」
「手で頭を押さえて走っている奴を今まで見たことない。」
「じゃ君が世界初じゃないか。自慢が出来て良かったじゃないか。」
エレベーターを降りてエントランスホールに出る。何人だ?良し、6人だ。無理な人数じゃない。
「中村、俺の背中に隠れながら走れ。」
「走った方が怪しくないか?」
「大丈夫だ。出来るだけ顔を隠しながら、女らしく走れ。」
「任せろ。俺は今人生で最も女だ。」
意味が分からん。何とかここを抜けてバイクまでたどり着けば。
「ちょっとすみません、2人とも止まってもらえます。」
「一体あんた達何なんですか?3階で男が暴れてるし、あんた達みたいなのがいっぱいぶっ倒れてるし。」
声が上擦りそうなのを必死で堪える。男達の顔が曇る。
「おい、5人で行ってこい。」
そう言った男が携帯を使って電話をかけている。良し、上手くいった。俺と中村は小走りで駐輪場に向かう。中村がどんな風に走っているのかはあえて見なっかた。
「上手くいったな。アイツら俺の事絶対女だと思ってたよな?」
「そうだな。」
正面玄関に居た5人が3階に行けば俺の嘘がばれる。それから車で追ってきたとして、バイクの機動力があれば逃げ切れるだろう。
「さあ、さっさと脱出だ。ほら、ヘルメット。」
「被るのか?」
「当たり前だろ。」
「嫌だ。」
「は?何で?」
「カツラが乱れる。」
「は?じゃ脱げば。」
「脱いだら男だとばれるじゃないか。」
「もうアイツらは居ないんだ、変装する必要はないだろ。」
「分かった。」
中村は渋々、渋々、渋々ぐらい渋々カツラの上からヘルメットを被った。
「早く乗って、追っ手が来る前に行くぞ。」
「行くってどこに?」
「ラブホテル。」
「待て、俺はそこまで求めてない。」
「何言ってんだ、学生時代のバイト先で、そこの社長に会いに行く。上手く行けば半年ぐらい誰にも知られないでひっそりと生活出来る。」
あの頃から5年経っている。あの頃のまま、社長がぶっ飛んだままなのを祈るしかない。