マネキン
「速やかに扉を開けて頂かないと、壊す事になりますが。」
「はい、すっ、すぐ開けます。ちょっと待って。」
こんな作戦がうまく行くとは思えないが、やるしかない。それにしても恥ずかしい。俺はズボンを脱ぎパンツ1枚にTシャツ姿で、扉の鍵を開けた。
「何なんですか?」
「すいません、緊急事態でして。ちょっと中、確認させてもらいます。」
「えっ、ちょっと困ります。今彼女とバタバタして、取り込み中なんですよ。」
スーツ姿の体格の良い男達4人は、俺を押し退けて中に入って来た。言葉は丁寧だが、全てが強引で有無も言わさぬ感に、恐怖を感じる。
「おい、ベットだ。」
1人の男が呟き、全員がベットに向かう。
「えー、ちょっと待って、なんなんだ、あんた達。」
俺も4人の後についてベットへ向かう。掛け布団が人の形に盛り上がっている。男が掛け布団を一気にめくり上げた。
「あー!」
俺はあまりの恥ずかしさに叫び声を上げた。ベッドに横たわっているのはマネキン。カツラを被り、えげつない程の露出度の高い服を着て、えげつない程の面積の小さい下着が見え隠れしている。えげつないマネキンを取り囲んだ男達は、暫く固まった後、小さな舌打ちをし、
「次だ。」
そのまま何もせず4人は隣の家に向かった。4人が出て行ったのを確認して、クローゼットから中村が出てきた。マネキンを見た後、部屋を調べられる可能性は十分あったと思う。賭けではあった。マネキンのえげつない姿に呆れれば、呆れるほどそのまま出て行くだろうと思ったのだ。恥はかいたが、上手くいって良かった。
「やるじゃないか、ボディーガード君。このピンチを上手くのりきるとは。」
「ボディーガードを名前みたいに使うな。まだ逃げきれてないだろ、ここからどうやって脱出するつもりなんだ?」
「君はどうやって脱出するつもりなんだ?」
「何言ってるんだ、ここは俺の家だ。脱出するのは君1人だ。」
「たった今君はアイツらを嵌めたんだ。しかも俺を逃すために。中村の協力者の君はもう立派な逃亡者だ。」
「いや、違うだろ。さっきまで俺は君に縛られていたんだ。」
「それで?」
「そりゃ、今は解放されているが、君に協力なんて。」
「あの短時間であの小芝居を無理やりやらされたって、アイツらに言うのか?」
「……。」
「諦めろ、逃げるぞ。捕まるわけにはいかない。」
「まったく君って奴は、疫病神の最高神だよ。」
「車はあるか?歩いて逃げるのは足が疲れる。」
「バイクがある。」
「バイクじゃ2人しか乗れないじゃないか。君の彼女を連れて行けない。」
「あれは前の住人が置いて行ったゴミだ。置いて行く。」
「誰だって自分の性癖を知られるのは嫌なものだ。でも良いじゃないか、堂々とマネキンとイチャイチャしたって。」
「どうやってマネキンとイチャイチャするんだ?カチカチじゃないか。」
「カチカチじゃ駄目なのか?」
「勿論じゃないか。かと言って柔らかすぎても駄目、心地よい弾力と軽くツッパる様な張り、触り心地はサラッとしていても若干水分を含んでしっとりと、何を言ってるんだ、俺は。」
「さてと、そろそろ逃げるとするか。」
「飯でも食うかみたいに軽く言うじゃないか。そう簡単に脱出させてくれないぞ。」
「大丈夫だ。俺には優秀なボディガ君がいる。」
「ボディーガードを縮めてあだ名みたいに使うな。」
凄い危機的状況なはずなのに中村といると、何故か危機感を感じない。あんなに大勢で俺達を捕まえようと探しているのに、良い作戦も思いつかない。なのに全然焦ってもないし、何かを考えるでもない。きっと中村もそうだろう。大丈夫だろうか、俺達。本当は俺達が思っているより事態は深刻なんじゃ、でもまあ、何とかなるか。