ボディガード
椅子から解放されて自由になって、それじゃ中村、出ていってくれ、とは言えなかった。ここは俺の家で、君は侵入者だ。今すぐに出て行ってくれ、と言うべきだろう。今さっきまで拘束されていたのだ、警察に通報してもいいぐらいだ。しかし絶体絶命状態から抜け出せた安心感を味わうと、中村の出口の見えない状況に同情してしまうのだった。俺を自由にした後も、刃物で脅す事もなく、何かを要求する事もない。ただじっと、今自分の置かれている状況の解決策を考えている様だ。
「2、3日、次の潜伏先をゆっくり考えたらどうだ?俺でよければ相談に乗るし。」
この2、3日は俺にとって最大の譲歩だった。仕事もないし、特に用事もない、少しぐらい付き合ってやってもいいか、ぐらいに思ってしまった。だが中村は黙ったまま険しい顔でじっと手元を見つめている。
「すぐに良い考えは浮かばなが、ゆっくり考えよう。焦っても仕方ない。」
「いや、ゆっくりは出来ない。」
中村はベランダに向かい、閉めてあったカーテンを少しずらし、外の様子を見ている。
「気持ちはわかるが、行くあては有るのか?」
「無い。でも移動しないと。」
「おいおい、どうしたんだ?そんなすぐにここを突き止められないだろ。」
「いや、多分もうバレてる。」
「はっ?何で?」
「発信器」
「えっ、どこに?」
「ライターに」
「はっ?いつから?」
「3時間前にコンビニで買った時からだろうな。」
「何で今まで気付かないんだ、何度も使ってたじゃないか。」
「こんなもの普通は気付かないだろ。」
ライターの底に米粒程のボタンが付いていて、たまに一瞬だけ赤く点滅していた。
「君は逃亡者だろ。もっと細心の注意を払うべきじゃないか。危機感が無さすぎなんだよ。」
「ふらっと入ったコンビニで買ったライターのどこに注意しろって言うんだ。」
「それ、本当に発信器なのか?」
「ああ、間違いない。」
「何で分かるんだ?」
「二度目だからだ。」
「何が?」
「ライターに発信器。アイツらがよく使う手段なんだ。」
「アイツらが同じ手段をよく使うのは、君みたいな奴がるいるからだろ。」
「そろそろ来る頃だ。」
「何が?」
「アイツらが。」
中村が見てみろと言わんばかりに、カーテンを少しずらした。マンションの前の道に乗用車が5台、中型のバスが1台、何の躊躇もなく路上に停車した。すぐにスーツ姿の男達が次々と車から湧いて出てきた。
「な?言った通りだろ。俺は一度した経験は無駄にしない。」
「何でそんなに得意げなんだ?どのあたりを無駄にしてないのか聞いてみたいところだが、君を捕まえるのに何故あの人数が必要なんだ?」
「それはアイツらが俺を捕まえたい意気込みが現れてるんだろ。君が思っているより俺は、レアな逃亡者なんだ。」
「それでどうやってあの集団から逃げるんだ?踏み込まれるのは時間の問題だぞ。」
「それを考えるのがボディガードの君の仕事だろ。」
「俺が?君のボディをガードするのか?一体いつ雇われたんだ?」
「椅子から解放してやった時だったんじゃないのか。」
「曖昧な言い方で誤魔化すなよ。あの時にそんな話してないだろ。」
「最初からそういうオプションが付いた上での椅子解放だろ。」
「そんな事一言でも言ったか。今思いついた事をぬけぬけと、よく言うよ。」
突然インターホンが鳴り、俺と中村は無言で顔を見合わせる。
「すいません、大至急扉を開けてもらえますか?」
「中村、迎えだ。」
「武やん、仕事だ。」
「すぐに開けてもらえない場合、扉を壊すことになります。」
こんな場面どうやって切り抜けるんだよ。武やんって誰だよ。何だこの巻き込まれた感、もうやけくそだ。俺はクローゼットに走った。