カニミソラーメン
想像を遥かに超える速度で、理不尽極まりない状況に陥った時、自分がこんなにも冷静な状態でいる事に凄く驚いてる。俺ってこんなにも冷静沈着な男だったっけ?いやいや、違うだろ、ちょっとしたトラブルで慌てふためく様な冴えない男だというのが、これまでの人生の俺の評価のはず。何故こんなにも落ち着いていて、危機感も無いんだ?ひょっとして大してピンチでも無いんだろうか。自宅で椅子に手足を縛られて、身動きの取れない俺。この状況がピンチじゃないって言うんなら、スーパーマンはいつまで経っても自宅待機じゃないか。
映画の中でしか起こらないであろう絶望的な状況で、しょうがないから話題を振ってやるよ感たっぷりに、俺は向かいに座る男に話しかけた。
「間違いなく美味しのは分かってるんだが、ちゃんと言葉で聞いておきたいんだ。どうだい?」
「何が?」
「だから今、君が食べているカップラーメンの味だよ。」
「ああ、美味しいよ。」
「そりゃ美味しいだろうさ。俺が聞きたいのは味だよ、味。」
「味?」
「君、ひょっとしてパッケージ見てないのか?書いてあっただろ、カニミソラーメンって。」
「そうだっけ?」
「そうだっけ!?、味を確認しないでカップラーメンを食べるなんて、信じられないよ。君はトイレに行くのに男子トイレかの確認をしないのか?不適切だよ。」
「一緒か?、その例え?」
「とにかく!カニ味噌の味がするラーメンなのか、カニの味のする味噌ラーメンなのか、俺が聞きたいのはそこなんだ。」
俺が聞きたいのはそこなんだ、たった今自分で言った言葉に疑問を覚えた。今、縛られて身動き取れない俺が聞きたいのはラーメンの味か?もっと確認しなければいけない事があるよなぁ。
「何で俺は縛られてる訳?」
「初対面だから」
「なるほど、で君は誰?」
「俺か?俺はもちろん、中村だろ。」
「そうか、君は中村か。もちろんの使い方はさておき、これで君を呼びやすくなった。いつ俺はこの椅子から開放してもらえるんだ?」
「竹田、少し黙っててくれないか。食事中に喋るの嫌いなんだ。」
「そうか、それは悪いことをしたね。君が俺のカップラーメンを食べ終わるまで黙ってるよ。でもこれだけは言わせてくれ、俺の名前は竹田では無い。」
中村が家に来たのは、カップラーメンが食べ頃になるほんの五分程前だった。俺が前日に買ったカップラーメンにお湯を注ぎ終えたと同時に、インターホンが鳴った。何かの荷物が届いたのだろうぐらいにしか思わず、不用意にドアを開けたのが間違いだった。
「やあ、良かった、留守じゃなくて。」
そう言って俺と同じ歳ぐらいであろう中村は、ずかずかと家の中に入って来た。普通、知らない男がいきなり家に入って来れば誰でも警戒するだろう。だが頻繁に遊びに来る同級生のごとく、ごく自然に家の中に入って来た中村に、全く無警戒だった自分が悔やんでも、悔やみきれない。
「ガムテープどこだったかな?」
俺は自分が今から縛られるなんて思いもせず、ガムテープのありかを教え
「立ってないで座りなよ。」
言われるがままに椅子に座り、なんの抵抗もなく、素直に椅子に手足を縛られたのだった。
椅子に縛られながら、自分が食べるはずだったカップラーメンを啜る中村を前に、危機感を全く持ってない俺には、やはりスーパーマンが助けに来る事はないだろう。