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夏の蜃気楼  作者: サワヤ
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第11章 半分

 

「ん? 何かいいことでもあったの?」


 仕事を終えて部屋へと帰ってくると、シンクで洗い物をしていた菜々は俺の顔を見てそう言った。


「そうでもないよ。午後にやったプレゼンは正直、あまり良い出来とは言えなかった」


 俺はスーツの上着をハンガーへと掛け、ベッドに座った。


「それにしては随分……」


 菜々はそこまで言うと、頭に手を当てた。何かを考えているような、あるいは何かを感じているような様子で。そのまま菜々は数秒間じっとしていたが、突然再び口を開いた。


「へえ。よかったね」菜々は微笑んだ。


「え? いや、うまくいかなかったんだって」


「ううん、違うの。プレゼンのことじゃないでしょう?」


 そして菜々は俺の返事を待たずに、洗い物を続けていた。


 どういうことだ。菜々は何かを知っているのだろうか。今朝、新宿で起きたあの出来事について。いや、そんなはずはない。菜々が新宿まで俺を尾行したとでもいうのか。あり得ない。菜々は俺の表情やら動作の違いから何かを感じ取っただけだ。それが何かもわからないまま、知ったかぶっているのだ。


 菜々は、いや、こいつは一体何様だ。優里さんでもあるまいに、まるで俺のことはなんでもお見通しだと言わんばかり。俺のことなど何も知らないこの女。何故か居候としてここに居座っているこの女。こいつにどうして俺の上に立つ権利があるというのか。


 確かに俺は菜々に借りがある。『ブルーライト』の呪縛を解いてくれたのは菜々だ。けれども、だからといってそれは偶然のこと。そういう借りがあるからといって、勘違いされては困る。


「なあ」


「ん?」菜々は洗い物を終え、手を洗っている。


「お前、何も知らないのにどうしてそういうもの言いが出来るんだ?」


 菜々は手を拭いた後、俺をまっすぐに見つめた。


「ごめんね。私は浮かれてしまっていたみたい」


「別に。わかってくれるならいい」


「でもね、私の半分は私ではないから。だから何も知らないわけじゃないんだ」


「……どういうことだ」


「まだ言えない。ただ、私はいつだって優樹の味方だよ。それだけは信じて」


 菜々はそう言った後、玄関へと向かって歩いていった。


「どこに行く?」と俺は言った。


「コンビニまで。食パン、買い忘れちゃって」


「あ、ああ。もう遅いから俺が行くよ」


「ありがとう。でも大丈夫、私にはそういう危険がないの。優樹はお疲れだし、ここにいて」


「わかった」



 菜々が部屋を出た後、俺は大きくため息をついた。


 相変わらずだ。菜々の発言は大事なところが抜け落ちている。いや、違うな。どちらかというと隠しているように聞こえる。会話の核、物事の核心について、菜々は一切触れようとしないのだ。俺は菜々から満足な回答を得られたことがほとんどない。


 私の半分は私ではない、だから何も知らないわけではない、そう菜々は言っていた。全く意味がわからない。菜々という存在の半分は確かに菜々であるが、しかし残りの半分は他の誰か、ということだろうか。それでも意味はわからない。


 いや。


 菜々に近い人物。そして今朝のことについて何も知らないわけではない人物。それは確かに存在する。そしてそれは、1人しかいない。


 菜々の半分は、おそらく礼奈だ。


 菜々に関する疑問の1つに、菜々はどうしてここまで礼奈と同じ外見を持っているのか、ということがある。菜々はやはり、礼奈と何かしらのつながりがあるのだ。そのつながりは意図的なものなのか、あるいは偶然なのかはわからないが、しかし菜々と礼奈が一切無関係なわけがない。2人の外見は似ているのではない。同じ、なのだ。


 菜々の半分は礼奈だと仮定すれば(意味不明な仮定ではあるが)、確かに菜々は何も知らないわけではない。俺が礼奈に会ったことも、礼奈と何を話したかも、礼奈本人ならば知っているからだ。そして菜々の半分は礼奈であるから、礼奈が知っていることは菜々も知っている、ということになる。


 しかしどれほど同じ外見を持っていても、菜々と礼奈は別人だ。菜々の半分は礼奈、それは結局どういうことなのか。どんな根拠で説明すればいいのか。


 1、菜々は礼奈と親族、あるいは血縁関係がある

 2、やはり菜々と礼奈は別人ではなく、同一人物


 可能性はこの2つくらいしか思い浮かばない。その他には、菜々は以前から礼奈を知っていて、同じ外見を手に入れるために整形手術を受けた、という可能性も考えられなくはない。しかし医師にどれほど整形技術があろうが、あそこまで礼奈と同じ外見、顔立ちに変えることが現在の技術でできるのだろうか。おそらくできないはずだ。


 まず1つ目、菜々は礼奈と近い血縁関係にあるという説。俺が知る限り、礼奈には姉や妹はいないはずだ。しかし従姉妹はどうだろう。再従姉妹はどうだろう。あるいは俺が知らないだけで、実際には姉や妹がいるかもしれない。とはいえあそこまで同じ外見になるか、と言われれば疑問は残るが、赤の他人というよりは納得できる。


 そして2つ目、菜々は礼奈であり、礼奈は菜々であるとする説。礼奈が菜々を演じていて、そして意味ありげなことを言ってとぼけているだけ。現状この説が最も有力と言える。外見が全く同じという謎に、解決を与えてくれるからだ。


 しかし、菜々は明らかに礼奈とは違う何かを持っている。所作が違う、仕草が違う、言動が違う、表情が違う、声色が違う。勉強にしろ、とっさの頭の回転にしろ、確かに礼奈は頭が良かったが、しかしここまで器用に他人を演じられるものだろうか。そして何より俺自身の直感が、礼奈と菜々は別人であると告げているのだ。


 だめだ。考えても答えは出ない。まだ言えない、そう菜々は言っていた。それはつまり、いつかその時が来れば言える、ということになる。いずれはわかることなら、その時を待つことにしよう。


 喉が渇いた。何か飲もう。


 俺は立ち上がって冷蔵庫を開け、2リットルのペットボトルに入った緑茶を取り出して、冷蔵庫の扉を閉めた。その時、俺は冷蔵庫の上に6枚切りの食パンが未開封で置いてあるのを見つけた。


 そうだ、昨日俺が食パンを買ったばかりだった。菜々はこれに気がつかなかったのか。いや、考えにくい。それならどうして菜々は食パンを買い忘れたなどと。おそらく何かの勘違いだろう。菜々を呼び戻したいところだが、菜々の電話番号がわからない。そういえば菜々が携帯を使っているところを見たことがないな。それに食パンはどうせすぐに無くなるのだから、まあいいか。


 そして俺は緑茶をコップに注ごうとした時、自分の手がいくらか濡れていたことに気がついた。


 ペットボトルの外についた水分か。いや、違うな。俺は帰ってきてからトイレにでも行っただろうか。もしくはただ単に手を洗ったか。ああ、あれやこれやと考えすぎて、自分の行動さえも忘れてしまっている。


 とりあえず、俺は礼奈に連絡をしなくてはならない。今日の今日、連絡するのがいい。今送ってしまおう。アドレスは変わっていないだろうか。変わっていたとしてもSNSで連絡を取ればいい。


『優樹です。土日、空いている日はある? 近況報告でもしよう』


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