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桜の雨、ふたたび  作者: 蒼原悠
壱 エンカウント・チェリー
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幕間 ──乱世の夜明け前──






 時は、足利(あしかが)尊氏(たかうじ)が室町幕府を立てて百年近く(のち)にあたる、応永三十五年一月。

 幕府の実権を握っていた先の征夷大将軍・足利義持(よしもち)が、敗血症のために死の床に就こうとしていた。

 幕府は混乱に陥った。義持の息子で五代将軍を務めた義量(よしかず)は既に亡く、それまで将軍不在の幕府を老齢の義持が治めていたからである。兄弟はみな出家しており、家督を継ぐにふさわしい存在が見当たらない中、義持は『幕閣の承認できる候補でなければならない』として、後継者の決定を重臣たちに一任する。

 かくして幕府の重臣たちは政治的空白の発生を最小限に留めるために、六代将軍を務めるものを早急に決めねばならなくなった。これにより至急評議が執り行われ、当時幕府の最高顧問であった僧・醍醐寺三宝院満済(まんさい)の主導のもと、前代未聞の将軍候補者四名に対するくじ引きが行われることに決定する。くじは義持死去の前日に石清水八幡宮で引かれ、死去ののちに開封。その結果、義持の弟であった青蓮院義円(ぎえん)が選出され、義持の跡を継いで新たな征夷大将軍に就任する運びとなった。

 しかしながらこれこそが、後に室町幕府最恐の将軍専制政治を展開し、伏見宮貞成親王をして『万人恐怖』と言わしめることとなる、六代将軍足利(あしかが)義教(よしのり)の誕生の瞬間だったのである。


 この結果に並々ならぬ不服を感じ、かつ、身を(もっ)てその不服を表した人物がいた。東日本一円の政治を統括する鎌倉(かまくら)公方(くぼう)の役職に就いていた、将軍家縁者の足利(あしかが)持氏(もちうじ)であった。

 鎌倉公方の在する鎌倉府は関東十か国を支配下に置き、かねてより京の幕府とは不和な関係にあった。足利は(もと)をただせば北関東に由緒を持つ武家であるので、鎌倉公方の持氏にはその関東に勢力を持つ者としての誇りがある。にも(かかわ)らず、幕府に疎んじられていた持氏の名前は、くじ引きの対象──すなわち将軍の候補にすら入っていなかった。持氏は自分をないがしろにされた怒りに燃えていたのだ。

 それを(いさ)め、京への進撃を思い止まらせたのが、鎌倉公方の補佐役であった当時の関東管領、上杉(うえすぎ)安房守(あわのかみ)憲実(のりざね)である。足利学校や金沢文庫の整備に力を注いだことで後世に名を知られる憲実は、当時はまだ十八歳に過ぎぬ若い侍であった。京の将軍義教・鎌倉の持氏がともに強硬姿勢を貫く中、憲実は持氏にブレーキをかけることのできる唯一の穏健派であったと伝わる。


 この一件以来、持氏は将軍義教の率いる幕府に対し対立の意識を(あらわ)にするようになり、幕府方も持氏の野心を見抜いたことで警戒を強めてしまった。こののち、鎌倉と京の不和を(うれ)えた憲実はたびたび暴走する持氏を押し止め、幕府と多数の文書を交わして必死に執り成しに当たることとなる。

 鎌倉公方の補佐として。また、幕府から与えられた関東管領の役職を全うする者として。憲実の願いはただ一つ、両者の平穏無事だけだったのである。

 しかし持氏を制止するということは、(おの)が身を幕府側の立場に置くということ。つまり、やがて自分自身が他ならぬ持氏を敵に回してしまいかねないということであり、その事実に憲実は秘かな危惧(きぐ)を抱いてもいた。

 そしてそれは永享十年、ついに現実のものとなる。


 戦国乱世の夜明けより、ほんの少し前。

 関東地方を巻き込む戦乱の渦の一端が、(あけぼの)の向こうに見え始めていた──。












■次回、登場人物一覧・舞台地図の公開を挟んで、第二章に入ります。

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