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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
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イベント:夜空の下で

「……アレウスさん。お話があります。今、よろしいでしょうか?」


 俺以外の存在がいない周囲の状況を把握し。それから俺の様子を伺いながら尋ねてくるニュアージュ。

 夜の暗闇が広がる明かりの無い台地。その空には数多の星が煌びやかに輝いていて。そんな見惚れる自然の光景を背景としながら、ニュアージュから恐る恐ると都合の確認をされたこの場面。


 そのちょっと特殊な雰囲気から、これもイベントの一種であることに俺は気付いて。既に終えたメインクエストのおまけといった具合の、ただならぬちょっとした展開を前にして少し戸惑いながらも取り敢えずおもむろに頷く。


 そんな動作を確認してから、ニュアージュは一呼吸を置いて喋り……出そうとしたのだが。どうやら何かの躊躇いによって、言葉を喉に詰まらせていたらしい。

 息を詰まらせては、そのまま気の抜けるため息を一つついて。それでも気持ち的に無理だと察したのか。諦めの空気を漂わせながらゆっくりと顔を上げるなり、ニュアージュは恥ずかしげに力無く微笑んだ。


「……うぅん。やっぱり、少しだけ他愛も無いお話をしませんか?」


「あ、あぁ。ニュアージュが楽になれることから話そうか」


 緊張で笑うことしかできずにいたニュアージュにこちらも笑い掛けて。そんなどこか気まずい空気に、互いに恥ずかしげな微笑みを見せ合いながら。

 俺の隣にまで歩み寄ってきたニュアージュは、ふとそのまま夜の空を眺め出す。


「お星様、とても綺麗ですね。わたし、空というものにはとても馴染みがありまして。まだまだ幼いその頃から、こうして空を眺めることを楽しみとしていたのです。……その楽しみの度合いが行き過ぎてしまってですね。こうして太陽や雲や、星や月を毎日のように眺めていたのもありまして。なんと、空の様子だけで大方の時間を読み取れるようになったのですよ?」


 空の様子のみで、時間を読み取れるようになった。それはつまり、彼女にはそれ以外に時間を把握する術が無かったということを意味していたのかもしれない。


 それは冤罪による過去の逃亡生活を送る中で身に付けた、悲劇の運命を歩む際に利用していた生きる術の一つ……を示唆している内容なのかなと。

 ……ふと、俺はそんな深読みをしてしまいながら、彼女の話を聞いてしまっていたというのに……。


「……ふふっ。今の話、そんなに可笑しかったですか?」


「……え? あ、あぁ、いや……はははっ」


 いつの間にか、俺は笑みを浮かべていたらしい。


 それもそのはず。消極的な性格が故に、あれほど自身のことを過小評価していたあのニュアージュが。あの時の死線を共にしてからというもの、なんと自身のことを自慢げに話し始めていたものだったから。

 そんな自信を取り戻した彼女の姿をこの目で、この耳で確認してからというもの。俺はつい、溢れてきた歓喜のままに、無意識にも喜びの表情を浮かべてしまっていたのかもしれない。


「もしかして、アレウスさんも空が好きなのですか?」


「あー、いや。なんというか……俺は今、外の空気を吸いにきただけだったからさ。その、そこまでは考えていなかったかな……」


「そうでしたか~。わたし、先走った自分語りをしてしまいましたね」


 何だか申し訳無さそうにこちらを見遣ってくるニュアージュ。

 ……だが、ニュアージュが申し訳無さそうにする理由や必要なんて全く無いと思ってしまっていたからか。俺は再度訪れたこの気まずい状況に焦る形で、つい、ふと思い付いたことを口にしてしまった。


「……むしろ、ニュアージュのことを知ることができて良かったなと、俺はそう思ったよ」


 俺の言葉に、意外そうな顔をして見つめてきたニュアージュ。


「ニュアージュは共に死線を潜り抜けてきた大事な仲間だけれども。でも、まだ会って間もないもんだからさ。実は俺、ニュアージュのことはまだよくわかっていなかったんだよね。だから、今の話を聞けてすごく良かったと思った。何せ、あんな強敵を前にしながらも……こうして一緒に生還して。こうして一緒に話しながら。こうしてニュアージュが好きだという星空を一緒に眺めて……さ。共に乗り越えた出来事が出来事だったもんだから。こうして穏やかな空気の中で、共に苦難を乗り越えてきた仲間の好きなものを一緒に体験できたというこの瞬間が。ニュアージュという仲間にもっと近付けた気がして、すごく嬉しかったんだ」


 俺の口から次々と流れ出てくる大量の言葉に、思わず圧倒されてしまっていたニュアージュ。その唖然とした表情をこちらに向けながら。真っ直ぐとしていながらも、きょとんとしたどこか拍子抜けな目線でただただこちらを見つめ続けるその様子を見て。


 ……正直、とても恥ずかしいことを言ったなと、なんだか恥ずかしくなってきてしまった。


「……あ、えっとさ。あの時、助けてくれてありがとな、ニュアージュ」


「……え? そ、そんな! いえ、違います!」


 またしても訪れた気まずい雰囲気に焦って。言葉に悩んでしまった俺は、ふとお礼の言葉を投げ掛けてみたものの。しかしそれはかえって、ニュアージュに気を遣わせてしまう結果となろうとは……。


「礼を言わなければならないのは、むしろわたしの方です! 危機的な状況下の中であったにも関わらず、わたしという人間の闘志を奮い立たせてくださり、誠にありがとうございました! あの時のアレウスさんのお言葉を耳にしたそれ以降というもの、どうしてかわたしの中に、これまでにないほどの膨大な力が巡り巡ってくるようになりまして……。同時に、その力が想いとなって。そして、その想いが、前へと踏み出せる勇気へと変わったのです……! ……まるで、"忘れてしまっていたもう一人のわたしが現れた"かのような…………と、突然変なことを言い出してすみません!!」


 自分が発した言葉に、自分自身で急にカァッと顔を赤く染め始めたニュアージュ。

 先程の俺も似たような状況であったためか。互いに向き合いながら。互いにしどろもどろと慌てて取り乱して。そんな互いの恥ずかしくなって照れ合う様子に、また自然と微笑みが零れてきて……。


「……でも、本当にそう思わせられるような、新たな自分を見つけることができたと言いますか。アレウスさんという存在のおかげで、わたしはこうして変わることができたと言いますか。……アレウスさんというお方をきっかけとして。わたしは本来の自分という、ありのままのわたしを思い出せたような。そんな気がしたのです」


 ひと段落。他愛も無い話で、心に落ち着きを宿す余裕が生まれて。

 夜にも関わらず、その木漏れ日のような温もりのある笑顔を浮かべては、その温かい心を敢えて自身の内に留めて。次には、意図的に真剣な眼差しを作り出したニュアージュ。


 ……その顔からは、決心という言葉を思わせるものでいて。心を開いた、心の底から信用することができるという。安心からなる自身の内を打ち明ける覚悟を決めた、力強い精力を感じることができるそれを前にしてから。……俺の背筋には、堪らずとある緊張感が走り出した――



「……あの凶悪なモンスターとの戦闘を行うその前に。アレウスさんがわたしに仰ったお言葉がありましたよね」


「……俺が、ニュアージュに言った言葉……?」


「そうです。『皆でこの戦闘に勝利して、そして全員で生存したあとで少しだけでも教えてほしい』、と。『何故、ニュアージュはそれほどまでに自分自身を責めるのか』、と……そのようなお言葉を、アレウスさんの口からお聞きしました」


「…………あっ」


 そう言えば、そうだった。確かに俺はその言葉を言った。


 それは本来、何故ニュアージュはそこまでして自分のことを責め続けるのかと、彼女のことを知るためにと何の気負いも無しに尋ねた言葉であったのだが。

 ……しかし本人には秘密として、彼女の過去をキャシャラトから聞いてしまっていた以上、彼女とキャシャラトが歩んできた悲劇の運命を蒸し返すような。そんな悲劇を本人に思い出させ。それを彼女自らの口で説明をさせるだなんていう残酷なことなんぞさせるわけにはいかないと思ったが……。


「いや、あの――」


「……こうして無事に生存をしましたので。お約束通りにお話をしたいと思います。……ですが、これはわたしという一人の人間を成した経緯であるために。場所によっては口ごもってしまったりと、もしかしたら途中で上手く説明することができなくなってしまうかもしれません。それでもよろしければ、わたしのお話をお聞きください」


 唐突の出来事というものには、至極弱い俺。

 あまりの急激な展開を前にして混乱する思考が、まともな、この場における正しい言葉の選択を見事に阻害してくる。


「……アレウスさんであれば、わたしはお話をすることができます。それだけの勇気を、アレウスさんがわたしに与えてくださったので――」


 なんとしてでも止めなければ。

 これ以上、過去のことで彼女を追い詰めだなんてしたくない。


 彼女のことを想って。もう過去の悲劇が絡む物事で悲しむニュアージュの姿なんか見たくないと想いながら。しかし、そんな全力の想いがありながらも、尚一層とまともな言い訳を思い付くまでには至らず……。


「ま、待って……うぉッ――」


 どうしても止めさせなければ。なんとかして誤魔化さなければ。

 そんな焦燥を抱いたまま、取り敢えずでもニュアージュの肩に手を置いて会話を制止させようと。思いに駆られるがままに俺が一歩踏み出したその瞬間に起こった、ある出来事――


「そうですね……このお話はまず、わたしの幼少期の頃に戻りま――ひゃッ!?」


 足元をよく見ていなかったが故に、俺はその場で躓いてこけてしまい。体勢を立て直そうと目の前の彼女に手を伸ばしたその時には。

 ……そう、気付いたその時には。その顔と顔の距離も触れ合いそうなほどの距離感で、俺はニュアージュを半分抱きしめてしまっていたという。モラルの欠片も無い、物理的に大胆な口止めを実行してしまっていたのであった――――

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