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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
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メインクエスト:ハッピーエンド

「……我々はこれまでの経緯と。ワタシが生まれつき人間の心を持つ、種族の枠を越えたコンプレックスを持つモンスターであることを全て話したことによって、ワタシとニュアージュは黄昏の里での生活を許可されたのだ。何故、ワタシのようなモンスターさえもその人々は受け入れてくれたのか。……というのも、あの里は随分と曰く付きとされている場所でね。あの里はワタシやニュアージュのように、れっきとした悪意を持たぬ人間が何かしらの困難に陥った際に、そんな悲劇の運命を背負ってして自然と辿り着くとされる摩訶不思議な桃源郷なのだ」


 夜の暗闇が無限に広がる、地平線の彼方を眺めて。

 その光を発する数多の星が浮かぶ夜空をぼんやりと見つめながら、キャシャラト・キャシャロットは悲劇の追想に浸っていた。


「この瞬間は、実に、長きに渡る苦行の末に見出した奇跡でもあった。何せ、生まれてすぐに抱いたワタシの願望。それは、人間と共に暮らしたいという願いが叶った瞬間でもあったのだからね。そう、それはワタシが追い求めていた真なる渇望だった。……しかし、その瞬間を迎えたワタシはと言うとね、そんな自身の渇望なんて実にどうでもよくなってしまっていたんだ」


 浮遊する魚形の身体を捻りながら、後方で話を聞いていた俺達へと振り向く。


「……それ以上の喜びを、ワタシは見出していたからだ。それは、この長年の苦行の途中にて出会った大切な存在。ニュアージュという女の子が心の底から安心して、人としての生活を送れる環境を見つけたことによる安堵の念。彼女が悲劇の運命から報われる安息の地を見つけられたことに、ワタシは何よりも喜んだ。……同時に、ワタシは誓った。そんな女の子を悲劇へと招いてしまった元凶であるワタシは、この安息の地にて、女の子に悲劇の償いを行うと。それは、何もかもを失ってしまった女の子の身元を、ワタシが全責任を負って面倒を見ると。ニュアージュの同意の下、そう誓ったのだ……」


 俺はその場で立ち尽くしたまま、無言でキャシャラトの話を聞いていて。俺の隣には律儀な佇立をしているミントが。そして、井戸の縁に腰を掛けていたユノが。

 その場の全員が静かに、凄惨なる過去の悲劇に耳を傾けていた。


「黄昏の里に辿り着いてからは、実に平穏だった。しかし、その後はその後で大変だったことも多かった。それも、当時の黄昏の里はあれほど発展などしてはおらず、常に十分な食糧や物資が不足してしまっていたのだ。不十分な状況下であったために、一時期は極度の貧困状態にまで陥ってしまったほどにだ。そのために、多くの里の者が恵みを収穫しに外界へ赴いた。ニュアージュもその中に加わって活動を行っていたものだが……やはり、貧困で苦しむ人々への風当たりはどうも非常に強かったために、あの子は毎日のように泣きじゃくりながら帰ってきたものだ……打撲のあざや切り傷を増やしながらね……」


 平穏の中に紛れた苦労。それは現実に散々と追い詰められた二人を、更なる苦行へと導く慈悲無き運命……。


「それでもニュアージュはワタシのためにと。それと、匿ってくれた里の者達への感謝のためにと誰よりも頑張り、その苦行をただただ必死に耐え続けてきた。幼き頃のニュアージュはとても頑張り屋な性格だったものだから、それによる極度の疲労で倒れて病を患っても、尚我々のためにと必死こいて外界へと恵みを集めに出ていった……」


 勇敢なる精神を持つ本来の彼女は、その眼前の状況に屈することなく尚その身を削ってでも勇敢な心と共に現実と向き合っていた。

 それは幼き頃から浴びてきた悲劇の運命によってもたらされた、強靭な精神力の賜物ということなのだろうか……。


「そんな黄昏の里における生活が、数年と経過したある日だった。極悪な指名手配犯として永遠に外界へと赴けなくなったワタシの、ふとした思い付きで栽培したカボチャがポンっと実った。黄昏の里という年中が夕日であるその土地で育った、とても風変わりなカボチャだ。作物が育つ条件などまるで満たしていなかったというのに、それが不思議と実って。それは外界には無い新種として収穫され、味も中々に美味であったことからこの地を知る商人を介して売り出したところ、なんと、そのカボチャがとんだ大繁盛を起こしてしまったのだ」


「……カボチャ?」


 つい疑問となった言葉に、堪らずその沈黙を破ってしまった俺。

 あっ。と思い口を慎むものの、ふと、のどかな村を出る際に聞いたであろう、聞き覚えのあるセリフをこの時にも俺は思い出した。

 ……『その商人との交渉によって得られるカボチャがまた絶品の一言に尽きるのだよ。一度食べたら、二度とあの舌に残る味を忘れられない……じゅるり。おっと、失敬』、『その取引先はとても用心深い商人でね。輸送を通してでの交渉には、さっぱりと応じてくれないのさ』――


「この出来事を境として、黄昏の里という環境で育った作物が飛ぶように売れ続けてね。その売上金が、里の皆を支える重要な資金となったのだ。これによって、皆の生活は豊かになった。だが、この里に住まう住民は誰もがワケありという罪無き悲劇の運命を背負いし者達。せっかくこうして豊かになり始めたというのに、この地の存在が公にバレてしまってはとんだ大騒ぎとなり、この苦労も水の泡となってしまう」


 キャシャラトの声音には段々と活気が漲ってきていた。

 どん底に打ちひしがれた長年の苦行が、ようやく希望となって現実に変化が訪れた。そんな当時の感情の変化を、まるでその時の様子を伺えるほどにまでの、とても意気揚々とした調子でキャシャラトは話し続けていく。


「そこで、この里の住民自らが商人となることで、この地で収穫した品々を自らの手で売るようになったのだ。今も、里には多くの商人の姿を見かけたことだろう? 彼らの大半はね、この黄昏の里での隠居生活を過ごしたことのある同胞達なのだよ」


 ……『商業用の品物や持参品を入れるための大きな袋を持って、この地の人達と物品を交換しているわ。それもあちこちで。こう見てみると、どうやら外からやってきた人々の多くは商人といったところかしら?』、『もしかしたら、きっとここは知る人のみが知っている、秘密の交易所なのかなって私はそう思っているの』


 この地に訪れた初日での、ユノの冷静な分析を思い出す。

 こう考えてみると、なるほど。さすがは冒険慣れをしたユノといったところだろうか。その推測のほとんどが割と的確であったために、俺は一人で鳥肌を立たせていた……。


「こうして豊かとなった黄昏の里は、非公式の宿屋を建てられるほどのものとなった。それによってワタシがあの宿屋のオーナーを勤めることになると同時に、なんと、ワタシが黄昏の里の代表とまでになってしまったのだ。そう、ワタシはここでも、人間という憧れの存在に認められたのだ。……まぁ、ワタシ自身の功績はと言うと、作物の栽培という提案のみだったのだがね。あとは客観的な指摘ばかりで、とても功績を讃えられるようなことなどはしていなかったのだが……」


 それでも嬉しそうに話すキャシャラト。

 ……であったのだが、ここにきてふと俯いては何かから目を逸らすかのような仕草で突然思い詰め始めた。


「……一方で、だ。一方でニュアージュはと言うと、幼くから経験してきた長年の苦行によって。里が豊かとなり、その支えともなった功労者として誰からも賞賛されたその直後に、まるで崩れ落ちたかのようにその心が崩壊してしまった」


 唐突の転調で、同時にキャシャラトを伺い出す俺とミントとユノ。


「あの木漏れ日のような笑顔からは光を感じられなくなって。力の無い笑みを浮かべるようになっては。そうして訪れた安堵と同時にして、彼女は辛いと思えてしまう目の前の現実から逃げるようになってしまっていた。しかし、それは誰も責めなかった。それもそのはず、ニュアージュのそれは長年の苦行への拒絶反応からなる、至極当然な反応であったのだからね」


 その言葉は、まるで自身を納得させるかのように話していて。

 自身で喋り。自身で頷きながら。その脳裏には当時の彼女の姿を思い浮かべているのか、僅かに目を潤ませながら。歯を強く噛み締めて堪えて、続きを話していく。


「……ようやく呪縛から解放されたというその解放感。それこそが、辛い、苦しいと思えてしまう物事から必死に逃げ出す消極的な思考をつくり上げてしまったのだ。だが、いくら消極的とはいえ、やはり幼き頃の彼女の過去が過去なものだから。……だから、ニュアージュが消極的となって憂いな表情と思考を浮かべてしまっていても、どうか大目に見てほしいのだ……」


 間を置き、深呼吸を一つ。

 自身を十分に落ち着かせ。次に話したいその言葉の整理がついたのか。


 俯かせていた顔を上げては、その真っ直ぐな視線を俺に突き刺すかのように向けてきた。


「尤も、そんな子娘の思考を。彼女のトラウマを。ニュアージュの悲劇的な運命を、アレウス・ブレイヴァリー君。君はそれを、彼女と共にした死線の中で覆してしまったようだ。あのニュアージュが戦闘で大活躍をしたそうじゃないか。それも、より強力となった秘めていた内なる力を解放させたと聞く。そしてなにより、閉ざしてしまっていた本来の精神である勇気という熱を、彼女に思い出させてくれた! ワタシが事の全ての元凶である手前、ニュアージュがより幸福に近い感情を抱けるようなその変化をもたらしてくれた君にはもうただただ感謝しかない!! アレウス・ブレイヴァリー君!! ニュアージュを助けてくれて。ニュアージュの変化のきっかけとなってくれて本当にありがとう!!!」


 その調子は段々といつもの超早口へと戻っていって。

 口からは次々とニュアージュと感謝の言葉が溢れ出して。しかしその想いは一向に止むことがなく。ついには溢れ出してくる感情が抑え切れなくなったのか――



 全力の感謝として、その場で勢いよく頭を下げては盛大と地面に直撃。ビタンッという効果音と衝撃波が辺りへと伝わると同時に、その最上位クラスの魔物という立ち位置を思わせる強力な画面揺れが俺の視界を揺らがしてくる。


 それに慌てる俺を見て微笑みを零すユノとミント。

 手前には未だに感謝を述べ続けるキャシャラトが。その脇にはいつもの二人が微笑み掛けていて。


 そんな光景は正に、一つのイベントの終わりを告げる、大団円と呼べるであろう一件落着な雰囲気が漂っていたために。俺は目の前からの感謝の言葉を半分苦笑いで受け止めつつも、目の前のハッピーエンドをその身で感じて一気に安堵の念が胸を撫で下ろしてくる。


 ……と、そこでユノが急に機敏な動きで立ち上がると共に、井戸の中からはある人物がひょっこりとその顔を出してきたのだ。


「あら、皆さんこちらにおいでなさっていたのですね~」


「ニ、ニュアージュ!」


 意識を取り戻したニュアージュが、その木漏れ日のような温もりのある優しい微笑みを浮かべながら。ドレスというお上品な服をその身に纏いながら、よっこらせと井戸から這い上がってくる。なかなかにシュールだ……。


「まぁキャシーさんまでご一緒に~。皆さん集まって、一体何をなされていたのですか?」


「何をしていたか……? ……えっと……だな。あ、あぁ、そう! 夜空! 夜空を見ていたんだ! ほら、綺麗だろう? な?」


 まさか、ニュアージュとキャシャラトの過去の話を聞いていただなんて口が裂けても本人に言えるハズもなく。そんな慌てた様子の俺に疑問を抱いていながらも、咄嗟に思い付いた俺の誤魔化しの言葉を真に受けた彼女は夜空を見上げてから、まぁっと手を合わせて瞳を輝かせる。


「夜空、ですかー? いいですねー! わたし、お空を眺めることが大好きなんです! ぜひ、わたしもご一緒させてください!」


 つい先程までは死線の真っ只中だったというのに。そんな緊張感も、そんな恐怖の余韻を残すこともなく、まるでこの日もいつもの日常風景を過ごしてきたかのような穏やかな空気が流れ出していて。

 まぁ、これこそがハッピーエンドと呼べるに相応しいイベントの締め括りだろうと納得すると共に。俺達はニュアージュを混ぜた"五人"で他愛も無い話を交わすという内容をもって、このメインクエストのイベントを無事に終えたのであった――――

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