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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
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回想【悲劇】

 長きに渡る苦行の末に見出した希望も、そう長くは続かなかった。



 木漏れ日が射し込む、豊かで緑の溢れる渓流。

 その地には、この豊かな自然界にまるでそぐわない一つの黒き魚形が、身を隠すための住処として密かに存在していた。


 今日も夕暮れの時刻を楽しみにして。まだかまだかとその木漏れ日に身を匿い続けて。

 日は東へと傾き。光は茜色に染まっていく。その時を待ち望んでいた魚形は辺りを警戒し、脅威の無い現状とその感覚を信じて。そのモンスターは今日も、高速の飛来で待ち合わせ場所へと移動した。


「あ、魔物さん!」


 そこには既に女の子がいて。今日もその腕にバスケットを提げながら。若葉色の民族服にアッシュ色の長髪という変わらぬ姿で、陽気に手を振ってくる小さな存在のもとへと近寄る。


「やぁ、今日もいい天気だね。今日は何をして遊ぼうか」


「これ! おいしいから食べてみて!」


「おっと。このオレンジ色の丸っこい木の実……いや、これは果実だね。酸味のある香りがする。とても酸っぱそうだね……?」


「おいしいよ!!」


「じゃあ、一口貰おうか――ふむ、うむ! これも美味しいね! 口の中に広がっては残り続けるこの酸味が、他の果実に無い余韻を楽しませてくれる! これは何ていう果実なんだい?」


「これはみかんっていうの!」


「へぇ、みかんという名前なんだね。よし、覚えておこう!」


 女の子との邂逅を果たしてから、数十もの日にちが経過し。そのモンスターにおけるこの期間は正に充実した幸福の絶頂の連続であり。こうして人間の女の子と関わり合えるその時を、そのモンスターは心から楽しんでいた。

 同じくして、その女の子も。こうして長く、なによりも自身を信用してくれる存在に身を寄せていたために。そのモンスターと女の子の関わり合う光景は、実に仲の睦まじい友人関係として認識することができた。


 モンスターと人間による、特異的なその光景。それは、この世界における革新の一つであり。同時に、この世界における禁忌の一つでもあった。

 そして、類を見ない種族を越えたこの交流は、後に悲劇を生むこととなった――




 そのモンスターの存在が知れ渡った。

 ある豊かな渓流に身を隠していると全界隈に伝わり。それを耳に入れたあらゆる種族が立ち上がる。

 その中でも、そのモンスターを排除するために先陣を切って勢力を率いてきたのは、魔物界の最上位に位置する魔物の群れであった。


 その群れは、同じ種族であるそのモンスターによって振るわれる脅威を心から恐れていた。よって、今回の住処の特定を好機とみたそれらは人間や生物を差し置き、魔物界の総力をもってその猛威を振るい始めたのだ――


「魔物さん!!!! 助けて!! 助けてッ!!!!」


 時刻は真昼時。自然溢れる穏やかな渓流に、涙で歪んだ悲痛な悲鳴が響く。

 尋常ではない気配を悟り。高速の勢いですぐさま女の子のもとへと駆けつけたそのモンスター。


「どうしたんだい!? 何かあったのかい!? 誰かにいじめられ――」


「村が魔物におそわれてるの!!! お姉様が助けてくれたけど、お父様もお母様も……村のみんなも……!! 助けてくれたお姉様も……!!!」


「君の村が魔物に……!?」


 魔物界の勢力がそのモンスターを求めて襲撃した場所が正しく、その女の子の故郷である村だったのだ。


 女の子の村で起きているという大惨事を耳にして。そのモンスターはこれまでに無い憤りを覚えた。許せないと。この女の子の大事な村を襲うだなんて絶対に許せないと。

 ……そう、その時にはまだ知らなかったのだ。そのモンスターは、こうして大事な存在である人間の大切なものを破壊してしまった全ての元凶が、自分自身であったことを……。


「……大丈夫。大丈夫だ! このワタシが君の村を救ってあげるよ!」


「本当!!? 魔物さん! 魔物さん……みんなを助けてッ!!!」


「任せて!!」


 そのモンスターは、意気揚々と女の子の村へと直行した。

 この時にも、甘い考えを思い浮かべていて。戦闘という血みどろの行為に慣れてしまっていたから。大切な人を守れると思ったから。

 人間の危機を救い。人間の救世に貢献をすることで、自身は人間の救世主として崇められ。あわよくば人間界の仲間入りを果たしてやろうと。そんな野望とも言える愚かな思考を、その時にもめぐらせてしまっていたのだ。


「酷い惨状だな……」


 その村は、もはや手遅れだった。

 大炎上したその光景を前にして、そのモンスターはまず村の救世を諦めた。

 無惨な焼け跡が辺りに散らばっていて。その村の中を、最上位とも呼べる極悪なモンスターが徘徊している。


 それらは凄腕の人間であっても、尚苦戦を強いられてしまう。或いは討伐なんて不可能に等しい、この世の平穏を脅かす。この世の掌握だって可能ともされる実力を持つ存在であった。

 しかし、それに動じないそのモンスター。この体内に宿る強大な力に自信があったから。そして、あの女の子を助けるため。人間の救世主となって、その仲間入りを果たすため。


 そのモンスターは、内なる秘められた力を存分に発揮した――



 その日、ある地域は跡形も無く消滅した。

 残された残骸は、闇の黒と毒の紫の混じる業火のみ。あらゆる物体が。あらゆる存在がその日に消し飛び。そこはもはや、生が生命活動を行うことが不可能ともされる無へと化していた。


 それも、全ては人間の救世主となるために行われた、善なる厚意による破壊活動。それを前にした人々は、炎上する業火の中で何事も無かったかのように浮遊する目の前のそれに戦慄を覚え。そして、この上ない絶望を与えることとなってしまったのだ。


「……あれ、おかしいな。もっと喜んでくれると思っていたんだけど……」


 その眼差しを見て、想像していた展開とは異なる眼前の光景に疑念を抱くそのモンスター。

 ……少しして、ある一帯の一部から声が上がった……。


「……ば、ば……化け物だ……!! 魔物なんて比にならないほどの化け物だ……!!!」


 反応を聞き、その場から大勢の人々が逃げ惑う。

 自身から離れていく目の前の光景に、そのモンスターは気付いてしまったのだ。


 ……自分は救世主になれなかった。それどころか、自分は救世主ではなく、破壊者となってしまったのだと。

 

 ワタシの力が強すぎたせいで……人間に恐怖を植え付けてしまったのだ……!!


「うわぁぁあああああぁぁぁ!!! 化け物!! この群れを率いてきた化け物が仲間を皆殺しにした……!!」


「ひ、率いてきた……!? ま、待って! 違うんだ!! 待って――」


 そして、その強大な力はあらぬ誤解を生み。

 そのモンスターには数多の武器を差し向けられ。その矛先や銃口を突き付けられ、そのモンスターもまた絶望した。


 人間のために、良かれと思って行った行為が。自身の運命を。自身の希望を。自身の願望をことごとく儚き夢想へと変えてしまったのだから――


「ちがうッ!! 魔物さんはみんなを助けてくれたのッ!!」


 背後から響き渡った声でそのモンスターは振り返り。

 その魚形を通り過ぎては、その前で立ち止まって人々に呼び掛ける一人の女の子。


「あれは、近所の子……!? おい、助けたってどういうことだ!?」


「わたし、魔物さんとお友達なの!! それで、村にモンスターが来てたいへんなことになったから、わたしが魔物さんに助けてっておねがいしたのッ!!」


 女の子の、涙ながらの訴え。武器を向けられながらも、尚それに怯むことなく人々に真実を伝えていく女の子の訴えは、その場にいた多くの人間の心を揺るがす決定的な説得力を持っていた。


 ……そう、女の子の言葉には、この現実との辻褄が合ってしまう、決定的な説得力があったのだ――


「……そうか。そうか、なるほどな。つまり、てめぇがそのモンスターの群れを率いてきたということだな!?」


「え!?」


「そうなんだろう!? てめぇはそのモンスターとお友達と言ったな? それは、お友達を自分の村に招待したということなんだろ!? てめぇは同級生にいじめられているという噂があった! それを知っていたから、てめぇには同情を感じていたものだが。今思えばなんとかするべきだったな! まさか気に食わないヤツらへの報復として、こうしてモンスターを連れて村を襲わせるなんてほどの外道で腹黒の、人間を容易く殺せるようなクソガキだったとは思っていなかったからなァ!!!」


「え? え?? え??」


 目の前の現実に、混乱で口が回らなくなった女の子。

 それと共に、村人の一人による号令で。そのモンスターと女の子へと一斉に向けられる武力。

 視界の先は、こちらへと向けられた武器の矛先という光景で埋め尽くされてしまっていた。


「我らがモンスターを、魔物という存在を忌むべき存在として最も嫌っている集団で成された村だということを判っての犯行だな!? だったら、それはもう死刑だ!! モンスターと仲を結ぶなんて言語道断!! 死にさらせクソガキッ!! よくも我らの村を破壊したな!! そのモンスターもろともぶっ殺してやるッ!!!」


「どういうことなの?? どういうことなの!? 待って!! 待って!!! 魔物さんはみんなをたすけてくれた――」


 瞬間。眼前の武力は一斉に放たれた。

 

 視界を覆い尽くす投擲武器、弾、魔法。この世界における武力として用意された、ありとあらゆる手段を用いられて行われた集中砲火の標的とされた女の子は絶望して。

 そうだ。これも全て、自身が振り撒いた災厄の種なのだと気付き、後悔し、同時に女の子への懺悔を抱いたそのモンスターは。この瞬間にも咄嗟に行動を起こしていた――


「ま、魔物さん――」


 女の子に覆い被さり。眼前から降り掛かった全ての武力をその身で受け止める。

 尋常ではない衝撃が襲い掛かる。その威力は、最上位のモンスターによる一撃にも匹敵していたことにきっと違いない。


 ……そんな集中砲火を全て受け切ったそのモンスターは。眼前からの実力行使が収まった気を計らって擁護を解いた。


「……無事かい?」


「……魔物さん……」


 そのモンスターは傷こそ負っていながらも、まるで平然としていた。


「う、嘘だろ……?! あれを受けても平気なのかよ……!?」


 そして、その異常な光景を目にした人間達は、恐れをなして一斉に逃げ出した。

 それは、自身らでは決して敵うはずのない圧倒的な存在感を前にした、極度の恐怖心からなる本能の拒絶反応。

 人間の心を持ち。人間に憧れ。人間になりたいと願うそのモンスターは、とうとう人間をも超越した絶対的な脅威として恐れられるようになってしまったのだ。


 同時に、それを連れてきた女の子もまたモンスターの子として瞬く間に周知され。その女の子もまた、"化け物"として恐れられる存在へと化してしまった――



 その瞬間にも、そのモンスターは"自責"の念に襲われることとなる。


「……すまない。すまない……すまないすまないすまない…………ッ!!!」


 涙を流し、声を堪えて静かに泣き続ける女の子をその魚形の身体で抱きしめながら。

 同じく、良かれと思って行った行動によって人間に見限られたそのショックを受けて。女の子は、ただただ泣くことしかできなかった。


「……逃げよう。今は逃げるんだ……。君はもう、人間からは受け入れられない存在となってしまった。いやワタシがそうしてしまった……。だから、ワタシと共に逃げよう……。そして、ワタシは君に償いを続ける……だからどうか許してくれ、許してくれ……!!!」


 そのモンスターは、女の子を擁護してその地を去った。


 これから女の子と共に迎えるであろう、全界隈からの追手から逃れるために。同じく追われる身へと転じてしまった女の子を命懸けで守るために。

 そして、悲劇へと陥れてしまったこの女の子への償いをするためにも、そのモンスターは女の子を擁護しながらありとあらゆる地域を駆け巡ったのであった――――

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