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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
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レベルアップ

「ぐっ……がァッ――!!」


 耐久に必要なHPに限界が訪れて。長くもの間、眼前のマイティバトゥスによる攻撃を耐え続けてきた防御コマンドも、とうとうその意味を成さなくなる手前にまで来てしまったこの現状。


 俺のHPはもはやミリ単位のものとなってしまい。それでも尚、一向に攻めの手を緩めないヤツの攻撃に押され続けて。

 さすがにもう限界だ。システムという、気合いと根性ではどうすることもできないこのゲーム世界における概念が、主人公である俺を無慈悲にもゲームオーバーへと誘ってくる。


 手前からの負荷に加えての、後方の壁による圧が加わっていることによって俺はこの場から一歩も動けず。防御コマンドという選択肢がその効果を成さない、瀕死状態寸前のギリギリとなるHPになってしまって。

 もはやここまでかと、覚悟を決めた俺がその目を瞑ったその瞬間――


「アレウスさんッ!!!」


 その時、横からはアイテム:ホイッスルの甲高い音が鳴り響いてきて。空間を伝った間接的な音属性はマイティバトゥスを強制的に怯ませる。

 その不気味で怪奇的な顔面に似合う、悪魔の如き悲鳴を上げながら。俺への攻めを中断しては怒り狂い、奇声を交えた怒号を喚き散らしながら。プログラムに従う形で、ヤツは脇目も振らずにニュアージュのもとへと飛び付いていった。


「…………ッ!!」


 眼前から迫り来るモンスターを前にして、全身を震わせるニュアージュ。

 恐怖で引きつったその表情ながらも、目の前の現実をしっかりと見据えながら。しかし、今までの彼女には無かった勇敢なるその姿は、正に俺を救うべく立ち上がった救世主と言うに相応しいものであって。


 ……同時に、地面に転がっていた水縹のロッドを拾い上げては。それを振り上げた勢いのままニュアージュは恐怖の感情を含みながらの、その心からの覚悟による力強い悲鳴を張り上げた。


「いやァッ!! いやァアアァァアアッ!!!」

 

 自棄で振り払われた水縹のロッドからは、彼女を覆い尽くすほどの大量の冷気が散りばめられて。

 その冷気が彼女の周囲を漂っては四つの魔法陣を生成し。目を瞑りながら行われたニュアージュの行動は、その甲高い冷凍の音を立てながら。

 ――次には想像を遥かに上回る光景が。それは、その生成した魔法陣からはこれまでの氷の塊とは比べ物にならぬほどの、まるで成長したかのような巨大な氷柱が発出されるように飛び出してきたのだ。


『ギチチチチチッ!! ギャァァアアァァッ!!!』


 氷山のような巨大な氷柱が、飛び掛かってきたマイティバトゥスの巨体を容易く貫いて。更に、聞いた者の鼓膜をも凍らせるかのような、この空間を制圧する大きな冷凍の音が辺りへと鳴り響き。

 宙で氷柱に全身を貫かれたマイティバトゥスは、あれほどの脅威を振り撒いていたのがまるで嘘のように。この一瞬で、その場で虚しくもがき続ける生ける標本と化していた。


「いいぞっ!!」


 唐突に訪れたこのチャンスを逃さないために。

 盛大な魔法による反動でしりもちをついていたニュアージュに声を掛けながら。咄嗟にこの足を駆けさせては、跳躍からの壁キックでマイティバトゥスの顔面へと急接近を図り。


「エネミースキル:ワイルド・ストライク!!」


 勢いに身を任せた、ブロンズソードによる強烈な突きからの渾身の蹴りを浴びせる。

 この衝撃にはただならぬ威力を秘められているというだけあって。その破壊力はマイティバトゥスを釘付けにしていた周囲の氷柱を粉々に粉砕しながら、同時にその破壊力の直撃を受けたヤツの身体はその先へと吹き飛んでいく。


 状態異常に翻弄されたこの戦況も、ニュアージュの強大な魔法によって形勢を立て直すことができた。

 その法撃は、今まで見た中でも特に強力で。いや、今までの中で一番の魔法だったかもしれない。


 まさか、ニュアージュにそんな選択肢が残されていたとはいざ知らず。目にしたド派手な氷柱の砕ける煌びやかな氷の破片を纏いながら、俺は着地をするなり彼女の方へと視線を向けた。


「……アレウスさん……」


 見つめ合う。その瞳には大粒の涙が残っていながらも、立ち上がっていたニュアージュは何かを不安に思う眼差しで俺の顔を眺め続けて。

 彼女の後ろでは、気を失っていたミントが無気力に起き上がり。俺達の姿を確認してはホッと安堵の息をつきながら力無く微笑む。


 少しして、ニュアージュはハッと何かを思い出したかのようにこちらへ駆け寄ってきては、自身の背後に手を伸ばしておもむろにポーションを取り出してきた。


「アレウスさん。こちらを……」


「あ、あぁ。ありがとな、ニュアージュ」


「そんな……礼を言われることなんて、わたし……」


「十分、礼に値することだよ。だって、ニュアージュは俺とミントを助けてくれた上に、こうして高価なポーションまでも受け渡してくれた。俺、もう回復アイテムを十分に持っていなかったからさ、これは本当にありがたいんだ」


 ニュアージュからポーションを受け取り、それを飲み干す俺の様子をずっと伺い続けていくニュアージュ。

 そして、俺が一息をついたところで、彼女は目を逸らしながら恐る恐ると尋ねてきた。


「……ごめんなさい。わたし、アレウスさんを見殺しにしようと――」


「ところでニュアージュ、今のスキルは一体何なんだ?」


「……え?」


 ふと、思い付いた疑念を口に出してみた。

 すると、あれっと何か調子を狂わされたかのような、唖然とした表情を浮かべながら驚いてこちらを見遣ってきたニュアージュ。


「もしかして、こういった場面のために切り札を隠し持っていたということなのか? だとしたら、ニュアージュはとんだ戦闘の天才だな。正に絶妙なタイミングだったよ。確かにあれなら、あのモンスターの不意を突けるってもんだしな」


「……あの、アレウスさん――」


「……そうだよ。ニュアージュ、あんたは実際にやればできるんだ。ミントとユノのように、とても頼もしい存在だよ」


 心配な面持ちで見遣ってくるニュアージュの肩を叩いて。

 今までとは違う、まるで別人のような勇敢なる面構えとなった彼女に微笑みかけたその瞬間にも。


 ……ニュアージュは歯を食いしばりながら、何かに解放されたかのような緊張の抜けた表情を浮かべて微笑みを返し。続いて頬を赤らめては、そのまま涙を流し始めた。


「ニュアージュの活躍で、俺達は危機を脱することができた。が、しかし、あのグロテスク・マイティバトゥスはまだ倒れていない。戦闘は依然として続いていくが、これからの戦闘はこれまた一味違う内容になるだろうな。何せこれからの戦闘は、俺達の反撃という番狂わせの、とんだ波乱万丈な展開を迎えることになるだろうから」


 泣きじゃくるニュアージュの頭を撫でながら。彼女の後ろからこちらへ駆け寄ってきたミントに視線を向けて。

 今、ここに再びパーティーメンバーが集まった。それは、互いに生存を確認し合える喜ばしい現実であり。それは、これからの逆転劇の主役になる、欠かすことのできない大事な面々でもあるのだ。


「……この調子で、引き続いて戦闘に加勢してくれると。……この調子で、救世主の一人として俺達と一緒に戦ってくれると、こちらとしては大いに助かるんだが……どうだ、やれそうか? ニュアージュ」


 真正面から彼女に問い掛けて。

 彼女の脇からは、ミントが彼女に優しく寄り添って。


 反撃の狼煙を上げるために必要な最後の一声を二人で待ち続け。

 その中で、彼女は俺とミントの存在をその大粒の涙越しにそれぞれ確認してから。


 ……唇を噛み締め。頬を赤く染めながら。ニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズは、俺の問いに笑顔を浮かべながら大きく頷いた。


「……はい。やります……! わたし、やれます……ッ!!」


 瞬間。ニュアージュを包み込むように現れた透明の光。

 次には、彼女の頭上にレベルアップの文字が浮かび上がってきて。

 彼女に蓄積されてきていた経験値がこの場になってようやく形を成し。光に包み込まれたニュアージュの頭上からは絶えずにレベルアップの文字が出現し続ける。

  

 これは、俺のような主人公のレベルアップとはまた違うもの。

 それは俺のようなシステム上におけるレベルアップではなく。その人物の、そのキャラクターの人間的な面の成長を意味する、人間性としてのレベルアップを示すものだ。


 どうやら、ニュアージュは何かから吹っ切れたらしい。

 その答えに心当たりは無かったものの。しかし、少なくとも今回の戦闘が、彼女の人間性としての成長を促したことにきっとそう違いない――



「……よし! それじゃあ、反撃といこうかっ!!」


 勝利への確信。フラグなんて何のそのと、見据えた勝利に向けて勝気に笑みながら俺はブロンズソードを構える。


 その先には、ニュアージュと俺の攻撃によって吹き飛ばされたエリアボス:グロテスク・マイティバトゥスの姿があって。

 その怪奇的な顔面には怒れるしかめっ面が貼り付けられており、その様子は説明するまでもなく、ヤツの怒り状態への突入を意味しているものであった。


 おもむろに起き上がっては奇声で俺達に威嚇するマイティバトゥス。

 そんなヤツと向き合った俺に続いて、ニュアージュは未だ感じる恐怖の感情を抱きながらも、覚悟を決めて水縹のロッドを振り被り。ミントは球形の妖精姿へと変身して俺とニュアージュの間に並ぶ。


 圧倒的な実力差によって、瞬く間にパーティーを崩壊したグロテスク・マイティバトゥスと向き合うことによって。

 俺達は反撃からの勝利というそのメインクエストのハッピーエンドを目標に、ヤツという強大な難敵に再び挑むのであった――――

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