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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
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平和的な光景とニュアージュの異変

召喚(イル・ミオ)(・バディ・)黒き獣(ジャンドゥーヤ)ッ!!」


 黄色に光る、不思議な模様を浮かべたユノの右手の甲。それを光らせながらユノの右腕が振られると、彼女の真正面から漆黒と鮮紅の魔法陣が生成されるなり、その中央からは悪魔の如き獣が勢いよく飛び出してくる。


 二メートルの体高。三メートルの体長。漆黒のケルベロスを思わせる獰猛な犬の頭。熊のように巨大な漆黒の体。逆立った毛並みを揺らしながら。蛇のようにうねる漆黒の尻尾。

 頭部から生える、二つに枝分かれした悪魔のような二本の巨大な角。顎から伸びて、その全身を覆うように逆立った漆黒と鮮紅の体毛。


 その姿を現す度に、同じような表現を挟んでいるような気がする。そう思えるまでに見慣れてしまった俺の目の前に現れたそれの名は、ユノの相棒である黒き獣、ジャンドゥーヤ。

 その姿を見る機会と言えば、毎度の如く戦闘の真っ只中という切羽詰った空間であったために、こんな緑の広がる野原の、穏やかな平和の広がるこの時にその姿を見るのは、なんだか新鮮だ。


 ……とは言ったものの。まぁ実際のところは、描写の無い場面でよくその姿を見ていた。

 というのも、こういう広大な場所に訪れた際にはこうしてユノに召喚してもらい、その度にその巨体で広々とした空間の中を自由に駆け回っているというものであるから。


 そうして自由気ままに野を駆けるジャンドゥーヤは、実に活き活きとしている。もっとも、戦闘の時も、その凶悪な能力を振るうことによって、ある意味で活き活きとしているものだが。

 だがまぁ、さすがにこの何事も無い空間においては、この時を待ってましたと心待ちにしていたかのように、楽しみに心を弾ませている意味でジャンドゥーヤは活き活きとしていた。


 そんな調子で心から楽しんでいるのか。いつもは悪夢を思わせるジャンドゥーヤのその姿も、この気分爽快な物事を前にするとまるで純粋な……とはいかず。やっぱり悪夢のような絶望感を漂わせる、とても恐ろしい姿だ……。

 むしろ、楽しいという感情で浮かべているその笑顔が、よりその恐ろしさを引き立てているような気がする――


「いつ見ても、ジャンドゥーヤは元気なワンちゃんみたいでとても可愛いわ~」


「あら、アーちゃんありがと~! いつもはいろんな人やモンスターから怖がられているものだから、それを聞いたらきっとジャンドゥーヤは喜ぶわ!」


 ニュアージュの感性に驚くと共に、心の中で静かにジャンドゥーヤへ謝る俺。

 いつも怖がってすまん。と、それでも、やっぱり本能的に恐ろしいと思えてしまうその姿を見遣っては、そんな野を駆けるジャンドゥーヤの後方へと視線を移す。


 ……凄まじい速度で駆けるジャンドゥーヤを追い掛ける、黒き獣と同等に、活発で元気なその少女。いつもは律儀で控えめなその姿を見せているために、こうして全力でジャンドゥーヤを追い掛けて遊んでいる目の前の光景には、毎度のように微笑ましくて気持ちがほっこりとする。ただ、ペース配分に気を遣っていないのか、既にかなりバテてるけど。


「ハァ、ハァ……ふぅっ……」


 息切れを起こすミント。

 慣れない運動に汗を流して。それでも、白のタンクトップに黒のホットパンツ、ふくらはぎまでを包む黒のソックスに黒のスマートな運動靴という爽快な外見をしているためか。中々に様となっているその姿で、ミントはよろこびの感情による高揚感にその身を委ねていた。


 そんなミントに近付いてくるジャンドゥーヤ。その悪魔の如き強面で少女に近寄るなり、キリンのように長い鮮紅の舌を伸ばしては、無邪気にじゃれるかのようにミントの顔をベロベロと舐めていく。

 その光景は正に捕食と言っても過言ではなかったが。これはユノ曰く、こうしてジャンドゥーヤが誰かの顔を舐めるのは、その相手のことを信用している証ということらしい。


 もちろんのこと、ユノはエサをあげる度にジャンドゥーヤからベロベロと顔を舐められ。ミントも、こうして追いかけっこをしている際にはベロベロと顔を舐められて……といった感じで、悪魔の如きその姿ではあるものの、それらは全て、好意を寄せた相手に対するジャンドゥーヤなりのスキンシップの一つだとのこと。


 ……尚、依然として俺は舐められたことが無い。そう思うと、あの恐ろしい姿ながらも顔を舐められていない現状が、なんだか寂しいものである。……にしても――


「……ミントのやつ、だいぶ活発的な姿を見せるようになってきたな」


「ホントねぇ。以前まではよく、アレウスの傍で静かに佇んでいたりしていただけだったけれども。最近はよく動いて。よく食べて。よく微笑んでいるわよね。私としては、とても嬉しい限りだわ。なんだか、ミントちゃんに打ち解けてもらえたようで、あの元気な姿を見ているととっても安心するのだもの」


 ピンゼ・アッルッジニートの渓谷でのサブシナリオ。それを終えた後の会話で、ミントは喜びという感情を認識した。それからというもの、内から沸き上がってくる喜びの感情に、その身を委ねることができるようになったのであろう。

 こうして少しだけでも、自身の感情に素直な姿勢を見せてくれるようになってくれたことは、俺としても、ユノとしても、とても喜ばしい限りだ。


 そんな、ミントを見守る俺とユノを見たニュアージュ。俺達に挟まれる形で平行に歩いていたものだが、双方へとキョロキョロと視線を向けてから、俺に視線を固定するなり首を傾げながら唐突に疑問を投げ掛けてきた。


「以前から気になっていたのですが……ミントちゃんは、アレウスさんのことをご主人様、とお呼びしておりますよねー? あの、もしかしてなのですが……アレウスさんって、とてもお偉い地位にいらっしゃるお方なのですか……?」


 俺に仕えるミントと、その主人にあたるのであろう俺の素性が気になっていたらしい。

 そんなニュアージュの様子から、どうやら俺は、かなり高い地位にいる人間という認識をされていたようだ。まぁ、律儀で従順な少女が付きっ切りで傍にいるものだから、そう認識をされても何も不思議なことではないか。


「いや、確かに従士の関係ではあるけれど。別にミントを雇っていたり、ミントの身を引き取ったりしているワケではないんだよね」


 俺の返答に、再び首を傾げるニュアージュ。

 にしても、ミントに関するこの手の質問には、毎度のこと困らせられる。別に隠す意味もそんな大して無いのだが。でも、それでもメタい説明をしたところで、このゲーム世界の住民にはその内容を把握することができないだろうから、結局のところ、何かと誤魔化す形の返答が、一番安定するというものだ。


「まぁ、俺が物心ついて旅を始めた頃には、既にその姿を見せていたかな。何と言うか、ミント自身が言うにはだな……ミントという存在は、俺のあらゆる物事を支えたり、俺の欠けた知識の補完を行ったりと、俺をバックアップするために生まれてきた存在だ。と……そう、本人が言っていたんだ。そうだな……ミントという少女は、云わば、俺を先導してくれる、人生のナビゲーターのような存在。とでも言えるかな……?」


 内容はなんとも曖昧で不可解な説明ではあるのだが。まぁ、それでも決して間違いは言ってないと思う。

 そして、案の定ニュアージュは俺の説明に再度首を傾げる。その動作からは、不可解というよりは更なる謎による疑問を抱いているように見えた。


「人生のナビゲーター……? なんだか不思議ですね~。ミントちゃんもそうですが、アレウスさんも中々に不思議です」


「でしょー? そんな不思議で、未知を予期させる雰囲気を纏っていたアレウスとミントちゃんに目をつけたことで、今はこうして私が二人を旅路に連れ出しているの! おかげで、私の旅はこれまで以上に充実しているわ! それに、アレウスも、ミントちゃんも決して悪い人なんかじゃないから、一緒にいてとっても安心するし、とっても楽しいの!」


 話に加わってきたユノがその後にもいろいろと付け加えるものだから、この何気無い会話を境にして。俺とミントを見るニュアージュの目つきが、とても興味深そうな対象を見るような、未だに出会ったことの無い未知を眺めるような目つきに変わってしまった。


 まぁ、この世界の主人公とそのナビゲーターというメタい存在を遠まわしに認知してしまった以上、この世界の住民からすると、確かにまぁ不可思議な人間達だろうなと思えてしまってもおかしくはないか――



 それからと言うもの、ユノはニュアージュにいろいろと吹き込み続けて。ミントはジャンドゥーヤと共に野原で遊んでいてと。俺の周囲では、ゲーム世界における平和的な日常が展開されていた。

 そんな光景を見ていると、尚更このゲーム世界に降り立った本来の目的を忘れてしまいそうになるくらい。この日常はとても安定していて。とても充実したものであったのだが――


「……ッ」


 ふと、ニュアージュが反射的に足を止める。

 それに続いて俺とユノが立ち止まり。そんな反応に何かを感じては、彼女が向けているその視線の先へと見遣る。


 野原に広がる道の先からは、四人で行動をする団体の人間達が道を沿うように歩いてくる。冒険に適したよくある民族服をその身に包んで。その大きな荷物を背負ったり、手押し車で引いているその光景から、彼らが商人であることは容易に判断がついた。


 そんな彼らもこちらの存在に気付き。

 ……その次には一歩退いたり、恐れを抱いた強張った表情を浮かべたりと。なんだか尋常ではない反応を示してきたのだ。


「あら、あの人達……私達のことを見て怖がっているのかしら。……あ、もしかして、またジャンドゥーヤの姿で怯えさせちゃったのかな――」


「……いえ、そうじゃないの」


 ジャンドゥーヤに召還を命じるユノの言葉を遮るように。いや、むしろ、本来の意味を伝えるためにと表現するべきか。

 何かの後ろめたさを感じさせる声音で喋り。同時に表情が曇るニュアージュ。

 目を逸らし。息を詰まらせながら。突然駆け足で歩き出しては、ニュアージュという少女から逃げるように離れる商人達の脇を横切っていく。


 急な展開に、思考が追い付かない俺達。

 ミントもただならぬ雰囲気で俺のもとに駆け寄ってきて。真っ先にこの場から姿を消したニュアージュを追い掛けるために、俺達も後をついていくように走り出す。


 ……それにしても、ニュアージュの身に一体何が起こったのだろうか――――?

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