朝日差し込む外界への通路
「……うわぁ、これの中に飛び込めってのか……?」
ユノとの会話による、目覚めの良い朝を迎えた俺。
機嫌の良いこの感情のまま、ユノから教えてもらった外界へと通じる井戸へと向かったのだが。……その井戸というものが、これはまたありきたりというか。至って平凡な井戸という、至極シンプルな外見をしていて――
「……なんか、中が真っ暗で飛び込むのが躊躇われるなぁ……」
セリフの通りである。
奥底に広がる、深遠の暗黒。その光景はまさしく、闇への誘いとも呼べるであろうか。
様々な光景を見てきたものだが、この井戸の中という至って単純な暗闇の光景がシンプルに一番怖く感じられてしまった。
やっぱり、単純に一目であっ怖いと思えるものが一番恐ろしかったりする。
「……ユノ。あんたの言葉、俺は信じているからな……」
先程交わした言葉の数々に冗談が交じっていないことを信じて。
ユノという姉御肌な乙女が、嘘を交えた会話をしない性格だという勝手な思い込みを信じて。
……今、俺は勇気を振り絞って井戸へと飛び込む――ッ!!
「そぉりゃっ!! ……うぉっ、おぉぉぉぉ――」
我ながら、なんとも情けない叫び声をあげながら。
全身に鳥肌を立てながら。飛び込んでから、改めてその暗黒に怯えて。自身から井戸に飛び込み、変な声をあげながら落ちていくという、なんとも傍から見たら気狂った奇人だと疑われるであろう光景を繰り広げながら、俺は井戸の奥底へと落ちていったのであった――
「ぬぁっ、あぁ……」
それからの記憶はまるで無かった。
次の時には、俺は悶えるように声を漏らしながら、無意識に井戸の縁へと手を掛けていて。無意識に身体を引き上げるなり、俺は転げ落ちるように井戸から出てきたのだ。
さっきまで落下していたはずなのに。気付いたら俺は、井戸から出ていた。
「眩しっ。おぉ……」
さっきから、実に独り言が絶えない。
そんな俺は上空へと意識を向けると。そこには青色の大空が。綿状でモクモクと浮かぶ上がっている白色の雲が。そして、西からその強烈な輝きを解き放っている、朝日の日差しが視界に映り込んでいた。
あぁ、帰ってこられたんだなと。迷宮からの解放のような安心感に、俺は安堵の一息をつく。
見慣れたその光景に安心感を覚えて。外界に戻ってこられる術を見つけたことによる自信が湧き上がり。俺は何かを決心したかのようにその場から起き上がって。
……そして、次にはその周辺の状況の確認を行っていた。
ここは円形の台地だった。鮮やかな緑が周囲に広がり、その中心に井戸がポツリと寂しく存在している。
その台地から見た光景はと言うと。北へと見遣ると広大な緑色の野原が広がっており、その広がる大地の中をモンスターが駆け回っている光景が。一方で南へと見遣ると辺り一面を覆い尽くした深い緑色の森林が広がっていた。
どちらにも冒険心をくすぐられる要素があり、ユノの言葉を借りて言ってしまえば、この見知らぬ地域に未知を感じてしまって仕方が無い。
ついでにきたのだ。ミントを黄昏の里に残してきてしまったのが少々気掛かりではあるものの、どこか探索にでも出ようかなと。そう、ふと冒険心に身を委ねようとその行動を実行に移そうとしたこの時であった――
「――ズ・シュートッ!!」
南側に位置する森林地帯の。それも、割りと近辺の方から少女の声が響き渡り。次にはモンスターと思われる声の鈍い悲鳴と、何かの攻撃がヒットした効果音と、森林が揺すられる木の葉の音が微かに聞こえてくる。
誰かが、あの森林地帯で何かと戦っている。
聞いたままの情報を耳にして。このゲーム世界における主人公としての使命感であろうか。
……その瞬間にも俺はその音が鳴る方向へとこの足を走らせていた。
台地から飛び降り。その急傾斜を滑り落ちながら。森林地帯に到着するなり未だに数々の音が響き渡る方向へと突き進んでいく。
恐らく、この先は戦闘になるかもしれない。次なる展開を予感して、俺はブロンズソードを取り出しながらその足を進める。
自身から厄介ごとに首を突っ込んでいくこの性分も主人公属性によるものなのだろうという、一種の感覚と共に。俺はその数々の音が展開される地点へと辿り着くこととなった――――




