おしとやかでお上品な声の持ち主
「アイ?? アイって、あのキュッヒェンシェフのことかな??」
ユノがその名を口にしたことで、ふとたまたま傍を通り掛ったキャシャラトに声を掛けられた。
一見するとウナギっぽく。それでもって犬っぽい頭部で。口元からはナマズのような髭が伸び。頭部と胴体の間はオタマジャクシのような形をしていて。五メートルという長いウツボのような胴体で。白目で笑顔を浮かべながら浮遊しているという、なんとも不思議な生命体。
そんな見るからにモンスターである風貌のキャシャラトは、その陽気で気さくな明るい調子でふとした疑問をこちらへとぶつけてきたのだ。
「そう! とっても背が高くて、頭のフライパンがチャームポイントのアイおじさま! キャシャラトさんはアイおじさまのことを知っているの?」
「知っているも何もキュッヒェンシェフは古くからの付き合いなのだよほうほうそうかそうかということは君達があのキュッヒェンシェフの連れということなのだな道理でこの地域の存在を知っていたわけだ納得納得」
初対面の時と全く変わらない、超が付くほどの早口で次々と言葉を連ねていくキャシャラト。
区切らずに流れ出すようその口から現れてくる言葉の数々は、あまりにも早すぎるためかうまく聞き取ることでさえ困難を極めてしまう。
ただ、その言葉のアクセントから想像するに。どうやら俺達は、アイ・コッヘンの案内でこの地に来た冒険者なんだな。道理で、納得。みたいな意味を把握することができた。
「あのキュッヒェンシェフが優先して面倒を見るとはなしかもこうして冒険にまで連れ出すほどということは余程やつに気に入られているらしいが。そんなやつのお気に入りである冒険者達に会ってみたかったところだったからこれはまさに良いタイミングだった。というのもねあのキュッヒェンシェフのやつが君達のことをまるで孫を可愛がるように嬉しそうな様子で君達のことをワタシに話すもんだからさぞやつからの期待が込められた立派な冒険者なのだろうとこうして話せることを楽しみにしていたんだよ。ふむふむなるほどなるほど冒険好きな少女と期待の新米冒険者とその守護を務める不思議な力を持つ女の子確かに最初君達の面構えを見たときから何かを予感させる面子だなとは思っていただけある」
「アイおじさまのお友達さんだったのね! わぁ、アイおじさまもまた面白い人と面識があるのね~」
「へへへありがとうなお嬢ちゃん」
ふと、キャシャラトの調子から感じ取れた、穏やかな雰囲気。
照れというよりは、まるでユノの気遣いにお礼をしたように感じ取れたその言葉。彼女の言葉は褒め言葉に違いないのだろうけれど、俺はその陽気な調子に穏やかさが交わったことで、そのユノの言葉に何かしらの意味合いが込められていたことを感じ取ることができたのだ。
ただ、その変化の正体が判らなかったがために、その真相が気になって仕方が無い。
……というかユノ、キャシャラトのあの超早口を余すことなく聞き取っているのか……。
「まぁやつのことを古くからの付き合いと言ったがこれはお友達というよりは信頼できる商売相手といった意味合いの方が強いかもなぁ。さすがのどかな村で新米冒険者の支援を打って出ているだけある」
「商売相手? っていうことは、アイおじさまがこの地に訪れたのって――」
「ワタシは用心深い性格だからねやつとの関係や事情はそこまで詳しく話すことができないもののお嬢ちゃんのその勘は多分当たっていると思うよ。ハハッこれはもう答え合わせのようなものだったねこれは迂闊だった気を付けなきゃ」
キャシャラトは自身のことを用心深い性格と言っていたが、その用心深いという言葉で俺もようやく気付くことになる。
そういえば、アイ・コッヘンの交渉相手は用心深いために直接交渉に行かなければならない。と言っていた。
……なるほど。アイ・コッヘンが求めていた、その絶品なるカボチャの交渉。そして、その用心深い交渉相手。その商売相手こそがまさしく、このキャシャラトということだったのか。
つまりは、このキャシャラト。その容貌でカボチャを育てているということなのか……?
……と、そんな割りとどうでもいい事柄について深く思考をめぐらせているときであった――
「あぁありがとう! いやぁそれにしても、今日もカワイイねぇほんと! また一段と綺麗になったんじゃないのかぁ?」
「まぁ、可愛いだなんてそんな、滅相もございません。わたしは至って平凡な、ただの娘でございますよ~」
「遠慮深いねぇほんと。そんなところがまたカワイイよ!! なぁなぁ今日もどうだい? 俺の奢りで、ちょっとここで飲んでいかないかい?」
「まぁ、うふふっ。でもすみません、今日はそのご厚意のみをいただきますね」
「そうかぁ、残念だなぁ。それじゃあ、また今度ここに来た時に誘うわぁ」
「はい。その際には、ぜひご一緒しますね」
宿泊客である俺達以外の宿屋の利用者。商人と思わせる風貌に身を包んだ男と会話を交わしていた、おしとやかでお上品な声の持ち主が。
コツコツと優雅に靴底を鳴らしながら、こちらの席へと近付いてきては立ち止まって――
「"キャシーさん"。宿屋の玄関に、こちらの利用に訪れた来客のお方がいらしておりますよ~」
「おぉありがとう"ニュアージュ"せっかくのお客さんだがまずは様子見といこうかな。それじゃあね君達ここは本当に何も無いとんだ田舎の中の田舎な場所だけどそんなまったりとさっぱりとした雰囲気だけでもぜひ満喫していってほしい。それじゃあまた会おう!!」
"キャシー"という名でキャシャラトを呼ぶ少女から話を聞いて。
こちらの来訪客を接待するため。キャシャラトは別れの言葉と共に、その超早口という個性に似つかわしい、気持ちが良いほどの高速移動によって瞬く間にその場から姿を消す。
残された俺達。一時の間に流れた沈黙。
そんな空気の中、この停滞した流れを再び動かしたのはその少女であった。
「キャシーさんとのお話の途中に、なんだかすみませんでした。わたし、空気を読まずに割り込んでしまいましたね~」
なんてお上品で清楚な声の持ち主なのだ。コロコロと鈴が転がるような。その透き通るような軽くおしゃれな調子で、やんわりとした雰囲気で喋る目の前の少女。
身長は百七十二か。膨らむようにふくらはぎにまで伸びた、超が付くほどのロングヘアーに。灰色がかった茶色という、アッシュに近い髪の色をしていて。湯に浸かった茶葉のような深碧の、暗く落ち着いた緑色と白のレースからなるドレスは、首元から袖や裾の先にまで少女の上品さを演出させており。
髪の色とマッチした、アッシュ色の上品な手袋と膝までのミドルブーツ。後から判ったこととして、銅の赤みを帯びた赤銅の、しかし暗く目に優しい赤色のストッキングを着用しており。
若葉の柔らかい黄緑色の瞳を可憐に輝かせて。清楚なお嬢様を思わせる顔立ちに、その優しい目つきにはあらゆるものを受け入れる包容力を感じさせ。コロコロと鈴が転がるような、その透き通るような軽くおしゃれな調子の声で喋る少女。
また、この少女のみの特徴としては。両耳の後ろかそこいらには、そのロングヘアーの端っこの一割のみを束ねる、赤銅色で極短の小さな筒が左右に一つずつ。頭には、髪のアッシュとドレスの深碧の二色が相互に交差する、見るからに高級そうで優美なカチューシャが。
佇立しているその姿も。下げている両腕の肘を曲げて突き出し、掌を向けた左手の上に掌を向けた右手を乗せて落ち着いているという独自の立ち姿で佇んでいる。
「キャシーさん? ……えーっと、キャシャラト……キャシー……あぁ、なるほど! キャシャラトさんのことね!」
「そうなの~。わたしが考えた、キャシャラトさんのあだ名なの~」
「へぇ~。うふふっ、あの外見にお似合いな、とっても可愛いあだ名ね!」
「あら、ありがと~。それを聞いたら、きっとキャシーさんとても喜ぶかもー」
引き続いての丁寧語かと思いきや、ユノとはタメでお上品に会話をする少女。
コロコロと転がるようなおしとやかな調子で。だが、そのおっとりとしていながらもハキハキと喋り。語尾が伸びているにも関わらずどんくささを感じさせないその喋り方。
……なんともまぁ、自分のペースを持っている、独特な雰囲気を醸し出した不思議な人物だ。
「ホント? ねぇねぇ、それじゃあ私もキャシャラトさんのことをキャシーさんって呼んでいい?」
「えぇ、もちろん。キャシーさん、きっと喜んでくれるに違いないわ~」
と、コロコロと上品に微笑みながら、まるで対照的な性格であるユノとの会話を、少女はとても楽しんでいる様子であった。
ふと、突然その姿を現した、まぁなんとも不思議で独特なペースを持つ人物と出会った俺。
その様子からは、とてもただのモブとは言い切れない存在感を放つキャラクターと出くわしたことによって。同時に、この新たな人物との出会いを介したことによって。
……どうやら、新たなフラグが立ったのだろう。
この展開をキッカケとしたのか、おそらく今までの冒険には用意されていなかったのであろう、また新たな展開が用意されることとなったのだ――――




