ディバイド・ランドへの道のり 4662字
そこは、錆びれたガラクタがバラバラと散らばる黄昏色の平原だった。
濁った晴天に、風が一切と吹いていない。又、その空間までもが錆びれているかのようなこの地には、漂う邪悪がちらちらと舞い散っていた。
このフィールドに突入してからというもの、吸い込む空気がとても重く感じられた。それは例えるならば、あからさまに臭わせた不穏な流れ。不吉な予感ばかりが胸を過ぎり、同時に起こり出した胸騒ぎに次なる目的地への不安を煽られる……。
拠点エリア:風国を出発した主人公アレウスは、馬車で次なる目的地へと赴いていた。
馬車という移動手段はフィールドを巡るにあたって実に快適だった。その目的地へと到着するのに数週間は掛けなければならないその道のりを、馬車はたった数日という短期間で辿ってしまう。道中のモンスターと出くわす手間も省かれたことで、この旅路はただ高速で流れ往く景色を眺めるだけのものとなっていたほどだった。
これでは身体が鈍ってしまいそうだ。そんなことを考えながら、流れ往く景色を眺める主人公アレウス。その主人公の横にはナビゲーターのミント・ティーが律儀な様子で座席に座っており、そして、その二人と向き合う形で座席に座るNPC:ユノ・エクレールは、浮かない表情を見せながら膝を抱えて、そこに顔を埋めていた。
その身長は百七十四という長身で、腰辺りにまで伸ばした白色の分厚いポニーテール、純黒の瞳。黒の大人びたジャケットのようなパーカーと、その下には、彼女の溢れ出る好奇心を表した真っ赤なミリタリーシャツ。長い脚に色気を付与する黒のストレートデニムに、軽やかな運動を可能とする黒色のロングブーツを身に付けている。
その性格は、溢れに溢れ出した活気からなる、弾ける天真爛漫。そして、それとはまるで不釣り合いな極めて大人びた外見をする彼女は常に、快活でありながらも冷静さも兼ね揃えたクールビューティとしてこの目に映っていたものだった。
……しかし、ここ数日のユノは、天真爛漫としてもクールビューティとしても映らなかった。常に渋い顔を見せていて、悲しげな表情を浮かべ、そして、何かにひどく怯える様子を見せては彼女は再び塞ぎ込んでしまうばかり。
不安や恐怖といった感情に囚われる彼女を初めて見た。これまでの、好奇心や探求心に満ちた太陽の如く陽気だったあの姿も、それは今では、ほんの垣間見えさえもしない。
馬車の中には、常に緊張感が漂っていた。これから迎える新たな運命に、収まらない胸騒ぎで主人公アレウスも緊迫感を抱いていた。
それを和らげるべく外の景色へと目を移していったのだが、その次にも突然と喋り出したユノに、そちらへと振り向きながら彼女のセリフへと耳を傾けた。
「……怖いの。これは、今までに感じることのなかった、未だ知らない全くの未知に溢れた無類の恐怖。これまでに出くわした畏怖や戦慄を遥かに凌ぐ強大な感情が、この私を心底から蝕んでくるの。……脳内が支配されたこの感覚。こんな……こんな時、私は一体……どうしたらいいのだろう、って……。もう、それを考えただけで未だ知らない未知なる恐ろしさに身体の芯から震え上がってきて……。そのことしか考えられないから……脳裏にこびり付いて心から全く離れないこの感情のことが、とても怖くて怖くて仕方が無い……! ――知らないわ、こんなこと……!! 刻一刻と迫る目的地への到着がただ恐ろしく思えてッ……それを思うと、私はもう、もう……ッ今にも壊れてしまいそうになるの……!! …………これは、未だ見ぬ私の知らない未知との遭遇、だわ……ッ」
追い詰められたユノは、その瞳から涙を零し始めた。それを見たアレウスはすぐにも腰へと手を回して持ち物の欄を開き、何処からかハンカチを取り出してはそれをユノへと差し出していく。
彼女は礼を口にして、そのハンカチを受け取って涙を拭った。流れ出る涙は一向に止まらず、ハンカチで目元を抑えてどんどんと溢れ出してくるそれを染み付かせていく。
その最中、少しでも気持ちが落ち着いたのか、ふぅっと深いため息をついたユノ。緊張交じりの震わせた音を立てていき、涙を拭き終えたそのままにセリフを続けてきた。
「次の目的地は……〈月下の不夜城〉という、とても大きな街よ。街と言えども、その領域には所々と大きな村が展開されていて、そんな、街と村が入り混じった環境の下で成り立つ少々と特殊な場所。活気のある大きな街を中心に、その周辺に素朴な村が広がっている構造を想像してくれるといいかも」
アレウスは手を差し出し、ユノは拭き終えた涙で濡れたハンカチを渡して一言の礼を添えていく。アレウスがそれを受け取って持ち物欄へしまい込んだところで、ユノはセリフを続けた。
「街の規模で言えば、世界屈指の超巨大な大都市であるマリーア・メガシティにはとても敵わない。ただし、月下の不夜城の街部分で繰り広げられるその活気で言えば、あらゆるスペシャリストが全世界から集うマリーア・メガシティにも全くの引けを取らないほどであって、その街は、人々の意気込みや執念で生まれた膨大な活力で溢れかえっている。言うなれば、憧れで満ち足りたロマンの街として、世界でもすごく有名な街としてその名前は知れ渡っているわ」
ユノが窓へ視線を向けていく。それを目で追うと、外で流れ往く光景には人の手によって造られた木製の建物が流れ始めており、とうとうと到着が迫った新たな地に思わずと冒険心がくすぐられ始めたものだ。
視線を戻したユノ。再びアレウスとミントへと向き合って、セリフを続けた。
「憧れで満ち足りたロマンの街。そんな月下の不夜城を語る上で絶対に外せないその特色と言ったら、それは、あらゆる分野において常に最先端を往くマリーア・メガシティの、更にその先を往く常に進化し続けていくとある分野への取り組み。――魔法。月下の不夜城の街部分では、魔法という事象の研究や開発、魔法という力を利用した戦術や技術の発展、進歩が著しいわ。魔法という分野へと注ぐ情熱は本物であり、その分野に関しては世界随一の研究や投資を展開している。そのことから、月下の不夜城は魔法を研究する学者にとっては、まるで夢の楽園のようなところ。……皆、その目に光を宿して日々の積み重ねへと取り組んでいるわ。それは、魔法という事象に大いなる期待を寄せているから。魔法という事象に潜む、新たなる可能性を信じているからこそ成せる、未だ見ぬ未知の追究。……それこそが、月下の不夜城という場所を語る上で絶対に外せない、その街の象徴とも断言できる唯一無二の特徴よ」
到着を控えた拠点エリア:月下の不夜城。目的地の情報が一通りと開示されたその次の時にも、それらを口にしていた彼女は急に声を抑え込み、次に、躊躇いを見せていく。
……膝を抱える両手がズボンを握り締める。力む身体に表情を険しくして、ユノはそのセリフを口にした。
「……それだけを聞くと、次の目的地、月下の不夜城は魔法に包み込まれたすごく愉快な街のように聞こえるでしょう。でも……その実態は、とても楽園と呼ぶには相応しくないものであることを、私はよく知っているわ」
アレウスとミントへと向けていた視線を伏せながら、セリフを続けていく。
「確かに、魔法に関しては月下の不夜城は何処よりも先進的。その研究は優れていて、技術も本物。誰もが熱心に魔法へと向き合い、常に力を尽くしている。それは、確かに本物なの。――問題は、そこじゃない。月下の不夜城という地域の核心に迫るその実態。それは……貧富の格差が著しいほどにまで激しくて、とてもシビアな格差社会によって構築された残酷なまでの上下関係によって成り立つ、云わば、差別で成り立っている世界……と呼ぶに相応しい冷酷な社会がそこで展開されている、というもの……」
絶句した主人公アレウス。驚愕で吸い込んだ深い息が馬車の中に響き、間を置いてユノは続けた。
「街と村が入り混じった環境の下で成り立つ、少々と特殊な場所。さっきも言ったそれのように、月下の不夜城には大きく分けて二つの領域が存在しているの。一つは、魔法という分野に長けた様々な研究が行われている、裕福な暮らしを送る学者や家庭で成り立つ夢のような街並み。もう一つは……持たざる者達が百姓となり、肩を寄せ合いながら日々の過酷な労働に励まざるを得ない環境へと身を投じていく殺風景……。街には、この肌に伝う、魔法独特の漲るようなピリピリする感覚が常に街の中を迸っているその一方で、まるで街から隔離されたかのようにその周辺へと広がる村では、その街を支える資源を補うべく、休息もろくに許されない激務を課された人々が、いつもお腹を空かせながら毎日毎日その労働へと取り組んでいる……」
馬車が門をくぐった。次の時にも表示された〈拠点エリア:月下の不夜城〉のテキストによって目的地の到着を知らされる。
周囲には、夢の楽園と言うにはあまりにもお粗末な、活力を感じさせない自然が広がっていた。大地に生い茂る緑からは輝きが無くて、流れる川の音はパサパサと浅く響き渡る。
……まるで、抜け殻。魂が抜けたかのような、表面だけの自然に包まれた村へと突入する馬車の中で揺られながら、ユノはそのセリフを続けた。
「言ってしまえば、富裕層と貧困層の住み分けがきっちりと区分されている、ということ。特に、この村へと追い遣られた貧困層の扱いはとてもひどいもので……差別なんて、当たり前よ。貧困層はイジメられて当然だとか、ストレスの捌け口だとか……アイツらは街で出た生ゴミを拝みながら拾い食いをして生活しているとか。お金を持てず、他の地域へ行くこともできない人達が召集されてはこの村に閉じ込められて、課される激務と富裕層からの差別に苦しみながら、自身の体力と精神を削ってその日々を過ごしていく……。――使い捨て、だって。村の人達は……行き場を失った路地裏の痩せ細った野良犬、だって……こんなことを富裕層の人々は平然と言ってのけるのよ……。そんな、異常性を極めるこの街の社会は到底認められるべきものではないわ。そして、それらを決定付ける何よりの証拠が……そんな、人道的に許されざる非道的な行いが、富裕層で成り立つお偉いさん方直々によって認められている、ということ。差別が社会的に認められているの。弱い者を痛めつけてボロ雑巾にすることを、この街そのものが認めているのよ……! ……夢の楽園。憧れに満ち足りたロマンの街。異常な社会によって世界随一とまで謳われるようになったこの月下の不夜城は、その詳細を知る外の者達からは、蔑称としてディバイド・ランド、格差の国、とも呼ばれていたりするの……」
力む拳。膝を抱える両腕がギュッと縮こまり、眉間が震え出した。
間を置くよう黙りこくって、暫しと視線を伏せていく。そして、これまでのセリフを締め括るべく次の時にも、ユノは振り絞るようにその言葉を言い切ったのだ。
「――月下の不夜城は…………私の故郷なの」
奥には、そびえ立つ巨大な建物の数々。見据えた夢の楽園を背景に、がたごと揺れていた三人を乗せるその馬車は、とうとうと辿り着いた次なるステージ〈拠点エリア:月下の不夜城〉で足を止めた――――
【~次回に続く~】




