負けられない戦い―― 4744字
込み上げてくる、虚しき感情。ブレイブ・ソウルに蓄積されゆくこの感覚と共に流れ出してきたのは……悲しみも悔しさも含まれない、虚無からなる大粒の涙。
主人公が、なんて情けない。今こうして悔し涙を流す様に、これまでと、まるで良い所が無いまま物語を進めてきてしまった、自身の無力さに改めて直面して。今までも、上手くいかなかったことにも何とか堪えてきたその感情が今、エリアボスを前にしたこの場面で爆発してしまい、収まらなくなってしまった――
悔しき感情に涙を流すその間にも。天叢雲剣は、相当なまでの重傷を負っていた。
次第と傷付いてきた漆黒の肌は、既にボロボロなエフェクト塗れとなっていた。その表情には殺気立つ様が消え失せていて、今は焦燥らしき怯えの様子までをもうかがえるものだ。
「……ちッくしょぅ……ぢぎしょォォオッ!!! たかが人類如きがぁァッ!!! たかが人類如きの存在がぁァッ!!! この、オレをぉ……この、天叢雲剣をここまで痛め付けるだとはァッ!!! ッ許さねェぞてめェらァ!!! こんの、裏切り者めがァ……!!! こんの、腐れ女がァ……!!! てめェらは、このオレに貪り喰われる運命に留めねェ……ッ!! そんだけでは、ぜってェに許さねェからなァ……ッ!!! その人体をバラバラにしてェ。隅から隅までありったけと溢れるその血を全部抜き取ってェ。てめェらを、『魔族』に従順となる人権無き下僕にしてやっからなァッッ!!! てめェらをぜってェにぶち殺して!! 『魔族』の戦力に貢献なされている"あの方へ提供"してやるからなァッッ!!!! ――――ォァッ」
漆黒の翼を広げて飛び立とうとするが、負ったダメージによって体勢を崩し、その場で崩れ落ちて膝をつく。
両肘をつき、戦闘の続行も難しいだろう完全な弱化を見せた天叢雲剣。滾る怒りで雄叫びを上げながら立ち上がろうとするものの、入らぬ力が全身についていかず、その身体は持ち上がりもしない。……もはや、立ち上がることすらもままならないようだ。
――それは、確かにエリアボスとしての威厳と脅威を味わった激戦だった。……しかし、熟練の能力……もとい、圧倒的なレベルの格差による仲間達の手に掛かったそれは、実にあまりにも呆気ない最後を迎えたものだ。
レベルという暴力で無理矢理エリアボスを捻じ伏せたユノとダークスネイク。ひざまずいて戦闘不能に陥った天叢雲剣へと接近し、ユノは右手に宿らせた黒と紅の光を向けながら、そうセリフを放っていく。
「観念しなさい!! 貴方が存在する限りは、この戦争は終わりなんかしない。終戦を迎えるためにも、貴方には観念をしてもらう必要があるの。……白旗を揚げなさい。『魔族』の敗北を、この場の皆に宣言するの。そして、貴方の勢力をこの地から撤退させなさい。そうすれば、貴方の拘束だけで済ませてあげるから」
ユノのセリフに、反応を示したのはダークスネイクだった。独特で禍々しいポージングを決めながら、口を開く。
「っふ。甘いな、漆黒と鮮紅の魔獣に魅了されし白銀のシンデレラよ。奴こそが、この地に災いを招きし邪悪の根源。それは、即刻に永久の封印として命を絶たなければ、何れ邪悪なる能力による災いをぶり返して我々を喰らいかねない。奴は即刻封印だ。奴は即刻、死刑だ!!」
「ちょっと、スネイ君。そんな、過激な……。刑が下るかどうかは、まだ即決をしなくてもいいと思うのだけど……」
膝をついて倒れ込む天叢雲剣は、自由の利かぬ身体にもどかしく思う無念の表情を見せるその中で。前方にて会話を交わす二つの存在の、その後方。……この頂上へと続く階段から伝う振動と足音が響き始めると、それは少しして、大群という形を成してこのステージへと上り詰めてきたのだ。
――それは、弓を携え、構えながら駆け付けてきたラ・テュリプの姿と。彼女に続いて列を成しながら、ぞくぞくとこの地に集い始めた、風国の人々。
……と、最初は風国の人々だと思われたのだが。この目で確認した彼らの装備は、風国の人々が身に付けていなかった立派な甲冑や武器の数々。それは、明らかにこの地の者達ではないことが一目瞭然だった。
じゃあ、彼らは一体何なんだ? 思考をめぐらせ、事前にも交わした作戦会議の場面を思い出し。次の時にも、彼らが遥々遠くから駆け付けてくれた増援の兵であることに気付く。
ずらずらとこの地に並び出した増援の兵士達を背景に、ユノとダークスネイクのもとへと駆け付けるラ・テュリプ。その表情は、疲労を感じさせながらも、とても明るいものだった。
「ユノちゃん!! 傭兵、ダークスネイク!! っアレウス・ブレイヴァリー君!! 聞いて! 予定よりも早い段階で増援が到着したのっ!! これは、あたし達を勝利へと導く疾風の加護が恵んでくださった、絶望の淵へと追い込まれた我々に授けられた幸運に違いないっ! それも、あの"二連王国"の兵がわざわざ遠くからこちらに駆け付けてくれたの! 彼らは、洗練されし実力者が集いし、この世界屈指の騎士達! 彼らの戦闘能力は到着次第にも、この漆黒に穢れた地にて発揮されたわ!! ――下の領域に蔓延っていた『魔族』であれば、大方は片付いた。あとは、この地に逃げ隠れする"ヤツら"を炙り出し、捕らえるなり処理をするなりでこの風国は甚大な優位を確保することができる!! 我々の勝利は目前! 大将格の『魔族』を探し出し、"それ"の首を討ち取れば……我々の勝利よっ!!」
ラ・テュリプのセリフに垣間見えた勝利への兆しに、安堵の様相を浮かべたユノとダークスネイク。絶望的だった戦況からの大逆転に、解放を思わせる一息をついていく。
……一方として、この地に這い蹲り、それらを耳にしていた天叢雲剣は呆然と。そして、絶望のどん底に突き落とされた、歪みに歪んだ表情を見せて。額を地面につけ、悲愴な叫び声を上げた……。
「…………ッハ??? "二連王国"の兵??? ……お、おい。冗談だろう。そいつァ、何かの冗談だろう……?? ハ??? どうして、こんなちっせェ田舎にそんな大層な輩がわざわざ出向くんだよ??? こんな地域が潰れたところで、ふんぞりかえったお偉いさんが治めるこの世界に何の打撃にもならないだろう??? そんな、自身らの戦力を大幅に割く非効率な行いを、なぜ上のヤツらはそう許可なんかをした……?? ……オレの想定が、悉くと外れていく……!! 二連王国の連中じゃなけりゃァ大丈夫っしょ、って思っていたのに……!! 全ては、ゾーキンの旦那の忠告通りに事が進んでいっちまう……!! っオレの指揮のせいで。つい数時間前にまで顔を合わせていた連中が皆、滅んじまったんだ…………ッ!!! ――――ウ、ゥ、ウワアアァァァァァァアアアアアァァッ!!!」
彼の悲鳴は、敵でありながらも同情さえしてしまえる哀れなものだった。
悲鳴と共にして、彼の付近から滲み始める漆黒の影。それは地面を覆い尽くし、それに警戒して距離を置いたユノ達は、再び彼のもとへと視線を向けていく。……が、その悲愴に塗れた姿からは、もはや戦意というものがまるで感じられなかった。
……勝負はついた。この戦争に勝利したのは、風国の陣営だ。
「ルージュ姉さま。あの『魔族』の彼が、今回の戦争の主犯と思われる存在なの!! 彼をここまで弱らせたわ! あとは拘束をして、『魔族』の動向を喋らせましょう!! 取り敢えず、まずは降伏の宣言を――」
「漆黒と鮮紅の魔獣に魅了されし白銀のシンデレラ!! まだ分からないのか!! 奴の、即刻の死刑が、この世に蔓延りし邪悪なる闇を屠る第一の引き金となるだろう!! 一秒でも活かすこの時は、神聖なる風の都に再度となる闇の翼を君臨させるトリガーに成りかねん!! 熱くも淡い恋焦がれし熱風の使いよ!! 今にも奴を屠るべきだ!!」
「ちょっと、スネイ君!!」
言い合いをするユノとダークスネイクと、その言い分から情報の整理を行い出すラ・テュリプ。
その間にも、エリアボス:天叢雲剣を囲い込む援軍の騎士達。構えた武器は、小型の銃から、高威力を期待できる長い銃口の大きな銃、更には機関銃といった、様々な銃火器の形を模した物と種類が豊富であったものだ。
様々な銃火器を構えて、それをエリアボスへと向けて厳重な警戒態勢をとっていく二連王国の騎士達。それら一連の動きは洗練されており、彼らの訓練や経験の背景が垣間見えた気がした。
……それらの様子を、少し離れた地点からただただ眺める主人公アレウス。
未だと、自身の情けなさに悲愴の感情で打ちひしがれていて。それは、確かにエリアボスを倒したと確信することができる展開を前にしていながらも。どうも、達成感が巡って来ない違和感に言い知れぬ緊張が心を支配する。
――達成感が巡って来ない? それに違和感が生じる? いや、違う。これは、達成感でも違和感でもなくて……確信に最も近き、嫌な予感だ。
ふと、脳裏に過ぎったそれに、全身の血の気が引く感覚が襲い掛かる。
そう言えば、エリアボス:天叢雲剣との戦闘が開始したその時にも、ナビゲーターの説明としてミントはそう言っていた。
――――こちらのエリアボス:天叢雲剣でございますが。まず、彼が今回の『魔族』に関する一連のイベントの、最後に立ち塞がる強敵であり。彼を打ち破りしその時にも、拠点エリア:風国におけるメインクエストがクリアとなります!! ……しかし、それについての懸念事項もお伝えいたします。今回のメインクエストにおけるエリアボス:天叢雲剣でございますが。……こちらの情報をスキャンしたところ、二重にも重なる特殊なフラグを検出いたしました。こちらは、この先にも二段階と用意されたステージを示唆するフラグであると見て取れるために。今回のエリアボスとの戦闘は、一度の戦闘で全ての収束とならず。その先にも、更なる戦闘が待ち構えている可能性も無きにしも非ず……! 故に、こちらの戦闘に関しましては、回復薬の温存といった、より慎重な立ち回りの心掛けが重要となることでしょう――――
次の瞬間。画面を揺るがす大爆発と同時にして、視界一面は、飛散する漆黒の飛沫で埋まり出した。
突然の出来事に、それの起きた方向を見遣っていくと。そこでは、邪悪なる漆黒に包まれたエリアボス:天叢雲剣がそこにあった……。
「ォォ……ォォォ……ォォォ、ォッ、ォォ、ォォォオオオオオオオオォォォッッッ!!!!」
おぞましき呻き声を上げながら。"自身"を中心に、広範囲に展開された邪悪なる能力の空間。
彼から溢れ出す漆黒の波動は、厳重な姿勢で警戒していた騎士達を吹き飛ばしており。その突然と曝け出した変貌に対応するべく、その場の全員が戦闘態勢となって彼へと武器や注目を向けていく。
邪悪の能力が、荒ぶる禍々しき渦を生成し。その中央に存在する"ヤツ"は、悲痛に塗れし悲愴を叫び上げて。全てにおける滅びを迎えた悲しみ。そんな虚しき感情さえを与えてくる天叢雲剣の叫びに、同情としても、緊張としても胸が締め付けられる。
次に、彼の背を食い破るかのよう、闇を纏って現れた漆黒の翼。武器を成し魔法を生成する『魔族』の邪悪なる能力がその背から生えてくると、それは疾風になびかれながらしばらくとして……複数と分割し、風国という地域のあらゆる箇所へと伸び始めたのだ――――
【~次回に続く~】




