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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
一章
22/368

メインクエストのクリア報告

「なんだと!? 一人であのドン・ワイルドバードを倒した!?」


 驚きで張り上げたアイ・コッヘンの大声。

 衝撃の報告を耳にしたアイ・コッヘンはその頭部のフライパンを驚愕のままに打ち鳴らし、宿屋の中には二つの音が反響するように交じり合う。


 のどかな村宿屋のリポウズ・インに帰還した俺。メインクエストであったワイルドバードの卵の納品と同時に、エリアボス:ドン・ワイルドバードの討伐を報告。瞬間に包まれた仰天の空気が、俺の成した成果が只事ではないことを雄弁に物語っていた。


「卵を見つけ出した上に、ドン・ワイルドバードを倒してくるとは。それも単独で。これはいや……いや、はぁ、やぁなんということだ。いやはや、とても信じられん」


 俺から受け取ったワイルドバードの卵を担ぎながら。

 頭部であるそのフライパンから汗を滴らせながら、アイ・コッヘンは俺が手に持つ戦利品を眺め遣る。

 

 ドン・ワイルドバードからドロップした胴の防具と、扇のジャンルに類別される武器。

 片手には、羽毛が一面に巡る黒のロングコート。ふわふわとした柔らかな羽毛で覆われた首回り。細く伸びる長袖と、柔らかな羽毛が取り付けられた袖ふち。ふくらはぎまでの丈に、腰辺りで四方に分かれたロングコート。首元から裾にまで伸びる赤と青のラインは、あの鮮やかな頭部の特徴と強靭な脚の筋肉を思わせる。


 もう片手には、黒と赤と青で構成された激しい色合いを放つ扇。明るめな色合いの木製である持ち手の部分は、あの強靭な脚の筋肉を思わせる屈強な線が。黒を趣とした扇にはあの赤と青の縦線が交互に走り、視覚に刺激を与えてくる激しい彩色が施されている。

 扇の先端とも呼べるであろうか扇沿には、砂利のような触感の柔らかな黒の羽毛が巡っている。


 どちらもドン・ワイルドバードを思わせる、猛進的で激しい色合いの戦利品。どうやらこの品々はドン・ワイルドバードのみがドロップするという、正真正銘ボスドロップ限定の珍品。

 

 ワイルドバードの卵というレアアイテムと共に現した俺の姿とその報告に。アイ・コッヘンは堪らず汗を流して驚き困惑する。その具合は、担いでいたワイルドバードの卵を落としかけながら腰を抜かしかけるという、傍から見たらなんともシュールな光景を繰り広げるというもの。


 ジーパンからハンカチを取り出し、フライパンに滲み出た汗を拭き取りながら再度こちらの戦利品を見遣ってくるアイ・コッヘン。


「いやぁ、何度見ても信じられん。これは偶然か奇跡か。はたまた運命というものなのか。アレウス君。アレウス君。いいかい、よく聞きたまえ。君はとんでもないことをしでかしたのだ。あぁそうだ。もちろん、これは良い意味合いの言葉。つまり最上級の褒め言葉として受け取ってくれて構わない。そう、君は我々の常識を覆すとんでもない成果を。君は未だかつてない快挙、いや、偉業を成し遂げたと言っても過言ではないことをしてくれちゃったというわけだ」


 もはや、メインクエストは空気に。


 礼を忘れてしまうほどの衝撃を受け、ワイルドバードの卵をゲームならではの異次元技でバッグへしまうアイ・コッヘン。

 その上ずった声からは感嘆。いや、もはや期待だろうか。未だ見たことのないものに対する感想を述べる際の、一種の感動で高ぶった高揚感を感じさせる。


「アレウス君。君を疑うつもりは毛頭無い。だが、それでもつい聞いてしまいたくなってしまうのだ。だから許せ。どうしても許してくれ。あぁアレウス君、君に尋ねたい。君、本当にあのワイルドバードを倒したのかい? それも、単独で」


 抑揚の無い、真剣そのものの様子で。

 真偽を確かめることに集中するアイ・コッヘン。その調子からは、どこか只事ならぬ空気を感じる。


「は、はい。あのドン・ワイルドバードであれば一人で倒しました。それでも、かなり苦戦はしましたけれど」


 そう言って、俺はあの時に繰り広げた決死の死闘の一連を説明していく。

 その時に起こした行動から、その時に感じた想いまで。

 死ぬかもしれない。そんな恐怖の中で見出した勇気と希望を胸に抱き。最終的に遂げた偉業とやらを成すまでの成り行きを一通り説明し終える。


 その時のアイ・コッヘンは、もはや俺の声以外の物音を完全に閉め切っていた様子。

 外部からの呼び掛けには無視を通り越した無反応。フライパンに滴る汗をそのままに、一連の流れを把握したアイ・コッヘンは深く息をつきながらコクコクと頷いていた。


「……全く。疑問ばかりが募ってしまうね。もちろん、これも良い意味合いでの疑問だ。いや全く。それにしても、本当に君は新米君なのかが疑わしくなってくるね。それどころか、何か特別な力を持った、所謂、伝説の勇者だかをも思わせる。ユノちゃんから聞いた話だと、君はガトー・オ・フロマージュの豊かな地のある一角で瀕死の状態で倒れていたらしいが。ふむ。今となっては、その話でさえも何か特別なものを感じてしまえるよ」


 このアイ・コッヘンの考察というか、勘というか。

 俺は主人公としてこの世界に降り立った身。序盤であるからか特別感はまるで無いものの、これでも一応俺は主人公としての存在である。

 その点を踏まえてみると、このアイ・コッヘンがめぐらせた思考はある意味で的を射ていると言うべきか。さすがは多くの新米冒険者を見てきた人物なだけある。


「今日という日に巡り会えた喜びに、ワタクシは心からの喜びを感じる。あぁいい。いいぞ、この感じ。とても良い流れだ。彼方から運命が流れ込んでくる運勢の変化を感じるよ。凶悪となったモンスターが増えていく一方で、これからの新米冒険者というものはみるみると育っていく。そんな予感を。こんな期待を予期させてくれたアレウス君には、もはや感謝をしてもし切れない! ハッハッハ。いやぁ参ったね。どうやら、これからも新米の冒険者を導いていくためには、ワタクシはより一層となる気合いを入れなければならないようだ」


 その独特な言い回しでも十分に伝わってくるアイ・コッヘンの歓喜。

 それも、ただの喜びではない。アイ・コッヘンの調子から伝わってきたのは、期待と希望と、ある一つの覚悟。


「あの。その、凶悪となったモンスターが増えていく一方って。一体どういうことなんですか?」


 アイ・コッヘンの調子に紛れた、ある一つの異なる方向性を持つ感情。

俺は、そのアイ・コッヘンの言葉が気掛かりとなったために、そのことについて尋ねてみたのだが――


「ん、あぁ。まぁ大丈夫さ。アレウス君、これは君が気にするほどのことではないからね。だから決して不安にならないでほしい。これはワタクシのミスだったね。ついつい昂った気持ちで良からぬことを口にしてしまったな。ハハハ」


 と、誤魔化しのフライパン鳴らしを交えて話題を終わらせる。


 物語の序盤ということもあり、俺はこの世界で平和的な日々を過ごしてきていた。

 だが、俺がこうしてこの世界に降り立った本来の目的というのが、魔王の打倒という王道なRPGゲームの道筋を辿る内容。つまり、少なからずこの世界では既に、俺の前に立ち塞がってくるであろう魔王がその活動に徹底している真っ最中なのだろう。


 メタな視点を持つ俺の知識で先程のセフリを考察してみると、今回のアイ・コッヘンのセリフはこれを予期させるための付箋とでも呼ぶべきものか。

 そして、この付箋はフラグというシステムへと姿を変えて俺の前に現れる。


 ……ということは、先程のアイ・コッヘンのセリフによって、この世界には新たなフラグが立ったと考えるべきなのか――


「――ウス君。アレウス君。おぉ気が付いたかい? やはりドン・ワイルドバードとの戦闘の疲れが溜まっているようだね」


「え。あぁ。あれ……?」


 思考にのめり込み過ぎていた。

 考えに没頭していた俺は、ふと我に返って辺りを見渡す。

 あれ、もしかして俺、無視というすごく失礼なことをしてしまっていた……?


「ふむ。せっかくだからとお誘いしたものの、さすがにこの疲労では無理をさせるわけにはいかないか」


「えっと、すんません。聞いてませんでした。その、もう一度お聞かせ願えませんか」


「あぁ、いいとも」


 そう言って、アイ・コッヘンは先程俺にしてくれたのであろう説明をもう一度繰り返す。

 同じことを説明するのも、割と大変なものだ。それを快くしてくれるアイ・コッヘンの心遣いに、その前にと俺は先に感謝の念を伝えておいてから話を聞き始める。


「いやぁね。今日はこの村で、ある行事を行うんだ。これは昔から行われてきた、云わば伝統とも呼べる行事でね。こう聞くとなんとも堅苦しいものに聞こえてしまうだろうけれども。まぁ、お祭りのようなものを想像してくれて構わない。そこでなんだが。アレウス君、君もよければこのお祭りに参加していくといいと思ったんだ。場所は酒場。時間は夕方から夜にかけて。入場制限は年齢のみで、アレウス君やミントちゃんであれば何の問題も無い。そういうわけだから、どうだい?」


 アイ・コッヘンからお祭りのお誘い。

 特にこれといった制限の無いお祭りという行事であるため、これは所謂、ちょっとした寄り道のイベントといったところか。


 このイベントもメインクエストに関わる重要なものなのか。そう思った俺は進行具合の確認のためにミントへ振り向く。

 俺の視線の先で、律儀に佇立していたミント。イベントの重要性を尋ねようとしたものの、俺の姿を映し出す彼女の真っ直ぐな期待の眼差しを目にして、俺は静かに確信した。


 あぁなるほど。自身からは主張しない少女の意図を察した俺は、それじゃあと参加を表明する。


「おぉそうかそうか。まぁくれぐれも無理は禁物だ。そして、こののどかな村主催の賑やかな行事を心行くままに楽しんでいくといい。いやぁそれにしても、アレウス君には本当に世話になってしまった。なんてったって、今日催されるお祭りで振舞う料理の一つに、今回の依頼品であるこのワイルドバードの卵を使用する料理があるのだよ。とは言っても、中々のレア度を誇る食材だから今回も無理だろうなぁと勝手に残念がっていたその矢先でのとんだサプライズだ! これはもう、ワタクシもアレウス君には負けていられないね。待っていなさいアレウス君。アレウス君が命辛々調達してきたこの食材で、ワタクシが絶品の卵料理をご馳走してあげよう!」


「ほんとですか! ありがとうございます!」


 一流のコックと呼ばれているアイ・コッヘンから、絶品な料理を振舞ってあげようだなんて言われてしまったら、それはもう喜ぶしかないだろう。

 これも、ドン・ワイルドバードとの死闘を掻い潜ってきた自分自身へのご褒美か。そんな溢れ出してくる期待を胸に、俺は上機嫌のままアイ・コッヘンと別れる。

 

 楽しみだ。今夜催されるというのどかな村のイベントに向けて、俺は同じく上機嫌な気分で鼻歌を歌っていたミントと共に、死闘の先に用意されていたご褒美に胸を躍らせながらその時を待つのであった――

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