メインシナリオの進行
「ありがとう! これはお礼だ。受け取ってくれ!」
アレウスは報酬金と経験値を手に入れた!
……と、画面内ではそうテロップが表示されているのだろうか。そんな想像を思い浮かべながら、俺はクエスト報酬を受け取る。
こののどかな村という拠点エリアに来てから、早くも数日という時が経過していた。
この世界での生活に慣れてきた俺は、ここ数日にかけてのどかな村エリアのサブクエストを消化している真っ最中。
その目的は、報酬金と経験値集め。もちろん、この村のお助け役になっているという、主人公としての実感も感じてはいる。が、やはり人間というものは金に動かされる汚い生き物。俺は主に稼ぎを目的として、このサブクエストをこなし続けていた。
「コボルトの退治を引き受けてくれるのか! いやぁ助かるよ!」
そのおかげもあってか、俺は以前よりもだいぶ成長していた。所謂、レベルアップというものだろう。
それの効果もあり、まだまだ序盤にも関わらずそれなりのレベルに達していた……に違いない。
「エネルギーソード!! エネルギーソード!! エネルギーソードォッ!!」
お遣いから退治まで。ゲームにある様々な種類のサブクエストを一つ残らず片付けていく俺。
ゲームの進め方にも人それぞれのペースがあるものだが、どうやら俺は用意された寄り道を全て制覇してから進めるじっくり派の人間なのかもしれない。
「もう倒してきたのかい!? あの集団を!! いやぁたまげた! これはしっかりとした礼をしなければな!」
続けてサブクエストをこなし、俺は報酬をしっかりと受け取る。なんて気前のいいおじさんなのだろうか。なんと、報酬の中に序盤では貴重な回復アイテム、ポーションを入れてくれていた。
「しかし、あんな集団のコボルトをよく一人で倒してきたね! だいぶ手を焼いたんじゃないか?」
「いえ、心配はご無用です。そんな大して苦戦はしませんでしたので」
残りHPがあとわずかの旅人が、なに大口を叩いているんだって話なのだけれども。
心配を掛けないためにもボロボロの身でありながら楽勝と言っておき、依頼人と別れた俺。さて、次はどのサブクエストをこなしていこうか。いや待て、そろそろ溜めに溜めたスキルポイントを割り振って、新しいスキルを習得したほうがいいかな――
「ご主人様。報告があります」
「うぉ! ビックリした」
満喫しているゲームライフに良い意味で頭を悩ませていた俺。そんな俺の脇から、前触れもなく急に顔を覗かせてきたミント。
すみません。すごく申し訳無さそうに謝るミントに俺は謝り返す。そして、それでその報告とは一体なんなのかという話題へとすぐさま移行させ、先程の気まずい雰囲気を迅速にかき消すことにした。
「はい。定められた一定のサブクエストをこなしたことにより、メインシナリオの進行へと続くメインクエストが解放されました」
所謂、キークエストとなるものをクリアしたからか。
メインシナリオを進めるために必要な条件を無意識にもクリアしたことによって、ようやく次の展開を迎えられる準備が整ったという報告。
つまり、またここからフラグが絡んでくる。この冒険を続けるにあたって一番重要なポイントが差し迫っているということだ。さて、さすがにここは慎重に行かなければならない場面だぞ……。
「あぁ。それで、そのメインシナリオはどこで進められる?」
「はい。まずシステム面から説明いたしますと、メインシナリオの進行にはメインクエストの受託とクリアが必須条件となっております。それで、このメインクエストというシステムの在り処についてなのですが……どうやら、こちらのメインクエストの依頼人は、こののどかな村宿屋:リポウズ・インのオーナーである、キュッヒェンシェフ・フォン・アイ・コッヘン・シュペツィアリテート及びアイ・コッヘン・シュペツィアリテートのようですね」
依頼人は宿屋のオーナー。確か、この世界における宿屋のオーナーという人物は、この物語に深く関わってくる重要人物という設定がなされているんだったっけな。
……とすると、いよいよフラグが乱立する一つのターニングポイントに到達したというわけだ。
「……よし、それじゃあ行こうか」
俺の行動と選択によって、この世界の命運が決まる。
今までに無い緊張感を抱きながら、俺はミントと共にゆっくりとした足取りで宿屋、リポウズ・インへと歩んでいった。
「おぉアレウス君。ちょうど良かった。今ちょっといいかな?」
宿屋へ入るなり、受付カウンターで自身の頭部……であるフライパンを布巾で拭っていたアイ・コッヘンが上機嫌に声を掛けてきた。
「いやぁあんね。最近ね、君のことでこの村の皆が噂をしているんだよ。なんてったって、どうやら君はこの村の皆が抱える困り事の解決に積極的な姿勢を示しているみたいじゃないか」
どこか胡散臭い調子の声を、フライパンを打ち鳴らした時のあの反響音に乗せて。高らかな金属音と共にアイ・コッヘンは俺のもとへと歩み寄り、上機嫌な気分のままに軽く肩を叩いてくる。
「この宿屋を長年営んできているから、今までにもワタクシは積極的な新米冒険者をこの目で見てきてはいるんだけどね。いやぁでも君はズバ抜けてすごいよ。まさか、村の皆がここまで君のことを頼りにするだなんてね。古くからこの村に住まうワタクシとしては、君のような存在がとても頼もしく思えて仕方が無いんだ」
喜びの表現なのだろうか。あのフライパンの反響音を木製の宿屋に響かせながら、高らかに笑い出すアイ・コッヘン。
この独特なコミュニケーション方法に、俺は思わず困惑を隠しきれなかった。いや、というか頭部がフライパンであるアイ・コッヘンという人物に未だ馴染めない。
何せ首の部分が、その巨体とはまるでアンバランスな、か細いフライパンのハンドルというものだったから。そのため、常にその首が取れやしないかという不安につい駆られてしまう。ゲームの世界である以上、これは余計なお世話なのかもしれないけれど。
「もちろん、君とパーティーを組んでいるユノちゃんも精一杯頑張っているよ。彼女も、とてもパワフルで優秀な冒険者だ。だから、ワタクシ達のどかな村の一同は今、ペアである君達に大いなる期待を寄せているのだ。あぁもちろんミントちゃん。君にも大いなる期待を寄せているよ。何せ、カワイイともっぱらの評判になっているからね」
アイ・コッヘンの言葉に、俺の斜め後ろで律儀に佇立していたミントは視線を逸らしながら頬を赤く染めて照れる。
こう見てみると、確かにあの日のユノの言う通りだった。というのも、ミントという名前を設定したその日から、彼女の人気が一気に上がったというものであったから。
今の俺が多くの依頼を受けられるのも、ミントという可愛い仲間を連れていることによる、よそ者に対する警戒心が薄れたからなのかもしれない。
ありがとう、ユノ。ありがとう、ミント。
そしてありがとう、最初に出会ったあの不気味な謎の人物さん。
「……んで。それで、だ。そんな旬を迎えている君らに、ぜひお願いしたい頼み事があるのだよ。現状では、君達とユノちゃんのペアにしか頼めそうにない、とても困難な依頼となってしまうのだが……それでもよかったら引き受けてみないかい? 無論、礼は弾んじゃうよ?」
来た。メインクエストとなる、宿屋のオーナーからの依頼。
ここから、俺の行動や返答によって物語の展開が大きく変化していくことになる。せっかく安定したゲームライフを満喫しているんだ。こんなところで選択を誤って、俺のせいで世界を滅ぼすなんて展開になどしたくない。
そんな世界平和を望む緊張感で、全身を駆け巡るように脈打ち出す心臓の鼓動。
この先の未来のためにも。この先のハッピーエンドのためにも。俺は今、物語の重要な局面へとその一歩を踏み出したのであった――




