システム:ナビゲーターの名前変更
「そうねぇ。おしとやかで、優しいオーラがあって、ご主人様に従順……。それでもって、汚れ無きピュアな乙女の姿だから……」
システム設定でナビゲーターの名前変更を選択した俺。
デフォルト名であるナビ子という名前から、より女の子らしい名前へと変更するべく。俺はユノという乙女心を持つ強力な助っ人と共に、ナビ子の女の子らしい新たな名前を考えていた。
「マカロン。マカロンちゃんとかどう?」
「マカロン……ですか?」
あのサクッふわっとした心地良い食感を持つ焼き上がりの、優しい甘さ広がる定番なお菓子。
おしとやかで優しい雰囲気を持つナビ子にぴったりな名前じゃないか。さすがは同じ乙女心を持つユノだ。
そう思い、俺はユノのセンスに頼り甲斐を見出したというものの――
「あとは~……タルト。クレープ。ショコラ――ティラミス。ティラミスとかどう!?」
「……ユノ。お菓子の名前ばかりじゃないか」
「ねっ、可愛いでしょ? 私だって、エクレールよ? エクレアよ? エクレアちゃんよ? ……まぁ、本心としては、お腹が減っちゃって食べ物のことばかり考えちゃうだけなんだけれどね。ちょっとスイーツ頼んでいい?」
ただ単に、小腹が空いているが故の発想であった。
すみませーんと店員へ声を掛けてオーダーを済ませるユノ。先程届いたサイダーをストローで口に含み、口いっぱいに広がる炭酸を味覚で楽しむ彼女。
頬に手をあてがって甘味を堪能しているユノを尻目に、俺は先程の候補をナビ子に直接尋ねてみることにしてみた。
「いろいろな候補が挙がっていたが、何か気に入ったものはあったか?」
「気に入ったもの……ですか。ワタシの名とは言え、ワタシはご主人様専属のナビゲーターという立場に配属された従順の身。である以上、あらゆるシステムの決定権は全てご主人様に委ねられております。ので、ワタシにはお構いなく」
控えめというか、従順過ぎるというか。
彼女はナビゲーターとしては申し分無い能力を持っているのだろうし、自身に定められた役割をきちんと遂行する有能な人材であることはまず間違いない。
けれど、このままでは都合の良いただの人形にしか見えてこなくて、なんだか可哀相になってきてしまう。もっと自己を主張していいのに。
そんな彼女の真面目な性格が故の謙虚過ぎるその姿勢に、俺は勝手に頭を抱えていた。
そんな場の空気の中で、想定よりも早く届いたユノのスイーツ。
お洒落な白の皿に乗せられた、クリームたっぷりのショートケーキ。スポンジという程よい黄の彩色が視覚を通して味覚を刺激し、そのクリームの上に乗せられたアクセントであるイチゴがショートケーキという存在感をより一層と引き立てている。
「わぁ美味しそう! 私、甘い物には目がないのよね~! ほら。はい、あ~ん」
「ワ、ワタシにですか?」
フォークに乗せられた、一口分のショートケーキ。
ユノは自身の甘党を主張しながらも、真っ先にナビ子への味見を優先して大好物を彼女へと差し出す。その行動には迷いが見えなかった。
「ご主人様に従順なのは良いことだと思うけれど、あまり肩に力を入れ過ぎないでね。じゃないと、疲れちゃうから。だからこういう時こそ、甘い物を食べてリラックスしていきましょ? ほ~ら。はい、あーん」
「あ。あー……ん」
ユノの説得に応じ、ナビ子が小さな口を広げる。
目を瞑りながら開かれたその口に、ユノが優しくショートケーキを食べさせる。口の中でとろけるクリームと柔らかなスポンジの歯応えに。控えめな態度を重視していたあのナビ子さえも、その甘美には堪らず笑顔を浮かべた。
「ありがとな、ユノ」
ナビ子を理解し支えてくれたユノに礼を伝える。そんな俺にウインクで答えるユノ。
肩の力が解れたナビ子の様子を確認し一息を入れたユノが、それではと自身のオーダーしたショートケーキに視線を移したその時であった。
「……あら。可愛らしいわね」
声を漏らしたユノ。
その視線の先にあったもの。それは、ショートケーキに乗っかかるイチゴの隣に添えられた、一枚のミントの葉。
ミント。ミント。小声で何度も呟くユノ。そして何かを閃いた表情を浮かべながら、ユノは咄嗟に顔を上げて俺へと視線を向けた。
「ねぇアレウス! ミントちゃん! ミントっていう名前はどう!?」
「ミント?」
あの冷涼感を与えてくる、独特な風味のハーブ。
一見するとナビ子との関連性が見えてこなかった。しかし彼女の、爽やかな外見とその真面目な性格。機械的でミステリアスな雰囲気に冷涼感のある存在感……なるほど、彼女には打って付けの名前かもしれない。
そして、そんなミントという言葉を耳にしたナビ子も、この提案に耳を傾けたらしく――
「……ミント」
高揚感を抑えつつも、どこか気になるという様子。
真面目で従順な子ではあるのだが、彼女はなんともわかりやすい性格をしていた。彼女、どうやら思ったことが表情や態度に表れる性格をしているみたいだ。
答えは出た。さぁ、あとは主人公でありご主人様でもあるこの俺が、画面前に出現した選択肢に決定のボタンを押すだけ。
「いいんじゃないか? ミント。とてもナビ子らしい名前だと俺は思うよ」
俺の答えに、ナビ子は敏感に反応する。
待ってました。彼女の表情には、言葉を凌ぐ豊かな表現力が存在していた。
「ご、ご主人様がそうおっしゃられるのであれば。こ、このナビ子、ミントという名前へ改名してもよろしいかもしれませんね」
と、否定気味な遠慮をしながらも内心ではとても喜んでいる様子。
彼女、どうやらミントという名が相当気に入ったみたいだ。
「それじゃあ決まりだな。これからはミントという名前でいこう」
はい。控えめながらも喜びに満ち溢れたその返答に、俺もユノも笑みを浮かべて頷く。
一件落着。そんな安堵に俺が一息をついたところで、ユノは何かを思い出したかのようにあっと息を飲んだ。
「あっ、待って。まだミントの後に続く名前を決めてないわ」
アレウス・ブレイヴァリー。ユノ・エクレール。
あぁそうか。この世界では、ミントの後に続く名前も決めなければならない……というシステムがいつの間にか出来上がっていたらしい。
ミントの後に続く名前。一体どういった名前が似合うのだろうか。そう俺が頭を悩ませていたところで――
「ミント、ミント。ミント……ミント・ティー!」
「お茶!?」
ユノの閃きが炸裂。まさかのお茶という形で一つの名前が出来上がり……。
「ミント・ティー……可愛い名前ですね」
ナビ子――改め、ミントはとても気に入った様子であった。まぁ、本人が気に入ったのであれば何の問題も無いか。
「それじゃあミント・ティーで決まりだな」
「は、はいっ! では、システム:ナビゲーターの名前変更の情報を更新します――更新、完了。では、これからはミント・ティーと名乗らせていただきますねっ! 改めて、よろしくお願いします!」
控えめながらも元気ハツラツとしたその姿。そんな彼女の姿は正に、ミント・ティーの如くホットな冷涼感に溢れた爽やかさを体現しているように見えた。
改名を終えたミント・ティーと歩む冒険が。ミント・ティーという感情豊かなナビゲーターと共に過ごす新たな生活が今、始まる――
「……ねぇアレウス。ところで、ミントちゃんが言っていた『なびげーたー』や『でふぉると名』って、一体なんなの?」
「あぁー……まぁ気にするな。この世界の常識では測れない暗号のようなものだから」




