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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

危機俺シリーズ

危機的状況で示される人間性が最悪だった俺の、その後。

作者: 一集




よくある話。使い古されたテーマ。ベタな展開。

これはそういう話。



世界が一変したのはほんの数日前。

子供が公園で遊び、ダルそうに学生が通学する光景も、欠伸を噛み殺しながら通勤する社会人の姿も、――今はない。


変わりにあるのは阿鼻叫喚。

いや、それすらももう過ぎて、今は凄惨な光景が広がるばかり。


そこらかしこに人間の生命を支えていたはずの血が飛び散っている。

見ればわかる、致死量の出血。

乾いて黒く変色したそれらが壁を、道路を、家々を、木々を、所かまわず彩っていた。


だが人の姿はない。

警察もなく、いつまでたっても清掃もされない。


変わりに歩く死体がいるだけ。

こういえばわかりやすいだろうか。


――ゾンビ、と。


いったい何が起きたのか、把握している人間などいないだろう。

突如奇妙なニュースが飛び込んできて、驚くべき速さで惨劇は全国に広がっていった。


一日目、暴動の報が駆け巡り。

二日目、ニュースは、奇妙な行動を取る人間の姿を映し出した。


三日目、未知の病気により脳に異常を来たし、錯乱した人間が暴れているのでは、と不確実な情報を伝え。

四日目、日本の感染拡大はもはや食い止めようがないと報じ、同時に国としての機能麻痺を告げた。


五日目、それが世界規模で起きていることを伝え。

六日目、ニュースは沈黙した。


七日目、生きている人間はもう貴重だ。


そしてとある学校でも同じように悲劇は起きた。

けれど、幸運にも生き抜いた少年少女がいる。


自分たちのように、偶然に助けられ生き延びている人間も多いはずだと希望を胸に、彼らは必死に生き足掻く。


学校でも美男美女と名高かった生徒会役員カップルと、学年一の秀才と、学校一の問題児と、典型的なオタクと、クラスに一人はいる無駄にリーダーシップを取りたがる熱血少年、それから地味な鈍くさい女が一人。


誰もがピンとくるだろう。

この物語の主人公は美男美女カップル。


秀才と問題児は二者択一、邪魔者にもなり、協力者にもなる。

今回の場合は仲間だ。

鋭く的確な指摘をする秀才と、なぜか身体能力が高すぎる不良。

外せない戦力になった。


オタクにももちろん役割がある。

その偏った知識と、他人とは違ったエネルギー源で袋小路を打開する。

時には強ばった雰囲気を崩してもくれる。


地味な女はきっと覚醒要員。

オドオドしたただのお荷物が、環境に適応し思わぬ力を発揮する。

物語を盛り上げるには不可欠な人物だ。


ならば不要なのは誰か。

リーダーシップでは主人公に及ばず、身体能力では不良に劣り、自慢にするほどの頭脳も、役に立つ知識もなく、彼らに対抗して無駄に異を唱える少年。


彼に与えられた役割はもう、一つしかない。


「もう終わりだ! 俺たちは死ぬんだ!」


絶望ばかりを喚き。


「いやだ、死にたくない!」


怯え、慄き。


「そうだ、生きるんだ。俺は何としてでも……!」


心を壊し。


「どけ! そこをどけよっ!! 何が悪い、逃げて何が悪いってんだ! 心中はごめんだ! お前たちはそこで仲良しごっこでもしてろッ!」


押しのけ、突き飛ばし、転ぶ仲間に群がる敵の姿にも、逃げやすくなったと嬉しく思うばかり。


けれど、味方を見捨てた男に天の審判は下る。


「待って、そっちはダメよ!!」

「――え?」


そうして呆気なく少年は倒れた。


頬に触れる学校の廊下は冷たい。

その向こうで致命傷を負った仲間の姿に悲鳴を上げる彼らがいる。


「ネットの情報は正しかったんだ、レベル2だ!! やっぱりゾンビたちは進化してる!」

「やばいぞ、挟まれた!」

「気を付けて! ノロマなレベル1とは別物よ!」


……なんだよ、レベル2って。

そんなやつがいるなら先に教えろってんだ。


そうしたらこんな無茶なことはしなかったかもしれないのに。


少年は心の中で文句を垂れた。


最後に見た光景は、初めて遭遇した新種のゾンビを乗り越えて、仲間の屍を残して去っていった彼らの背中。


まぶしい、――と思った。






そうして閉じた目を、無理やり開ける。


「……あ゛~、夢見が悪すぎる。神の試練か?」


いつもの夢。

それはもう、毎日のように見る夢だ。


いわゆるトラウマというヤツだろう。

あんな強烈な体験をすれば心に傷の一つでも追うのが普通で、俺は当然ごく普通の一般人。


察するのは簡単だと思うけど、夢の中の根性の曲がった少年は正しく自分。

では、どうやってあの状況から生き残ったのかと思うかもしれないが、「彼」はきっちりばっちりご臨終召された。


そう、俺は転生した。

おぎゃあ!と元気いっぱいに生まれ直したわけだ。


だが、何の因果か生まれた場所は地球とは似ても似つかぬファンタジー世界。

魔物なる生き物がいて魔法もある、……たぶん。魔法、見たことないけど。


さて、生まれたばかりのまっさらな俺は至極当然に、世界はそういうものなのだと受け入れた。


なぜ転生先が地球ではなかったのかという疑問は、前世を思い出した折、あの終焉の地球で赤ん坊(新しい命)が生まれるわけがないよな、と妙に納得した覚えがある。


そんでもって、前世なんていう因果なものに縛られていなかった新生俺は、最初は天真爛漫な、どこにでもいる阿呆な餓鬼だった。

だが両親が魔物に目の前で殺されるという、幼い少年にはキツ過ぎる体験のせいで思い出した。

……思い出してしまった。


トラウマにトラウマの重ねがけだ。


しかも! 数多の子供たちと同様に英雄に憧れる無邪気な少年だった俺が、自分の真実の姿を見せつけられて落ち込まない訳がない。

英雄なんて憧れる資格もないくらいの所業をしていたんだから、そりゃ、少しくらい暗くもなる。


あの夢も、……いまだによく見る。

もう諦めていた。

たぶん仲間を見捨てた、前世の所業に対する罰なのだろう。


あれは少しお仕置きが必要だと思われるくらいの死に際だったと、自分でも思う。


ちなみに前世の夢を見ない日は、両親が死ぬ夢を見るという、どっちにしてもトラウマループ。

おかげで俺は万年寝不足だ。


しかも育ててくれる両親を失い、満足に食を得られなかったせいで成長期の体は縦にのみ伸びた。


血色の悪い、ひょろひょろなノッポが今の俺の姿。

我ながら頼りない。

サバイバルな世界で育っているのに、前世よりよっぽど貧弱に見える。


いや、これでも不満はないんだぞ?

貧しい田舎の村で、両親のいない俺を見捨てなかった村人たちには感謝してる。

もちろん俺も村に貢献しようと同年代の子供たちが遊びまわっている時に畑を耕し、収穫や加工の手伝いをして、村に必要な人材だと必死にアピールした。


子供ながら働き手としてに数えられるようになるまで、飢饉にみまわれなかったのは幸運以外の何者でもないが、もしかしたら幼い一人息子を残していく羽目になった両親の心残り、もとい加護かもな。


さて、前世での分岐点は立派に踏み間違えた。

今世の分岐点は、まだ育ちきっていない子供の折に訪れた。


俺が両親を失い、前世を思い出し、心の整理も満足にできないまま、寝不足と栄養不足に陥り、踏んだり蹴ったりで心折れかけていた時の事。

俺が自分を取り戻し、立ち直るきっかけになった事件でもある。


――それこそが今回の物語。


俺を含めた子供たちは、ごく浅い森の周辺で遊ぶことを許されていた。

歩く、走る、が満足にできるようになると解禁される遊び場所。


それだって子供たちは見つけた木の実をポケットに入れることを忘れない。

自分たちの貴重なおやつになるのだから当然といわれればそれまでだけど、地球育ちの記憶がある俺は、ここの子供たちは逞しいな、なんて思いながらのん気な引率気分だった。


俺たちの年代でリーダー格の少年は俺よりずっと恵まれた体格をしている。

ひょろ長い俺と違って、ちゃんと子供らしく柔らかそうな肉がついていた。

それはいつかしなやかな筋肉に変わり、村一番の戦力になること、想像に難くない。


実際、大人たちの期待は大きく、しかも両親が揃って冒険者だったというバリバリのエリート。

将来性抜群の人材だ。


次に目立つのは村長の孫娘だろうか。

今も走り回るチビっ子たちを右往左往しながらも面倒を見ている。

大人しいが頭がよく、将来は件の少年と共に村を代表する人物になる予定だ。


ちなみに、大人たちはこの二人をくっつけようと幼い頃から何かと二人で居させるようにしている。

自然彼らの距離は近く、互いに特別な幼馴染程度には思っているようだ。


え、俺?

俺も昔は大人の意図などものともせずに彼らと幼馴染の一角を担っていたが、今となってはその立場から退いて久しい。


突然口数も少なくなり、物思いに耽るようになった俺といても、あいつらも面白くなかったのだろう。

こちらから離れずとも、向こうが勝手に距離を置いてくれた。


そうして俺は誰とも特別に仲良くない、前世の知識のせいで妙に賢しい、働き者な変わり者となったわけだ。


その日は時期としては端境期に当たり、いつもなら雑用で大人にアピールしている俺も仕事にあぶれ、子供たちの遊び場に珍しく足を運んでいた。


最初から少し天気があやしく、早めに帰れと言われていた俺たちは大人たちの言葉の正しさを身をもって知ることになる。

俺ですら雨程度と甘く見ていたのだから救えない。


そんなわけで俺たちは突如降ってきた雨に追いやられて、全員が雨をしのげる場所を探しさ迷い、森の中の大木に身を寄せた。


右往左往しているうちに大人たちの言う「森の浅い場所」から奥へ踏み込んでしまっていることにも気付いていたけど、村の方向を見失ってはいなかった。――という油断もあった。


でも、雨に濡れた服が歯の根がかみ合わない程の寒さをもたらすとは思わなかったし、森の影がこんなに恐ろしいものだとも思わなかった。


楽観視していられたのは最初だけ。

雨はなかなか止まず、ついに日が落ち始めた頃。

俺たちは大人の迎えを諦め、自力で帰還することを決めた。


年長者が年少の手を引き、冷たい雨に降られ、かじかむ手足を必死に動かしていた時。

ふと気づくと容赦なく叩き付けていた音が止んでいた。


俺たちは雨が止んだことにひどく喜んだ。

馬鹿なことだ。


『日暮れ時、雨上がり』とは注意しなければならない状況を指す。


『女と子供』とは彼らの好きなものを指す。


何の、といわれれば当然、魔物。


「ゴブリン!?」


ゲームでは雑魚の代名詞。

そいつらは前世の俺が知っているとおりの外見をしている。


子供ほどの背丈と、いやに大きな頭。

緑色の肌と原始的な武器。


村の大人たちは数人掛りで彼らを害虫か何かのように駆除する。

力任せに叩き潰すのだ。


放っておくとあっという間に繁殖して、家畜を襲われる。

赤ん坊は特に好物で、幼児行方不明の原因は間引き、人攫いの上を行く。

さらに、雑食ゆえに畑まで荒らしていく厄介極まりない、けれど身近な魔物がゴブリンだ。


一匹見たら十匹居ると思え、なんて言われているのを聞いて、どこのGかと心の中で突っ込んだことがあるが、窮鼠猫を噛むこともしばしばで、集団で駆除に当たっても時には怪我人が出る。


何が言いたいか、というと、ゴブリンは子供たちにとって十分に脅威の値する魔物だ、ということ。


ましてそのときの俺たちは雨に濡れ、体力を失い、俺たちより幼い子供の手を引いていた。


ゴブリンはつい叫んだ俺たちの声に当然気づいてしまう。

気付かれる前に逃げるという選択肢を、遭遇の驚きで迂闊に消してしまった。


緑の小人は怪鳥のような鳴き声を上げた。

幼い子らが怯えた様に縮こまる。


――仲間を呼んでいるのだ。


すぐにぞろぞろと集まってくるゴブリンはみな武器を手に、俺たちを爛々と見ている。

明らかに、獲物を狩る意志を宿した目。


「……コレだけは違うかな」


俺はなんとなく前世を思い出した。

ゾンビどもには殺害の意志はなかった。

ただ食欲に対する欲求だけ。


――ああ、でもレベル2は違ったか?


アレが俺の腹を突き破った時に合った、あの濁った目。

確かにあの時、俺は獲物だった。


現実逃避とも取れる回想が巡って、ふと思う。

随分と状況が似ている。


そう、ここで逃げ出したらまるで前世を刷り直したようではないか、と。

思わず眉を顰めた。


「みんな、気をつけろ!」


ばっと一番前で庇う様に手を広げた少年は例の、幼馴染。

やはりあいつは主人公になる人間だ。


こんな幼い体で、初めて対峙するモンスター相手に、他人を守ろうという気概を持てる。

なかなかできることじゃない。

高校生だった俺ですらできなかった。


――そんでもって二度目の俺にもできそうにない。


怖いものは怖い。

俺は生粋の臆病者だったらしい。


勝手に手足が震え出し、指を握ったチビが不安げに俺を見上げてくる。

それでもあいつのように励ましの言葉なんて一つも出てきやしない。


ただ、一つだけ彼に言いたいことがある。


一体何に気をつければいいんだ?


目の前のゴブリンか?

気をつけない訳がない。


ゴブリンの攻撃か?

気をつけられるわけがない。


臆病者を安心させるための言葉はそんなものじゃ足りないのだ。


「…う、ううう、……うわああッ!」


案の定、誰かが耐え切れず声を上げた。

連鎖するように悲鳴が上がり、パニック状態は広がっていく。


「たすけて、おかあさん!」

「こわいよぅ!」

「いやああ―――!」


年少組より先に逃げ出したのは同年代の子供たちだった。

あ、こら!と一瞬思ったけど。


……そら、仕方ない。

と思い直す。


怖いものは怖い。

仲間たちを突き飛ばして行かなかっただけ俺よりマシだ。


「待て! まとまって戦うんだ! そうすれば、」

「ダメよ、無暗に逃げても!」


幾分か冷静な制止の声は恐怖に駆られた者の耳に届きやしない。


つなぐ者の居なくなった手を振り回し、つられた様に年少組も三々五々に散っていく。

俺の手の先も、振り切られて空っぽになった。


モンスターに囲まれて、雨に濡れた体で、混乱のまま道も定めず走り出す。

俺にだってわかる。

それは死にに行くための道程だ。


残ったのは腰が抜けて動けない者と、皆を庇うように前に立った少年と、村長の孫娘と、幾人かの勇気か冷静さがある子供たち。

それから、俺。


「み、みんなが! どうしよう!」


村長の孫娘が少年に叫ぶ。


「くそ! 今あいつらに背を向けたらすぐにでも襲ってくるぞ!」

「そうだけどっ!」

「今はこの状況を切り抜けることを考えよう!」

「そうよ、みんなで生き抜いて、それから探しにいきましょう」


そうは言っても、何匹かのゴブリンはこれ幸いと自分の獲物を確保しようと意気揚々と駆け出している。


気の強そうな女子と、頭のよさそうな少年と共に、武器の一つもなく俺の立派な幼馴染は身構えた。


十中八九勝てないだろう。

なぶり殺しだ。

俺が参加したら勝てるか?

結果は同じだろう。


でも、少し思う。

彼らなら勝てるんじゃないかと。


前世で言う、俺が見捨てた仲間たちのように。

彼らは特別な気がするんだ。


最後に見た光景がフラッシュバックする。

屍を越え、外へと走る背中。


同じように、何だかんだと、乗り越えてくれるのではないだろうか。


なら、俺がここにいる必要はどこにある?


彼らは彼らの道を行く。

自分の道を作り、自分で決め、自分で歩く力がある。


死ぬも生きるも、彼らの力。


俺の価値なんてそこには一つもない。


居ても勝てない。

居なくても勝てる。


なら、ここに居ても変わらない。


――行こう。


好きに生きよう。

好きに死のう。


行こう、俺の価値がある場所へ。


俺は踵を返す。


「おい、どこに行くんだ! イサークッ!」

「待って、戻って! お願い、今は一人でも多くの力が必要なのよ!」

「なにやってんのよ、逃げる気!? この臆病者っ!」

「行かせてやりましょう。ああいう輩はここに居ても足を引っ張るだけです」

「でも、イサークはそんな人じゃ! ねえ、ちがうわよね、イサーク!」


だって、お前たちは生き残るかもしれない。


「イサーク、返事してよ! 行かないでっ!」


でも、あいつらはきっと死ぬ。

俺みたいにみじめに寂しく、自分の愚かさを呪うだろう。


「イサークッ!」

「く、来るぞ!」


呼び止める声も、言い争う声も、襲い来るゴブリンの雄たけびも、命をかけたこの場では軽すぎる。


始まった戦場を背に、息を切らして走った。

こんなに頑張ったことはないと思うくらいに全力で。


――いたッ!


同年代の少年が木の根元で座り込んで震えている。


その木の向こうからゴブリンが顔を出して見つけたと笑った。

少年は恐慌を来たし、声すら出ない。


俺は走る勢いのまま、棍棒を振り上げたゴブリンのがら空きの胴に飛び蹴りをかましてやった。


てか、

……勢いって大事よな?


ゴブリンは見事にすっ飛んでいった。

間髪いれず落ちていた枝を拾い、地面でのた打ち回っているゴブリンに馬乗りになって目を狙い突き刺す。

でも浅い。


ぽきりと折れた枝はそのままに、手探りで掴んだものをもう片方の目に振り下ろす。

眼球に留まらず脳に達するまで、押し込み続ける力を緩めない。

やがて暴れていたゴブリンはくたりと力を抜いた。


俺はやっと馬乗りになっていたゾンビからずるずると退く。

つ、疲れた!

手がぷるぷるしてんだけど。


それにしてもグロイ死体が出来上がったもんだ。

ちらとゴブリンをみると目から二本の枝が生えている。

我ながら芸術的(ドン引き)


い、いや、ゾンビがね?

こんな倒し方だったんだよ、ほんとだよ。


それにしても、ゴブリン、いや魔物ってのは優しい生き物だ。

俺はゴブリンが暴れて打撲や引っかき傷だらけになった腕を見る。


バイ菌は怖いけど、これだけで致死率100%のウイルスに感染したりはしない。

人間からゴブリンに強制クラスチェンジしたりもしない。


う~ん、ゾンビ最強。

しみじみと比べていたら後ろからか細い声がした。


「イ、イサーク…」

「無事でよかった」


俺は万が一の追撃の為に握っていた枝を捨て、手を差し出す。


ぐずぐずしていると他のゴブリンが駆けつけてくる。

意図を察した彼は俺の手を取った。


彼は少しだけ驚いた顔を見せた。

俺の手が情けなく震えていたからだろう。


だって、怖いものは怖い。

仕方がないだろう?


「…あり、がとう。ありがとう、イサーク!」


震えの止まらない腕にしがみついて、彼もまた震える声で言った。

けど、涙を流してるトコ悪いんだが。


「まだ全然助かってないからな?」


礼は受け取れない。

危険はまだそこら中に転がってる。


大体、俺は助けにきたのではない。

今のはただの偶然という。


「さ、他の連中も探しに行こう」

「な、なんで!? はやく逃げようよ、今なら逃げられるかもしれない」


はたと気付く。

確かにそうかもしれない。


俺は彼の手を離した。

彼も俺の行動に不思議そうな顔をする。


「行っていいよ」


助かるならそれに越したことはないのだし。

まあ、死ぬかもしれないけど、自分で選んだのならそれでいい。


「え、だって、イサークは?」

「俺? だから他の奴を探しに行くって、」


言ったはずだけどな?


「なんで?」


なんで?


「だって、そうして欲しいだろう?」


俺がそうだったように。

お前はそうじゃなかったの?


俺は首を傾げる。


臆病者と呼ばれて、卑怯者と叫ばれても、怖いから逃げるのだ。

死にたくないから逃げるのだ。

たすけて欲しいと願い、助けは来ないと絶望して。

それでもヒーローがどこかにいるんじゃないかと思っていた。


少なくとも俺は、思ってた。


愚かな自分でも、探して、助けて、庇って欲しかった。

せめて、そうしようとしてくれる人がいたなら、救われたと思うのだ。


残念なことにヒーローはいない。

助けは来ない。

俺もやっぱりヒーローにはなれない。

けど。


「一人で死ぬのは嫌だろう?」


臆病な俺でも、臆病な誰かの傍にいることくらいはできると思う。


ぽかんと俺を見ていた少年は、少しの沈黙の後、もう一度俺の手を握りなおした。


ん、どうした?

逃げないの?


「僕も行くよ。一緒に探す」


はて。

逃げて、一人でも助かってくれた方が、俺は嬉しいんだけどな。


「きっと僕と同じように心細いだろうから、探してあげなくちゃ」


そう言われると言葉がない。


間に合っても、間に合わなくても、そうすることに価値がある。

そうしてくれる人がいることに意味がある。


そうして俺たちは臆病者探しに奔走した。

意外だったのは、単体ゴブリンは不意をつけばそれなりに戦えてしまったことだろうか。

もちろんこちらの決死の覚悟を持ってこその戦果であって、余裕をかますようなカッコいい人間にはどうしたってなれない。


まあ、俺はきっとそれでいいんだろう。

俺は前世からずっと臆病者なんだから。


「大丈夫? 無事? 生きてる? 間に合った?」


ガタガタと歯の根が嚙み合わない彼らに、響く言葉がわからず取りあえず語り掛ける。


そうして顔を上げて俺たちの姿を認めると、誰もが喜色を浮かべて縋り付く。

怖かったと泣いて、まだ助かったわけじゃないと繰り返しても聞く耳を持ってくれない。


「探してくれてありがとう」

「来てくれてありがとう」

「見捨てないでくれてありがとう」

「忘れないでくれてありがとう」


自分は誰も省みず、勝手に逃げ出したのに。

追いかけてきてくれて、ありがとう。

同じだけ怖いのに、手を差し伸べてくれてありがとう、と。


俺は少し考えて答える。


「死ぬなら一緒がいいかと思って」


心からの言葉だ。

誓って欠片の嘘もない。


けれど、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてから彼らは笑った。


そうして一人二人増えていくと、単体ゴブリンも何とか数で圧することが出来るようになる。


おかしいな。

みんなで死のうと思ってたのに。

そうすりゃ誰も寂しくないと思ったのに。

全員ハッピー大団円を目指したのに。


なんだか予想外に生き残りそうだ。


残念ながら全員無事にとはいかなかったけど、助けられなかった彼らも今わの際には間に合った。

目から流れる最後の涙が、絶望ではなかったと信じたい。


集団ゴブリンを避け、慎重に歩きながら、俺たちは互いに強く手を繋ぎ村へと帰った。


死ぬ覚悟だったけど。

でも、辛うじて繋がった命の糸はわざわざ切る必要はない。


村では捜索隊が今にも森に突入していこうとしていて、その傍には疲労困憊のあいつらがいる。

ああ、やっぱり生き残ったんだなと少し嬉しく思った。


「お前たち、無事だったのか!!」


村人たちが駆けよって、子供たちは両親に抱き留められた。

俺にはいないけど。

まあ、前世の罰だな、仕方がない。


代わりに。


「イサーク! お前、なんであの時逃げたんだッ!!」


幼馴染が顔をくしゃくしゃにしながら俺に掴みかかってきた。

襟を掴まれて首が絞まる。


く、くるしい。ギブギブ!

これって、タップしたら意図は伝わるんだろうか。


「お前がいればドナは無事だったかもしれないのに! なんで!? 臆病者め! 恥を知れッ!!」

「アラン! ドナはまだ死んだわけじゃない、不吉なこと言わないでっ!」


どうやら全員無事だった、というわけではないらしい。

アランを宥めていたユリアだけど、最後に俺を睨み付けて言った。


「許したわけじゃないから、この卑怯者!」


う~ん。

……まあ、事実だな。


彼ら以外の強い目線に振り返れば、見覚えがある顔。

生死の境をさ迷っているらしいドナの両親だ。


この村はこれから俺にとって、とても過ごしにくくなるかもしれない。

自業自得だから仕方がないのだけども。


「イサークお兄ちゃんをわるく言わないで!」


と、思っていたらチビが両親の腕の中から抜け出て、いつの間にか俺の前で腕を広げていた。

おや、と思っている内に俺を庇う人数が増えていく。


臆病者仲間の面々だ。


お?

同じ臆病者同士の連帯感か、はたまた自分を責められているように感じたか。


パニクってたお前たちと、わりに冷静に、自分の意志で彼らから離れた俺とでは状況が違う。

アランたちから見ても、俺から見ても、あれは見捨てるという行為に他ならないから、罵る権利はあると思うんだよね。

残念ながら、後悔はないけど。


「リン、離れて! そいつは命惜しさに私たちを見捨てた最低なやつよ!」

「そんなやつを庇うつもりか、シャル!?」


ぎゃんぎゃんと吠える声はおおむね正しい。

多分生き残ってしまったのが俺の敗因だろう。


アランたちとにらみ合いを続けていた臆病者仲間の肩を後ろから叩く。

驚いて振り向いた仲間にいいんだと首を振った。

彼らの怒りはもっともで、甘んじて受け入れるのが俺の義務だろう。


俺の意志が固いとみると、シャルと呼ばれた同年代の少年は決意を宿した目で俺を見た。


「……わかった。でも、いつまでも君を臆病者と呼ばせるわけにはいかない」


え。いや、俺生粋の臆病者だからな?

むしろ臆病者の称号を取り上げられたら何になるんだろうか。


「強くならなくちゃ。君に負けないくらい」


シャルはそう呟いた。

どうやら彼は俺と違って臆病者の殻を破ろうとしているらしい。

良いことだな。

でも俺を比較に持ってくるのはオススメしないよ。


「誰も君を馬鹿にできないくらい、強くなってみせるから」


……話の雲行きが怪しい。

あ~もしもし、シャルさん?

なんでそこで俺が出てくるの?


「だってイサークは、僕のヒーロー(英雄)なんだから!」


わあっと歓声を上げて、ぼくもあたしもと増えて群がってくる子供たちに、本物の英雄が後ろで顔面蒼白になっている。


ちょ、お前ら、俺たちが助かったのって、あいつらが集団ゴブリンとやり合ってくれてたおかげだからね!?

本質を見失うなよ!


って、臆病者は物事の本質を見間違う故に臆病者なんだっけか。

あ、てことは軌道修正無理?


あの~、英雄様の元々睨んでいた目に新しく光が宿った気がするけど、それ大丈夫なヤツですかね?


いやいやきっとお前は万を救う英雄になるよ!

俺なんか足元にも及ばない、立派な人間だ。


ほーら、俺、敵じゃないよー。

名声を奪ったりしないよ~。


諸手を上げて全面降伏の意を伝えてみたが、燃えるような視線が返ってきただけだ。


……俺の敗因はやっぱり生き残ってしまったせいだと思うんだが、どうだろう?


厄介な因縁を作ってしまった気がして、俺は遠い空に目を向ける。

シャルの言葉に少しの既視感を覚えながら。


はて、いつだったかな。

英雄(ヒーロー)」なんて、俺を指すのに最も遠い、そんなけったいな台詞を聞いたのは?






力なく横たわった少年の目にはゾンビに襲い掛かられようとしている仲間たちが映っていた。


肉が削がれ、骨が折れる音を聞いたけど、なにがどうなって、今こうして倒れているのかすらわからない。


後ろから見たレベル2は伊達じゃない。

そもそも人型じゃない。

足が四つもあるから機動性が高いのだ。


「くそ、どうする、どうすれば、なにをすれば!」


後ろの集団ゾンビ、前のレベル2。

主人公様の悪態は焦りでいまいち迫力に欠ける。

彼らは打開策を見つけられず、いたずらに時間を消費していた。


「守りたい、死なせたくない、助けたい。どうすればいいんだ。だれか、だれでもいい、教えてくれ。何でもする、死んでもいい。でもこいつらだけは助けてくれッ!」


さすが主人公。

最後の最後まで素晴らしい。


自分みたいに汚い人間性なんてどこにもない。


でも、彼らが死ぬのは時間の問題だ。


息をするたびに咳が出る。

咳をするたび、血が落ちた。

内蔵を持っていかれた。


俺も、もう死ぬ。

そう、死ぬのだ。

臆病者は、死ぬ。


臆病になってでも守りたかったものは、もうない。

命は尽きる。

確定した未来だ。


俺にはもう、臆病者である理由がない。


だから。


アドレナリンを放出して、命の箍を外す。

飛び上がって後ろからレベル2にしがみついた。


声を上げる。

荒げる。


「おい、行け! 走れ! あ、痛、ぐあッ!! くそ、なにちんたらやってんだよ、止まるな! 走れ! 振り返るな! いけ、いけ、いけ!! 生きろッ!!」


どこまでも。


頭だけ振り返った四つ足のゾンビが肩を食いちぎる。

痛いけど、まあ、もう麻痺しつつあるからいいだろう。


どうせ死ぬ。

少し死体が汚くなって、少し死ぬのが早くなって、一匹ばかりゾンビが増えるだけだ。


レベル2ゾンビの目ん玉に指を突っ込んでやった。

腐っていたからずぶずぶと入る。


奇妙なことにその先の脳みそだけは腐っちゃいない。


ぐちゃりと潰すとゾンビは初めて悲鳴を上げた。


あ、弱点でしたか?

うける。弱点があるなんて、まるで生き物みたいじゃないか。


「く、ははは、目だ! おい、お前らっ! 次からは目を狙え! 脳みそをかき混ぜてやれば勝ちだ!!」


去っていく仲間たちへ、いい土産ができた。


「勝てるぞ、ははっ! 俺たちの勝ちだ! 人類の勝ちだ! 生きろよ! 生き延びろよッ!! 人間万歳! 人類万歳――――!!!!!」


ざまあみろ、ゾンビども!

アイツらが生き延びれば、俺の勝ちだ!


俺の勝利条件が風のように駆け抜けていく。


「ありがとう!」

「見直したわ!」

「必ず生き残ってみせるからな!」


目は霞んで、もう彼らが光に消えていく背中しか見えない。


最後に我らが主人公様が叫んだ。



「お前は俺たちのヒーローだよ!」



……はは。

臆病者も、時には誰かの英雄になれるらしいぜ?


――――悪くない、気がした。











臆病者も他の誰かにとってはヒーローかも、という話。


思い付きで書いたものだったのに、なんとなく続いた。(なんなら驚くほど続く)

⇒危機的状況で示される人間性が最悪だった俺のその後。の、あと。

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