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セーラー服と機関銃と薄い本

※腐女子要素あります。

※極道設定ですがかなりふわっとしてます。

※銃が出てきます。でもこれもふわっとしてます。

※全体的に雰囲気でどうぞ。

「お嬢!頼まれていたブツを買ってきやした!」

「……マサ。……これ、逆カプよ」

「すいやせんでしたッ!腹ァ切って詫びます!」

「いや腹は切らなくていいのだけれど」

次からは気を付けてね、と黒いセーラー服の少女が言う。

――――関東保角会。愛知県に総本山を構える、非指定暴力団、もとい、極道の家での出来事であった。

里山政安は、下っ端も下っ端、所謂子分というやつである。中学卒業間近で両親が蒸発し、残された多額の借金を回収しに来た保角会のこれまた子分に回収された。

「内臓と腕どっちがいい?」と鼻歌交じりに脅されて身も蓋もなく泣き喚いている時、当時小学四年生だった保角会会長、保角要一の愛娘、世理子が「ペットがほしい」と政安を見て言ったものだから、彼はどうにか内臓全摘と五体不満足を乗り切れたのであった。腎臓は一つ取られた。

以来政安の最終学歴は中卒。そして職業は世間で言う暴力団構成員であり、実際は保角世理子のペットである。彼女が肩が凝ったと憂鬱そうにすれば肩を揉み、彼女が服を決めかねていれば一生懸命考えて(大抵選んだものとは逆のものを彼女は着ていく)、お使いをしてほしいと言われれば喜び勇んで買いに行くのである。

さてそんな政安が、自らの飼い主のことを聞かれれば、なんと答えるのか。それは一言でまとまる。「腐ってやがる――――早すぎたんだ」、と。

「すごいわマサ……確かに絨毯爆撃してきてとは言ったけど、一列分逆カプだなんて……」

「すんませんでしたッ!お嬢ッ!」

「いいのよ、私逆カプ地雷じゃないし……でも今度から気を付けてね」

「へえッ!次こそは間違いません!」

「お願いね」

初めてのお使いに対して、飼い主の世理子は寛容だ。政安も一度間違えた事は、次余程の事がなければ間違えない。それを評価しての飼い主の寛容さである。

「逆カプもアリだったわグッジョブよマサ」なんて言いながら、世理子は薄くて高い本をぱらぱらとめくる。表紙と流し見で見る優先順位を決めたらしい彼女は、部屋の隅にあるベッドに腰かけ、壁に背中を預けながらおもむろに中身を読み始める。

一方政安は退出の指示が下されていない為、彼は彼で部屋の隅であぐらをかいていた。飼い主に待てをされている犬そのものな様子である。

幾何か時間が経ち、世理子は満足げな表情でぱたりと本を置いた。二山ある本の山はうち一つの半分が減らされている。小休憩と見た政安は、おもむろに立ち上がり、部屋の隅にある簡易キッチンに立った。世理子のお気に入りである紅茶を淹れる為である。

「所でお嬢」

「何?」

きっちり蒸らされ葉の開いた茶葉が、うつくしい緋色の液体を作り上げる。買い置きのちょっとした菓子を添えれば、世理子は瞳を緩めて「ありがとう」と言った。満足げな表情に、政安の胸もまた打ち震える。

「エロ本は避けろといわれやしたが、別にバレなければいいんじゃ……」

「マサ」

カップが静かにソーサーに戻される。しかしそのかちん、という食器の僅かな触れ合いですら、今の政安を脅かすのに十分であった。政安は世理子のペットである。彼女はただいま高校二年生。実に八年もの付き合いだ。

彼女の機嫌が変化したことなど、すぐ判る。

「高校生含む十八歳は、十八禁指定のものを売り買いできない、というのはあなたも知ってるでしょ」

「そりゃ……でもバレなきゃあ判りませんよ」

政安は知っているのだ。某SNSサイトを見ながら「あああこの人の紫青(カップリングを指す)ドチャシコ……ッ!自分が十七歳なのが憎いッ!」と時折狂ったように絶叫する世理子の後姿を。

「でもそれは駄目なの」

「はあ……」

「バレてもバレなくても、これはれっきとしたルールなの。腐女子、もといオタクの中で何故ルールが重要視されるか。それはお互いを守るため、そして敬意を払っているからよ」

これは長くなるぞ。政安はしっかりと姿勢を正した。世理子の顔は何よりも真剣である。その隣に積み上がるのは、今彼女が「ドチャシコ激アツ」と興奮してやまないジャンルのホモ・カーニバルファンタズムたる本たち。やっぱりね、近親相姦、下剋上で弟×兄、ツンギレと不憫系天然は、性癖なのよね。顔がそっくりな青年二人が並ぶファンアートを見て、彼女はそう言っていた。

「今回においては、本を売る人、買う人がいる。そこで十八禁本を買いたいと思ったファンが年齢を偽って本を買う。それが彼女の親類にばれてちょっとした騒動になった時、糾弾されるのは誰だと思う?」

「その買った女っす!」

政安の視点から見れば、この場合年齢を偽って本を購入した女に責があるように感じられた。今回は代理購入という形で政安が同じことを世理子に施そうとしたのだが、残念ながら政安はまだそのことに気付いていない。

「そうね。結局悪いのはその買った子だけど、責任を問われるのは、売った人なのよ」

「別に売ることは悪くないっすよね?」

「著作権とかグレーゾーンとかは置いておいて、そうね。十八禁であることを明言して、十八歳未満には売り買いできないことを彼女は主張していたわ。でも買われてしまった。この場合、『きちんと年齢確認をしなかった売り手側に問題がある』、ということになるのね」

「買い手が年齢を偽っても、っすか」

「そうよ」

だから私は、見るからに成人してるあなたが代理で買おうとも、十八禁本は買わないの。

キリっとした表情の世理子を見て、政安は拍手をした。浅はかだった。あまりにも低能な自分の脳みそだが、しかしそれでも判る。世理子は立派である。政安は感動した。

「あと一年と半年……大丈夫、待てるわ私なら……待てる、待てるに決まってるんだから……」

「お嬢?目線が遠いっすよ?お嬢?お嬢ーッ!」

保角世理子は腐っている。政安は彼女の事を問われたらそう言う。


つまりは――――保角世理子は、ボーイズラブを愛してやまない、オタクである。


世理子の為なら、たとえ火の中水の中草の中森の中、何ならそのへんのスカートの中にだって潜れる政安である。彼女がどうしても行けないとき、これを機に『おつかい』をするのはそう珍しい事ではなくなってきた。

何よりも世理子は極道の娘である。保角会は所謂芸能と金融会社を中心に、賭博場を少々運営している。金の巡りは悪くない、どころか、むしろ良いのだ。

そんな彼女に父である要一は激甘である。そらもう砂糖菓子もかくやというくらい、甘い。何でも要一の妻、鶫は突然の鉄砲玉から要一を庇い命を落としたという。当時世理子は一歳。母の顔など写真でしか知らない。

肉壁を掻い潜る弾丸を躊躇いなく細身で受け止めた鶫のことを要一はそらもう愛していたし、彼女が腹を痛めて産んだ世理子に関しては言わずもがなである。

何が言いたいかといえば、高校生の割に、世理子は金を持っている。

オタク女子が一度は憧れる(着たいとは言っていない)ゴシックロリータを一式そろえられるだけの金はあるし、なんなら表紙箔押し(タイトル銀箔・ホログラム箔加工)+巻頭カラー+特殊裁断+角加工+特殊本文紙のオプションを加えた五十ページほどの同人誌を二百は即で刷れるだけの金がある。しかしながら世理子は生産する方ではなく、需要側の方である。萌えた小説や漫画のコメント欄に「続きを楽しみにしています」と書いている方なのである。タグ?あれは検索避けの邪魔になる。

まあつまりは、政安は今回もおつかいを頼まれた。

「イベント多くて困っちゃう!」と幸せな悲鳴を上げる世理子は、当日は別館でコスプレをしつつ本を買うのだそうだ。確かに世理子は目がややキツめだが、肌は白く、パーツは一つ一つが小さく理想的な配置をしており、顎が綺麗にすっと通った、つややかな黒髪を持つ美人さんである。身内びいき?言ってろ。政安が世理子が絶世の美女だと自信を以て胸を張る。

逆三角形を二つ重ねたようなその施設の中、政安は世理子と離れて行動していた。

イベント会場はさすがの女性の密度に、実を言うと政安も少々辟易しがちである。というか政安の見た目は、脱色して染めた明るく短い茶髪に、軟骨まで開けた片耳六個ずつと唇に一個のピアス、そして極め付けが首から右胸まで入る斜めの刃物傷の痕でる。胸元は一応隠せているが、服装をいかに普通にしようとも、どこからどう見たってオタクのそれではない。

これがまだヘビメタ系のライブハウスにいるなら自然だっただろう。しかし、表面上如何に擬態しようとも、根暗で日陰に住むことの多いオタクからすれば、彼は見た目だけでかなりの脅威である。

そんな男が女性向けのジャンルのイベント会場で、端から端までホモ本を買っていく。周囲の動揺、計り難し。政安もその空気を敏感に感じ取り、少しばかり申し訳ない気持ちになったりも、する。でもやめない。何故なら政安は世理子のペットだからである。ペットは飼い主の喜ぶ顔が見たいのである。

今度は買うサークルを間違えていない筈だ。一冊一冊は薄いとはいえ、まとまった本の重さは中々のものがある。スペース丸ごと買ってきてと言われたのなら段ボールの出番だったはずだが、今回は世理子が直々に指定したサークルのみに限り本を買った。それでも中々の数であったが。エコバックの紐が軋んでいる錯覚を感じる。

早く世理子の近くに戻らなくては、と政安はその場をそそくさと去った。顔出しこそしておらず、普通の女子高生として日々を過ごす世理子だが、いつなんとき情報が洩れてどさくさに彼女を狙う者がいないとも限らない。財布も一緒にエコバッグの中に突っ込み、政安はごった返す人波の中を逆らうように歩く。

と、その時だ。

「――――ッ!?」

背中から何か硬いものがものすごい勢いで押し当てられたと思ったら、身体中に衝撃と痛みが走った。これは以前、一度だけ経験がある。政安は痙攣する指先や遠のく意識と感覚を必死でかき集め、ふと、後ろを見た。

髪を適度に手入れしたそこらにいそうな女が、無表情にこちらを見ていた。手には、黒い物体。

「……っの、クソ、が……」

違法改造スタンガン。しくじった、と思いながら、彼は意識を手放した。身長約百八十センチもの巨体が揺らぐのを、女の傍にさりげなくいた別の人間が複数で支える。女はちゃっかり、政安のエコバッグを手に取っていた。





全身のだるさで目を覚ます。意識が覚醒するのは一瞬で、政安は飛び上らんばかりに身体を起こした。手は後ろ手に縛られており、脚もご丁寧に足首でぐるぐると縛られていた。右向きに転がされていたせいか、右肩に違和感を感じた。

腹筋の力だけで起き上がった彼は、周囲をぐるりと見た。何年も管理されていない、どこかの一軒家のように感じられる。天井には蜘蛛の巣が張り巡り、どこかかび臭い。しかし床はある程度綺麗な所を見ると、さっと取り急ぎ掃除をしたように思われる。

「起きました?」

後ろから声がして勢いよく振り返ると、そこにはあの時、政安にスタンガンを押し付けた女がいた。格好はイベント会場の時のままで、手元にはお使いで買った本たちがぱらぱらと捲られている。

「てめえ……どこの組のモンだ」

「それをあなたに教えると思いますか?……と言いたいところですが、別に支障はないのでお教えしましょう。どこでもあってどこでもない。それが答えです」

はぐらかされたか、と思ったが、彼女の言葉に不思議な違和感を抱いた。どこの組にも属さず、しかし属している。政安は静かに舌打ちした。

「……『便利屋』か」

女は薄く笑って、ご名答、と政安をぱちぱちと味気ない拍手で褒めた。

「正確には『便利屋』の中でも、私たちは『誘拐屋』と呼ばれています。零歳の赤子から活きの良い幹部まで、幅広い範囲で誘拐依頼を受け付けしております。どうぞごひいきに」

ころころと笑う女に政安はぎろりと視線をやるも、罵声が飛び出すことはない。「おい」と唸るような声で、政安はまずこう言った。

「その本汚すんじゃねえぞ。お嬢に渡すブツなんだ」

「何か他にいう事はないんですか」

女が思わずと言った様子で素早く切り返したが、彼はフン、と鼻を鳴らしたきりだった。女は読んでいた本をエコバックの中に丁寧に戻しつつ、読み終わっていない分を静かに手に取った。

「時に、ロットワイラーさん」

「あ?んだ、そりゃ」

「犬の犬種です。結構似てます」

あなたのお嬢様なんですけど、と女が言うので、政安がぎりぎりと眦を吊り上げた。「お嬢が、なんだ」というその声は硬く、警戒心に満ち満ちている。

「こういうのが好きなんですね」

本をとんとん、と示す女は、けれど政安の威嚇に動じた様子はなかった。ああ、と彼も警戒を少し緩めて、「確か中学の時にはもう腐ってたな、お嬢は」と呟いた。筋金入りのお腐れ様である。女は少し、『お嬢』が得体のしれないものに感じた。

「俺を拉致ってどうするつもりだ」

「別にどうも。依頼主の意図は私も知りません。ただあなたをここに連れてきて、様子を見る。受けた依頼はそれだけです」

政安は時計を確認しようとしたが、当然のようにこの部屋の中に時間が確認できるものはない。部屋の中に窓はなく、質素な電球だけが煌々と辺りを照らしていた。

「俺を連れてきても、組は動かねえぞ」

「そうでしょうね」

保角会トップからすれば、確かに政安の存在などいてもいなくても変わらない下っ端である。その辺でヤクを売るヤンキー上がりとは違うが、だからといって大事ではない。けれどそれは、頭から見た話である。

女は静かに読んでいた本を全てエコバックの中に戻した。満足げな表情である。人ってこんなに幸せそうな顔できるんだな。そう、他人に思わせることができる静かな笑顔だった。

「あなたのお嬢様とはいいお酒が飲めそうです」

「お嬢と杯を交わすつもりかクソアマァ!させんぞ!」

「酒と聞くだけで契だと思うのやめましょうか?」

女は部屋をぐるりと見渡し、自分の周囲に忘れ物がないかを確認した。ぐるるるると唸る番犬を放置して、女はすたすたと部屋の外へ向かって足を進めていく。政安は、ふと気付いた。そういえば部屋の外から、車のちょっとした排気音が聞こえる。

女が扉を開ける。

「こんばんは。良い夜ね」

「――――――」

閉めた。

扉からすぐに距離を取った、直後、ガガガガガガ!と轟音が響きドアが大破した。女はロングスカートの中から小型拳銃を取り出して構える。政安も咄嗟にごろごろ転がって部屋の隅まで移動する。何気にエコバックの近くまで移動しており、飼い犬根性ここに極まっていた。

蝶番どころかドアノブやドアそのまで無残な姿になったドアが、部屋の中の方に向かって身体を軋ませた。だむ、とやや重い音がしてドアがとうとう床に煙と音を立てて落ちる。華奢な足が、その無残な板の上に乗っていた。

「今日はとってもいい夜なのよ、綺麗な月が空に昇ってる。明日には綺麗に三日月になるはず。だから、明日の月はきっと綺麗よ、誘拐犯さん」

「…………ちょっと殺されたくは、ないですねえ」

――――保角世理子が、笑う。

ベルト給弾方式の銃であるミニミ軽機関銃は、外見の大きな特徴として薬室部分から伸びるベルト状に繋がる弾丸と、それを収める箱が挙げられる。握把をしっかりと持ち片手で軽とつくとはいえそれなりの重さの銃を持ちながら、セーラー服の世理子がゆっくりと部屋の中に入ってきた。ホルスターベルトにもしっかりと拳銃が収まっており、左耳と喉元に繋がる線を持つ咽頭マイクが物々しい。右手にミニミ、左手にナイフを持った少女は、女の獲物を見るや否や、ナイフを放り捨ててた。しっかりと両手で銃を抱えなおす。黒い半袖セーラー服の中で、赤いスカーフがやたらと鮮やかに映えた。

「私のペットに手を出した事――――お前も含め先方にもきちんと後悔させてやらァ神に祈りな迷える子羊!」

「ひえええええええっ!」

ミニミの銃口が火を噴いた。耳が馬鹿になりそうな轟音が響く。女はあまり広くない部屋の中、真っ先に政安の近くまで足を向けた。チッと高く舌打ちして世理子が発砲をやめる。これまたまああっさりミニミを肩のバンドをバチンと音を立てて乱暴に降ろすと、ホルスターから銃を抜いた。ベレッタM92。九ミリパラベラムを十五発装填でき、あらかじめ薬室に一発込めておくことで、系十六発の発砲が可能である。両腕でしっかりを銃を支えた世理子は容赦なく女の腹を狙った。胴体は的が大きいので、とりあえず狙っていく。

女としては後ろにペットがいてもお構いなしなのかよ!と誤算と驚愕で顔を引き攣らせた。出口はあと一つ。グロックの残り段数は十七発。今世理子は二発撃ったので、弾数としてはどっこいだ。

動くのは世理子が早かった。姿勢を低くして銃を左手に持ち、地を蹴った。女は向けられた銃を軽くはじくもそれがブラフなのは理解している。左腕は後ろへ向くことで右側が自然と前に出る。世理子が女の懐を掴んだ。女は世理子の手首を咄嗟に掴んだ。親指を世理子の薬指と小指の間よりやや下に置き力を込めて逆側に捻る。関節が決まる前に世理子が銃を構えて一発発砲。女が咄嗟に銃弾を避けるような動きを取ろうとしたために力が弱まり、するりと世理子の右腕が逃げていく。

女は避ける方向をじわじわと変えていく。頭に血が昇っている世理子は、出口まで女が近付いていることに気付かない。いける。女が最後に一発世理子の姿勢を崩さんとグロックを構えなおした時。


――――カンッ。


軽い音を立てて頭の真横にナイフが突き刺さった。世理子ではない。世理子も固まっていた。

「誰の許可でお嬢に殴りかかってんだクソが!!」

政安だった。転がってきたナイフで無理に拘束を解いたのか、腕には切り傷や擦り傷があり、いまもだらだらと血を垂らしている。マサ、と世理子が呟いたのを機に意識が完全に逸れた事を悟り、女がすぐさま部屋から逃げ出した。

「だー!逃げんのかクソアマ!覚えてろよ!!」

むしろ忘れられるやつは相当肝が据わっているだろう。女は、暫く保角会のいる関東から離れることを決意した。





「いでででで!お嬢!いてえっす!」

「沁みるだろうけど、我慢よマサ。念のためよ念のため」

腕にできた切り傷を、世理子は消毒液を染み込ませた脱脂綿で軽く消毒した。上からガーゼを当ててテーピングし、その上から傷口が外気に触れないよう包帯を巻いていく。

「よし」

処置が終わったことを確認し一声かけると、政安は「ありがとうごぜえます!」と叫んだ。瞳をきらきらさせて世理子が手ずから処置した腕を眺めている。むずむずとした胸中を取り繕いながら、世理子はため息をついた。

「まさかイベント会場で狙われるだなんて……ごめんなさい、私が軽率だったわ」

「お嬢は悪くないっす!俺に隙があったのがいけないっすから」

けれど隙を作る原因をもたらしたのは、世理子であることに違いが無かった。暫くは色々自粛して、同人誌は通販で済ますしかないかしら、と世理子はほうとため息をつく。

「それにしても頭、よくあんな装備を用意してくだせえやしたね?」

「忘れたかしら?私のパパへの得意技はおねだりよ」

「や、勿論覚えてっすけど……」

きっと政安の言いたいことはそうではないだろう。世理子は彼の疑問を理解したうえで、あえて答えない選択肢を選ぶ。その疑問に答えようとするならば、きっと余計な事を言ってしまう自分が簡単に想像できてしまったので。

保角世理子は腐女子である。ボーイズラブをこよなく愛し、火のない所に煙を立てるのが大好きで、男同士のくんずほぐれつが大好物である。

だからと言って、彼女の性癖がノーマルではないだなんてことは、まったくなく。

「次は迷子にならないようにね」

「っす」

「今回はスマホが生きてたからよかったけど、次似たようなことがあったら、その身体にチップ仕込むからね」

「チップは勘弁してくだせえ!」

冗談だと思ってけらけら笑う彼に、世理子も薄く笑うことで返事をする。

私結構、本気なのよ?なあんて。




世理子がハマってるカップリングが判ったら握手してください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして、世理子とマサの関係、拾われる話ががとってもツボです(笑) 腐女子か…私めはあまりBLったってモーホだろってところです(笑) あれば読みますけどコミケまではといった私めで…
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