第七話 天使の仕事
まだ私と風人の対話は続いていた。私は彼を脅かそうと、背中の羽根を出そうとしたが、むやみに飛行したり羽根を出したりするのは(もっとも、天使の存在が許されない地上世界ならなおさらである)天使の倫理に反するので、やめておいた。
「あんたは……なんの用でここに来た?」
「天使は叡智を持する者。未来のことをすべて知る」
「俺の未来も知っているのか? ……まあ、俺の未来は決まっているんだけどな、死ぬんだよ、自殺さ」
「未来のことを知る天使は地上には降りることはできない、ところが、一部の天使は未来を予見できない。そういう天使は、堕天することができる。が、私はそうしたある意味無能な天使の中では、最高級だろう。何故なら、二等級天使だからな」
と、自慢したところで、この男が私を見直すこともないだろう、やれやれ。
「そうかい、それならいくらか気分が楽だよ」
「君は自殺をするのかね」
「そのつもりさ。憧れの眉子さんと、心中できるのだからね」
私は彼を見下ろして、静かに呟いた。
「私も立ち会わせては、くれまいか」
「駄目だ」
「夜咲眉子には私の姿は見えない」
「……駄目だ」
私は腕を組み、悩むようなそぶりを見せた。
「俺は眉子さんと、二人きりで死にたいんだ」
「私にできることがある」
「何だっていうんだ」
「君たちの心中を止めることだ」
そう言い残して、私は姿を消した。風人は突如雲散霧消した私に、目を白黒させた。
風人は、車を走らせて、自殺の名所として有名な崖に停めた。
潮の香が心地よい。時間が停止しているようだ。まだ、風人は自分が死ぬという覚悟がないらしい。それは眉子への恋心が残っているからであろう。
電話を掛けると、眉子が出た。
「あと五分で着きますから」
「わかった」
そこで突然、風人は目を疑った。
風人のいる崖から見て隣の、もうひとつ海に入り組んでいる崖に、眉子がいたのだ。
「眉子さん……?」
眉子は手に持っていた、アネモネの花びらを放した。それはまるで音符のようだった。旋律に乗っかるように風に乗り、それでいて、まるで泣いているかのようでもあり、そこには見えないはずの闇さえ感じられ、ただ、時間が停止していた。