第五話 自殺
日曜。風人は自宅で田村に電話を掛けた。妻を殺すことについて話そうと思った。
『例の劇薬、手に入りましたよ』
「ありがとう。それで妻は死ぬのかな」
『間違いないでしょう』
それからしばらく通話して、風人は通話を切った。
風人は電話を掛けた寝室を一望し、誰もいないことをもう一度確認して、ベッドの上に寝転がった。
(俺は何故、育代にこの会話を聞かれてはまずい、と思ったのだろう。いっそ聞かれたほうが好都合だ、手を汚さずに育代は死んでくれるのだから)
そんなことを考えながら、風人はうたたねをした。
月曜の朝、育代が死んだ。
近くのマンションの最上階から飛び下りたらしい。
遺書を風人は読み、シュレッダーにかけようとしたが、警察に提供する義務があると思いとどまり、暗い気持ちでいっぱいになった。
遺書には、風人がなんらかの人物と浮気をしていたこと、そして自分を殺すつもりであること、よって、彼の手を汚したくないという気持ち、人になんらかの手を使って殺されることへの恐怖、そうした自殺の動機が綴られていた。
育代の死を受け、臨時職員会議が開かれた。といっても、生徒が自殺したわけじゃなく、教員の家族の死であるわけだから、それほど重い雰囲気でなければ、軽い雰囲気でもなく、ほとんどは警察と、風人自身による報告だった。遺書の内容と、風人の不倫についてはまだ明るみには出ていなかった。
スマホで、小さい学園の果樹園に、風人は眉子に呼び出された。
眉子は縁なし眼鏡をして、ショールを纏っていた。レンガの上に座っており、風人もその隣に座った。
「馬鹿なことをしたのね」
風人は黙っていた。
「私、奥さんを殺してなんて、頼んでないわよ」
だが、彼女の言葉は、むしろ風人より田村に向けられているほうが、しっくりくるような気が風人はした。
「いいじゃないか、君は気にせず、俺との性交渉を楽しめばいい。それか結婚しようか?」
「別れてくれとは言ったけど、殺してくれとは言ってない」
さっきから、眉子は風人と視線をあわそうとしていなかった。
「……冗談だよ」
「しばらく会うのを控えましょう」
「……ああ」
眉子はレーススカートを整え、立ちあがって、その場を去った。