第四話 蜜を吸った日
夜、プールサイドで、風人は読書をしていた。まさしく呆けていると言わざるを得なかった。静けさは切なさとなり、風人の心に穴を開けて風を通す。
サンダルの乾いた音がする。風人ははっと我に返り音の方を向く。眉子だ。帽子は被っていない。長い髪に水滴がついており、競泳水着は濡れていた。非常に煽情的だった。眉子はほほ笑み、風人の隣に座った。
「奥さんと別れてくれない?」
意地悪くそう言う。くすりと風人は笑って、
「楽しそうだね」
と嫌味を言ってやった。眉子は風人の方に手を回し、顔をよせてきた。
「あなたが私のことをどう思おうと、私はあなたのことを想っている」
「俺が君に何かしましたかね」
「同じ匂いがする」
そう言って、眉子は頬に優しくキスをした。
「うるさいんだよ」
風人は眉子を押し倒す。目が合う。風人は血の気が引くと同時に、興奮が高まった。
「……やめよう」
「……そうね」
眉子は髪をゴムで留めて帽子をかぶり、プールに飛び込んで、泳ぎ始めた。
風人は田村という化学講師を呼び出した。田村は背が低く、なで肩の、年若い後輩だった。数少ない風人の理解者でもあった。
「そういうわけで、奥さんを殺したいんですね」
「うむ……」
田村はにたっと口角を上げて、
「無理ないですよ。羨ましいですもん。そんなに眉子先生に迫られて」
「話だけ訊きに来たんだよ。どういう方法で妻を殺せるか」
「任せてください、薬は手に入りますよ」
風人は、今俺は、悪魔と会話をしているのだ、という心の声がくぐもって聞こえているのを感じていた。どうして自分は、田村に弱みを握らせるようなことをしてまで、妻を殺すかもしれないという憶測を話したのだろう。
五月のことだ。夜の八時、風人はプールの点検をしていると、また、眉子がシャワーで濡れた髪と水着でやってきた。
「また君ですか」
「泳ぐのがよっぽど好きなものでして」
あはは、と彼女は笑った。
「あなたが嫌いよ、と言ったら、あなたは傷つくかしら」
「傷つきますね」
「好きよ、と言ったら」
「もう遅い」
風人は眉子の剥き出しの肩を抱き、彼女の唇にキスをした。
そしてバンザイをさせ、綺麗な脇の下に舌を這わせた。
「ふふっ、くすぐったい」
眉子は澄んだ声で笑いだした。風人は何度も、眉子の脇を舌でなめてくすぐった。だんだん眉子もとろんとした目をして、
「……してください」
「……ええ」
そして風人は、眉子とセックスをした。