プロローグ
何か、面白いことはないだろうか。
僕は空を見上げて思った。
見飽きた空を見上げてそう思った。
もうずっとここにいる。どれぐらいここにいるんだろう。少なくとも一万年は経ってると思う。神さまにここのマモリビトとして造られてから、ずっと。
「はぁ、退屈だ」
そもそもマモリビトってなんだろう。ううん、意味は知ってる。『守護人』と書いてマモリビトって読むことも。でも、何から守るの?ここにはもう、僕しかいないのに。
僕と同じくマモリビトとして神さまに造られたリリスは世界が見たいと言って随分昔にここを出ていってしまった。マモリビトの役目を僕に押し付けて。リリスに逃げられた僕を哀れに思った神さまが僕の骨から作られたイヴもまた、リリスと同じように世界が見たいと飛び出していった。
昔の僕は神さまから与えられた使命を果たさない二人に怒っていたけど、いまなら二人の気持ちもわかる。退屈すぎる。とにかく退屈すぎるのだ。
僕はここに訪れるであろう人が現れるまで何もしなくていい。食べ物は何もしなくても果物とか野菜が生っているし、身体を洗わなくてもそもそも汚れたりしない。汗なんか掻かないし排泄もしない。ここには余分なんてものは存在しないから外に出す余分も存在しないかららしい。身体を動かしても余分な筋肉はつかない。もともと適度な筋肉が付いていたから。背も生まれた時から伸びない。背は低くはないけど高くもない、これも余分を省いたから。体重も一緒。
走っても疲れないし、見える景色が変わるわけでもない。釣りをしても生き物が僕以外いないのだから、釣れるはずもない。砂浜で城はもう何億回も作った。もう目を瞑っても僕が住めるくらいの城が砂で作れるね。
何をしても何も起きない。身体に変化もなければ、ここに変化も起きない。前に十年くらい食べ物を食べなかったこともあったけど、その時すら何も起きなかった。食事という行為もここでは娯楽でしかない。
僕が生まれてから何か変化があったと言えるのはリリスが造られた時とリリスがいなくなった時、イヴが造られた時とイヴがいなくなった時。あとは……神さまが来る時くらい。
つまり、何も起きない。守るべきものはあるけど、それを壊そうとする何かが来ることもない。何にもない退屈な毎日。
「……僕って、ここに必要なのかな?」
僕が造られたのはここ『EDEN』を守るため。でも、その役目を果たすための相手がいない。これまでいなかったからこれからもいないと思う。なら、僕はもう必要ないんじゃないだろうか?
そう思えばそんな気がしてきた。いてもいなくても変わらないならいない方がいい。僕からすればだけど。神さまはいた方がいいと言うと思うけど、これまでずっとここで一人寂しく頑張ってきたんだ。少しくらいいなくても問題ないだろう。
僕は「とうっ!」と、飛び上がった。
砂浜に寝転がっていたせいか僕の跡が付いている。足の先には作りかけの砂の城があって、大きさは十二メートルくらい。このまま作り上げれば二十メートルくらいのものになったと思う。
「さて、と」
僕はこれからすることを砂浜に書いていった。
・ここから出るためには?
神さまの許可が必要。でも絶対に許可が下りないから内緒で出ないといけない。ならどうやって出るか。リリスやイヴが出た道はそれぞれ神さまによって封鎖されている。両方とも僕が教えた抜け道だ。あの時は教えたことを後悔したね。僕が見つけたのはその二つだけで他にあったとしても神さまに封鎖されていると思う。だから、神様の使う道を使おうと思う。
神さまって意外と抜けてるんだよね。昔、僕が神さまと語らいたいと一緒にお酒(僕はお酒が飲めないからジュース)を飲んでいた時、酔いがまわったのか先に寝ちゃって起きたのはそれから数ヶ月後だったから。
いま思えば、外に行けるチャンスだっただろうけど、その時はまだ行く気はなかったし。でもこの方法なら出られると思う。
うん、これで行こう。
・何が必要?
お酒。これだけかな。僕もあれから成長した。お酒の一杯や二杯どうってことない。……たぶん。……きっと、ね。……一応、ジュースも持って行こう。
・いつ決行する?
まず、お酒を作らないことには決められないと思う。ここに三百年もののワインが十リットルほどあるけど、これだけでいいだろうか?というか飲めるだろうか?……もうちょっと作ろうかな。
とにかくお酒が出来次第決行するとしよう。
三年が経った。
三百年ものワインをはじめ、果実酒、ウイスキー、ウォッカ、ブランデーなど数種類を揃えた。そしてーーー
「いつもお疲れ様です、神さま。ささ、どうぞ一杯」
「いやぁ、すまんねアダムくん」
僕は神さまにお酌していた。今日の神さまは金色の髪に碧い瞳をして、穏やかな笑みを浮かべた青年のお姿をしている。神さまの本当のお姿を僕は見たことがないので、どんな姿をしているのかわからない。前にお会いした時は赤色の髪に同じく赤色の瞳をした野性的なお姿で、その前は今回のお姿の少年だった。女性の姿をした神さまは見たことないから、僕と同じ男だとは思う。
いつか本当のお姿を見てみたいとは思うけど、いまは早く酔わせて眠ってもらうことが大事。僕は次々と注いで行く。
「ありがとうアダムくん。……おや、君はまだ飲んでいないのかい?それはいけない。私が注いであげよう」
「い、いやぁ、僕はお酒が飲めないのでこちらで」
僕はジュースの入った瓶を見せた。
「君が飲めなかったのはもう二千年も前のことだろう?一杯くらい飲んでみたらどうだい?いまなら飲めるようになってるかもしれないよ」
神さまがそう言ってからのグラスにワインを注いで行く。僕は注がれていくワインを見て、頬が引きつっていく。正直飲みたくない。だって造られてから三百年も経ったワインなんだよ。ただでさえお酒を飲んだことないのに飲めるかもわからないワインなんて……。でも、僕を笑顔で見ている神さまを見ると飲まないわけにはいかない。
「で、では。……いただきます」
グラスを口に当て、一気に呷った。そしてーーー
気がつけばテーブルの上には空の瓶が無数に倒れていた。僕の太ももの上には気持ちよさそうに寝ている神さまが。
え?何があったの?えっと、神さまにワインを薦められるところまでは覚えてるんだけど、それからは……。
「……アダムくん、もう……飲めないよ。……すぅ、すぅ……」
……よし!何があったかわからないけど当初の予定通り神さまを眠らせることができたぞ!外へ繋がってる道へ行こう!
そーと、神さまの頭を持ち上げそこらに散らばっていたクッションをさっきまであった太ももの位置に入れる。そーと頭を下ろして、神さまの顔を覗く。そこには気持ちよさそうに眠る神さまの寝顔が。
「ふぅー」
額に浮かぶ汗を拭う。よかった起きなくて。これで起きられたら三年間の努力が水の泡だからね。
「神さま、これまでお世話になりました。地上を冒険してみたいのでしばらくは帰ってきません。でも、いつかは帰ってくると思うので、その時にまた一緒にお酒(僕はジュースですけど)飲みましょう」
お別れの言葉を済ませた僕は迷路みたいな神さまの神殿を歩きまわった。その時間なんと七時間。廊下には騎士のゴーレムから魔術師のゴーレム、鳥のゴーレムなど様々なゴーレムが置かれていた。中には魔女っ子のゴーレムもあって、神さまが少し心配になった。
それからさらに一時間、ようやく外の世界へ繋がる道への門を見つけた。ここをくぐれば僕は外へ出られる!
歩いていたのが小走りになり、駆け足になり、走りになり、疾走となった。
門をくぐるとそこは僕が見てきた黄昏た空なんかではなく、澄み渡った青い空が広がっていた。
「これが外の世界の空……!なんて、なんてっ!綺麗なんだろう!!」
下には下界へと続く階段が地上まで繋がっているようだ。僕は初めて見る青い空を眺めながらゆっくりの階段を降りる。
「地上の人たちはいつもこんな綺麗な空を見れるなんて羨ましいなぁ」
どこまでも広がる青い空。あそこの空はずっと黄昏た、赤い空だった。昔は覚えていないけど、少なくともここ数百年はずっと。
まだ雲の上だから鳥の飛ぶ姿は見えないけど、きっとその姿も綺麗なんだろう。早く地上に降りたいなぁ。しかしどうにも階段が長い。階段の終わりは見えず、途中雲に隠れてしまっている。
「早く地上に行く方法はないかなぁ」
周りを見渡しても何もない。地上まで続く階段があるだけ。ふと気になって振り返ってみる。もう神殿は見えなかった。
「ずいぶん離れたけど、まだ見えないかぁ」
もう一日以上降り続けているけど、まだ先が見えない。降りるのをやめ、じー、と下を見つめる。
正直前回とは違って神さまがどれくらい飲んだかわからないから、いつ起きるか予想できないので早く降りたい。だからここに止まっているのはよくないんだけど……。
「ワープゲートみたいなのがあればなぁ。ドラ◯もんのどこで◯ドアみたいな」
それさえあればこんなに苦労しなくてもいいのに。はぁ、地上に降りるのには階段を降りるしかない。でも、このまま降りたってどれだけかかるかわからない。ならいっそ……っ!そうだ!その手があった!
僕は立ち上がり、ストレッチを始める。身体を柔らかくしとかないとね。これでも僕は脚を百八十度開いたり、開いたまま頭を地面に着けれるくらいには柔らかいのだ。
三十分ほど念入りにストレッチをして、僕は階段の淵に立った。少しでも重心移動を誤れば落ちてしまうだろう。僕はスゥッと息を吸って、右手を真っ直ぐ挙げた。
「アダム、行きます!」
階段を蹴り、地上へ飛び出した。
☆☆☆☆☆
『EDEN』魔王城最奥謁見の間。
そこは『EDEN』のラスボスである魔王サタンに悪魔の貴族たちが謁見する神聖な場所。
しかしそこに魔王の姿はなくあるのは4人の人間の姿だけ。
1人は黄金の鎧を身につけ、聖剣を手にする勇者。
1人は司祭服に身を包み、傷付いた仲間を癒す神官。
1人は白を基調としたローブを身を包み、千の魔法を操る魔導師。
1人は黒い鎧を身につけ、刹那の時間に敵を両断する剣士。
プレイヤーとして最高峰に位置する4人はついに魔王サタンを討ち滅ぼし、MMORPG『EDEN』の運営が始まって5年間で初となる『理想郷』EDENへの切符を手にした。
しかし、運営公式サイトにて発表されているEDENへの案内人である『原初の人間』アダムは現れない。
かわりに4人に届いたのは1通のメールだった。
『「EDEN」クリアおめでとう。本来ならばこれより私、ウェハルの元へ「原初の人間」アダムに案内されるのだが問題が発生してしまった。よってキミたちプレイヤーが理想郷であるEDENに足を踏み入れることは不可能となった。辿り着くための方法はひとつ』
メールはそこで終わり、画面が切り替わる。
4人のプレイヤーのだけでなく、すべての人間のディスプレイが切り替わった。
そして、映ったのは、
『「EDEN」ゲームマスター「ウェハル」よりプレイヤーへ。「EDEN」より失踪した「原初の人間」アダムを探しだし、「EDEN」へ送還せよ』
それはゲームの終わり、旧時代の終幕。
新たなる人生の始まり、新時代の幕開け。
この日世界で6千万人のプレイヤーが新人類に生まれ変わった。