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だから、もう、キミの声が聞こえないんだよ





手を伸ばしてハヤトの服の裾を引っ張る。

くるりと振り返ると、困ったように笑って裾から手を外させて、手と手を絡ませる。


"どうした?"


口がパクパクと動いて、その形で音を判断する。

なんでもない、という意味を込めて首を横に降ると、そか、と口が動いて目線を外す。



あたしの耳が聞こえなくなったのは、三年ほど前のこと。

原因は、はっきりとはしてないけれど、多分ストレス。


あたしの耳は、言葉を受け入れなくなった。

傷つきたくない。知りたくない。

音さえも、怖くなって。



かつてのあたしは、みんなの前に立つような人間で、妬まれたり僻まれたり、尊敬されたりお礼を言われたり、そんな…どこにでもいる人間だった。


最終的に、批判を聞くのが嫌になって、あたしは自分の殻に閉じこもったというわけだ。



引かれた手とともに動き出す体は、ハヤトの背中に隠れるように歩く。


ハヤトは、あたしの、かつてのカレシだった。










「…マリ、」




名前を呼んでも、もう返してくれるわけがないということを理解しながらも、つい口に出してしまう。

隣に歩いている彼女はきこえるはずもなく、淡々と前へと歩みを進めている。




「…っ、」




マリの耳が聞こえなくなった原因を作ったのは、紛れもなく俺自身である。


社交的な彼女を好きになったはずなのに、他者と仲良くする彼女にヤキモチを妬き、八つ当たりをしていた。


意地悪くも、俺はそれを彼女に直接告げずに、周りに告げたのだ。


俺は、自分で言うのもなんだが、そこそこモテていた。

両親の整った容姿を見事に受け継いだらしい俺は、小さな頃から好意を抱かれることが多々あった。


だから、俺の彼女に対する妬みが酷かったのだろう。


俺が小さくこぼしたその愚痴が、なんらかの形で彼女たちの耳に入り、そこから尾びれ背びれが付いた状態で進みつづけた。


あのとき、俺がマリに直接告げていたら、何かが変わっていたのかもしれないと思わずにはいられなかった。





「いつに、なったら…。」





いつになったら、お前の声が聞けるのかな。

いつになったら、お前の笑顔を見れるかな。


俺にそんな資格がないことを理解した上で、それでも望まずにはいられない。






「ッ…マリ、…好きだ、!」





掴んだ手を引いて抱きしめる。

強く強く、離さないように。離れないように。


そんな俺をぼんやりと見上げて、儚げに笑って抱きしめ返してくれる。



マリとは、声を失ったと知った日に別れた。

最初に告げたのは、俺だったか、マリだったか。

それは定かではないけれど、確かお互いそう思っていて、どちらともなく別れを告げることとなった。



マリは、耳の聞こえない自分と、健常者の俺と一緒に過ごすことが怖くて。


俺は、マリの耳が聞こえなくなった原因を作ってしまった自分がマリのそばにいることに罪悪感を隠せなくて。



マリは、俺が原因源を作ったという話をしたけれど、そんなことないよ、と笑うだけで別段変わった様子は見えなかった。


ストレス源がそれだったのなら、解決すれば耳が聞こえるようになると踏んだ俺にとって、それは残酷な現実だった。




____ハヤト、あたしのこと、捨ててよ





はっきりとそう書かれた紙を突きつけられたあの日を、俺は一生忘れない。











「…、」




あたしはずるい、人間だ。

人間という存在自体が、ずるい気がするけれど、その中で私は特にずるい人間だ。




「ごめんな、ごめん…ッ、」




本当は、聞こえている。

全部、わかる。



聞こえるようになったのは、あの日、から何ヶ月も後の…今から数ヶ月前のこと。





私の世界に音が戻ってきた瞬間、ハヤトが消えるのを感じた。


無音だった世界に、唐突に広がる雑音は、耳障りなのに心地よくて。

世界の色が変わった。


モノトーンの世界から、7色パレットの世界に変わるように、様々な色を音が紡ぐ。





「…、」




ただ、代償はあまりにも大きすぎた。





「マリ、」





そっと撫でられた頭は、どうしようもないくらいハヤトのことしか考えてないくせに。





「…すき。」




愛しい言葉さえも、返せない。





「ーー、」


「…マリ?」





聞こえるようになった。

音が世界に戻ったあの瞬間、





「…ッ、」




音を、奪われたのだ。





「ま、」




マリ、と呼ぶよりも先に、ハヤトから体を離して、今度はあたしがハヤトの手を取って前へ進む。

後ろから、「ちょっと待てよ」とハヤトの声がして小さくほおを緩めて、掴んでいないほうの手で目元を拭う。


顔を見られたら、ダメだ。

なんだか久々に泣きそうだ。



ハヤトの優しさにつけ込んで、ハヤトの手に手錠をかけて、足には足枷をつけて。

最低だってわかってるけれど、そうするしか方法がなくて。


でも。

ハヤトを失ったらそれこそ、あたしはこの世界から消え失せる。



だから。

あたしは、キミの声が聞こえない。

ハヤトの声なんて、聞こえないよ。


そう唱えていないと、心が壊れてしまいそうで。

泣きそうな顔であたしを見るハヤトのことを、どうしようもなく離せなくて。

愛おしくて。


残酷な愛に、縋り付いた。








( いっそのこと )

( あたしを廃棄処分してくれたなら )

( きっとキミは幸せになれるのに )





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