気づかないふりは、もう無理だって
もう無理だって、どこかで気づいていた_____
「カイくん。」
「…ユイ、」
困ったように微笑むユイに、そっと手を伸ばす。
ピンク色の頰は、柔らかくてずっと触っていたい気持ちにさせる。
「なにか、あった?」
「…なんもないよ。」
君に逢うためにきた、だなんて、そんなのクサすぎるから。
理由もなしにふらりときたと嘘をつく。
「カイくん、」
「…ユイ、」
「嘘、でしょ?」
だけど、気づいていた。
お互いもう隠しきれないと分かっていた。
「会いに、来てくれたんでしょう?」
潤む瞳の奥、悲しげに揺れる本音が見え隠れする。
「カイくん」
「…、」
わかっていた。知っていたよ。
何も言わないということが、肯定を示すと事実を理解していないわけじゃない。
でも。
それでも。
「カイくん。
…もう、ここにきちゃダメ。」
そう言われるとわかっていても、言いたくなかった。
カッコ悪いと、思ってしまった。
「ユ、イ…」
風になびく漆黒の髪は、どこか切なげに。
触れた頰には、そっと雫が伝う。
「カイくん。ダメ。」
「…なんで、」
「これはね、涙じゃない。
これは、汗だから。」
___拭っちゃダメ。
ふわりと太陽みたいに笑うくせに、俺の手のひらに重ねるソレは、氷のように冷たくて。
「分かって…?お願い。」
悲痛な叫びだ。
馬鹿みたいに何度も願う俺に、馬鹿みたいに優しくする彼女の。
零す涙は、俺への愛。
突き放すのも、俺への愛。
分かってはいても、離したくない。
離れたくない。
「カイくんは、幸せになるの。
あたしじゃない。
その相手は、神崎優衣【かんざきゆい】じゃない。」
神崎家の一人娘。
神崎ホールディングスの、お嬢様。
突きつけられるものは、結局世間からの目だ。
「…ひでえよ、ユイは。」
「…初めから、言っていたでしょ?」
「…"あたしは、神崎家の人間"ってか?」
ずっとそばにはいられない。
期間限定の恋。
「カイくんが、それを了承したから、コイビトになった。
…違う?」
「…違く、ない。」
身分差の恋だとか、後ろ盾とか、そんなのどうでもよかった俺と違って、ユイは家族のことも俺のことも考えてるって分かってる。
でも、やっぱり。
納得できるわけ、なくて。
「好きよ。大好き。
だからどうか、あたしのことは忘れて。」
「…まるで、お別れみたいだ…」
「お別れ、よ。
もうここに、貴方は来ちゃいけない」
ドラマみたいに。
どこかにあるような漫画みたいに。
お前しかいらないからといって、二人で逃げ出すことだって出来たはずなのに。
「一緒に、逃げよ…?ユイ。」
「…無理よ」
「ーで、…っ、なんで!」
「あたしは、神崎の娘。
…わかっているでしょう?」
ユイは、決して俺だけを選んでくれない。
ユイは、いつだって遠くから物事を考える。
「カイくん。
あたしは、カイくんのお嫁さんになれない。
明日、他の男の人のモノになるの。」
…わかっていたよ。
そこに、彼女の意思がないこと。
わかっているよ。
それが、会社のためだと。
わかっては、いるんだよ。
すべてが、誰かのためであることに。
「ユイ…!
これが。これが、最後のチャンスなんだ!」
この手をつかんでさえくれれば。
頭を縦に振ってさえくれれば。
「選べよ…選べって!!」
俺たちに、未来ができるのに。
「ごめん…なさい。」
腕を離して、彼女は背を向けた。
午前0時の鐘が鳴って、シンデレラは去っていく。
まるで、おとぎ話のソレのように。
「…今からあたしたちは、ただの他人よ。」
落としていったのは、思い出か。
それとも記憶か。
結局のところ。
俺は、それを持って、彼女を探すことなどできるわけがなかった。
つまり。
俺は、王子様にはなれなかったのだ。