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予言の子(7)

ご報告です……。私が確認した時点で、この作品のブックマーク登録が650件を突破しておりました……。す、すごい。夢じゃないかと思うくらいすごいっ。

登録してくださったみなさん、読んでくださっているみなさん、本当にありがとうございます!!








 今日は天気がいいので、外でお茶会をしようと言うことだった。天気がいいので、と言うのは建前で、実際は、ニコレットが庭園で謎の実験を行っているらしい。薔薇が咲く時期になったので、薔薇を使って何かをしているようだ。

 何となくニコレットの実験の様子を見てみたいと思ったので、何とか仕事を片づけて、早めに庭園に出た。薔薇園の存在するその庭園は、代々皇妃が手入れをしてきた庭園である。現在は、ニコレットが管理しているということなのだが……。


「……なんだか不思議な感じになっているな」

「ええ……統一性がないようなのに、何故かきれいにまとまっています」


 ヴォルフガングとアルベルトは感心したような口調でそんな会話をしてしまった。

 もちろん、庭園の形や、大元の部分は変わっていない。ただ、所々に今まで見なかった花が植えられているのだ。

 この宮殿を作った時の皇妃が几帳面だったらしく、この皇妃の庭園はシンメトリーに出来ている。その出来栄えが素晴らしいので、代々の皇妃もそれにならって庭園を整備していたようだが、ニコレットは歴代の皇妃とは少々感覚が違うようだ。


 シンメトリーの要素は残している。もちろん、この形を変えることは難しいので、それは当然であろう。だが、左右対称に植えられているはずの花に変化がある。左右の同じ位置に同じ花が植えられていないのである。ヴォルフガングにはこういった芸術関連のことはよくわからないのだが、何となくセンスが良いことはわかる。


「本当に何でも手がけていたのだな……」

「見事としか言いようがありませんね」


 ヴォルフガングもアルベルトも感心した口調である。

 先ごろ、臣下に命じていたニコレットのロワリエでの暮らしの調査結果が届いた。ヴォルフガングもアルベルトも、すでにそれに目を通している。



 ニコレット・ド・ロワリエ、ハインツェル帝国風に言うと、ニコラ・ロワリエになるだろうか。彼女が生まれた時に、父親殺しの予言を受けたことは事実なのだそうだ。この話はロワリエ貴族の間でもさほど知られていないが、噂くらいにはなっているらしい。噂でとどまっているのは、予言を受けた張本人・ニコレットが姿を見せないからだろう。



 そして、ニコレットの予言を恐れたロワリエ王が彼女とその母親を幽閉したのも事実であるようだ。



 予言と言うのは、かつてこの世界に存在したという魔法の名残だ。予言者ももうほとんど残っていないと言われるが、だからこそ、時に授けられる予言は『外れない』とされる。


 ニコレットが言うところの『科学的根拠』はないだろう。しかし、予言が『外れない』とされるのは実際に実例があるからだ。


 ニコレットの母親であるベアトリス・ド・ダリモア、もしくはベアトリス・オブ・ダリモアは大陸の西の島国ダリモア王国の出身である。ベアトリスの兄が現在のダリモア王だ。ニコレットにとっては伯父にあたる。

 ベアトリスとダリモア王の父親は、ニコレットと同じく生まれた時に予言を授けられたという。



 『この子は、世界に新しい時代を告げるだろう』



 あまりにも有名な、ニコレットの母方の祖父、ダリモア王太子ニコラスの予言だ。彼は結局、ダリモア王になることはなく、若くして亡くなってしまったが、確かに世界に対して新しい時代を告げた。

 ニコラス王太子はそれまでの様々な常識を覆していった。王と議会で国政を担う制度を作り上げ、それを実行した。さらに、平民に読み書きを教える学校を作り、国力の底上げを行った。産業保護を行ったのもニコラス王太子が最初だと言われる。


 そして、彼は戦争の在り方も変えた。戦争に銃や大砲などの火器の大量導入を行ったのは彼が最初だ。これにより、戦争の形は大きく変わった。彼の奇抜な戦法は敵を大いに混乱させた。


 今でこそ残虐皇帝と言われ恐れられるのはヴォルフガングであるが、ヴォルフガングが台頭するまで、恐れられたのはニコラス王太子だった。彼は『変革を告げる殺戮者』として広く世界に知られている。


 世界が変わるきっかけを作ったニコラス王太子。ヴォルフガングが物心ついたころにはすでに亡くなっていたが、亡くなってもなお語り継がれる人物である。

 彼に授けられた予言は当たった。そして、ニコレットはニコラス王太子の孫にもあたる。そんな彼女が予言を授けられたとして、ロワリエ王が彼女を恐れたのはわからないではない。


 しかし、ロワリエ王の恐れ方は尋常ではない。娘どころかその母親も一緒に片田舎の修道院に閉じ込め、予言を授けた予言者は殺されている。ロワリエ王に愛人がいたのも、王妃ベアトリスが修道院に追いやられた一因であろうが、何よりもロワリエ王はニコラス王太子の血を引くベアトリスとニコレットを恐れたのだろう。

 しかし、ベアトリスを修道院に追いやることができたのは、当時すでにニコラス王太子が亡くなっていたからだろう。生きていれば、彼の娘を追いやるなどできなかったに違いない。娘と孫を幽閉されたと知れば、ニコラス王太子はロワリエ王国に攻め込んだことだろう。


 しかし、実際はニコラス王太子はベアトリスがロワリエ王に嫁ぐ前に亡くなっており、当時のダリモア王もすでに代替わり。ベアトリスの兄が若くして王位についていた。しかも、当時のダリモアは混乱しており、気づいた時にはすでにベアトリスとニコレットは修道院に追いやられていたようだ。


 まあ、この辺りはヴォルフガングの推察が入っているので、実際にはどうなのかはわからない。


 ロワリエ王は修道院に追いやった妻と娘の状況を知ろうともしなかったようだ。2人が幽閉された修道院は、幸いと言うかいい修道院だったようだ。ベアトリスは修道院でニコレットを育てつつ研究者となり、物心ついたニコレットもいつの間にか研究者となっていたようだ。

 ロワリエ王がニコレットに会ったのは、彼女がハインツェル帝国に嫁いでくる直前、一度だけだったようだ。何となく気づいていたが、ニコレットが間諜である可能性はほぼなくなった。と言うか、あの浮世離れした娘に間諜をやらせたら、すぐに露見する気がする。非常識だから。


 ちなみに、ニコレットの母は本当に狙撃型銃を開発した人物らしい。自然科学系の研究者なの~、と言っていたニコレットとは違い、ベアトリスは新しいものを作ることに長けていたようだ。さすがはニコラス王太子の娘。


 しかし、詳しいことはよくわからないままだ。ロワリエ王がニコレットたちの情報を遮断していること。そして、そもそも彼女が育った修道院が本当に国の辺境で、田舎で、情報がほとんどないのだ。


 まあ、本人がにこにこ笑って暮らしているのなら別にいいかな、と思うあたり、ヴォルフガングもだいぶニコレットに毒されてきている。

 まだつぼみが多い薔薇の前で、ニコレットが何か作業しているのが見えてきた。ヴォルフガングは「ニコレット」と呼ぼうとして、ふと気が付いた。


 ニコレットと言うのは、彼女の祖父である『ニコラス』王太子と同じ名前だ。もしかすると、ニコレットと言う名前を付けたのは彼女の母親のベアトリスで、自分の父親に敬意を評したのかもしれない。と、思った。


「ニコラ」


 愛称で呼ぶと、ニコレットはパッと振り向き、何度か瞬きを繰り返した後、いつものように微笑んだ。


「陛下。こんにちは。もうお茶の時間?」

「ああ……何をしていたんだ?」

「うん。薔薇の品種改良をやってみようと思って」

 と、ニコレットはピンセットと絵筆を持った手を持ち上げて言った。どうやら、薔薇の交配を行っていたようだ。

 ヴォルフガングが来たため、ニコレットは一度作業を中断して庭園の東屋でお茶にすることにしたようだ。

 いつものようにケーキを見て顔を緩ませたニコレットであるが、今日はそれに口をつける前に、向かい側に座ったヴォルフガングに向かって言った。

「あのね、陛下」

「なんだ」

「さっき、私のことを『ニコラ』って呼んだでしょう?」

「……気に障ったなら、呼ばないが」

 そう言うと、ニコレットは首を左右に振った。彼女は少し目を細めて微笑む。


「お母様も、私のことを『ニコラ』って呼んでいたの」

「……」


 『ニコラ』と言う名は、ロワリエ王国風の名前ではない。いや、ロワリエにもないわけではないが、どちらかと言うと、ハインツェル帝国や、ダリモア王国によくある名前である。だが、ニコレットの母ベアトリスがダリモア王国の出身であることを考えれば、彼女がニコレットを『ニコラ』と呼んだことは不自然ではないのかもしれない。

 ただ、『ニコラ』は『ニコラス』の女性系であったはずだ。詳しくないのでよくわからないが、ベアトリスが娘に、亡き父と同じ名前を付けた可能性は高い。ロワリエでは『ニコラ』と言う名は一般的ではないため、『ニコレット』と名付けて、愛称を『ニコラ』としたのかもしれない。


「お母様が亡くなって、もう、私を『ニコラ』って呼んでくれる人はいないのだと思っていたわ」


 『ニコルとか、ニコラって呼んでくれてもいいけど』


 自己紹介をしてすぐに、彼女はそう言っていた。もしかしたら、彼女はずっと、『ニコラ』と呼んでほしかったのかもしれない。今は亡き母親を思い出すその名で呼ばれたかったのかもしれない。


「だから、『ニコラ』って呼んでくれてうれしいの」


 嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑って、ニコレットはそう言った。基本的にいつも笑っている彼女であるが、その笑みが、今まで見た中で一番きれいだと思った。

 ニコレットの笑顔に少し見とれながら、ヴォルフガングは彼女に言った。

「……お前が望むのなら、俺はお前を『ニコラ』と呼ぶことにする」

「うん。ありがとう」

 ニコレットはそう言った後、早速ケーキをほおばった。もはやおなじみ、ニコレットはとろけそうな笑みを浮かべる。この笑みを見ると、何となく幸せになれるのだが、先ほどの本当に嬉しそうな笑顔は少しドキッとするほどきれいだった。


 ニコレットが本当に喜び、あの笑みを浮かべてくれるのならば、悪くないかもしれないな、と思った。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


実は、この作品と交互更新をしている『ガリア継承戦争の裏事情』に出てくる王太子(と王)も『ニコラス』なんですよね。全然かかわりはないですが。

ニコラスと言えば、サンタクロースはセント・ニコラスのことらしいですね。詳しくは知らないですけど。


次は明後日(12月16日)に更新します。

日本海側の皆さん、天気が悪いようなので、気を付けてくださいね。

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