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皇帝と皇妃と宰相と(6)

なんだか小話みたいな感じになりました……本編だけど、本編じゃない、みたいな。本編ですけど。

最初と最後はヴォルフガング視点ですが、間はニコレット視点です。


それと、私が確認した時点で、この作品のブックマーク登録数が600件を超えていました……す、すごい……。おとといは500件超えました~っていう報告をした気がするのに……。

みなさん、登録してくださってありがとうございます! 読んでくださってありがとうございます! ほんとに!








 ヴォルフガングが目を開くと、真っ先に目に入ったのは本を読むニコレットの顔だった。ヴォルフガングが目覚めたことに気が付いたニコレットが、本をテーブルに置いて微笑む。



「おはよう、陛下」



 ニコレットが覗き込んでくる。何故か、ヴォルフガングはニコレットの膝枕で寝ていた。起き上がって状況を確認してみるが、ここは皇帝の執務室だ。ヴォルフガングは執務室にあるソファで眠っていたようである。

 テーブルには菓子類。と言うことは、執務室にやってきたニコレットをもてなそうとしたのだろう。とりあえず、ニコレットには甘いものを出しておけば大丈夫、と言う風潮が広がりつつある。


 ヴォルフガングはもう一度ニコレットの膝に頭を乗せ、下から彼女を見上げた。


「何故お前がここにいるんだ?」

「え、そこから?」


 ニコレットが少し驚いた表情で首を傾げた。彼女は「ええっとぉ」と間延びした口調で話しはじめた。


「話は私が宰相様に声をかけられたところまでさかのぼります」

「随分さかのぼるな。続けろ」

「はーい」


 何となく話が戻りすぎのような気がしたが、とりあえずニコレットの話を聞くことにした。















 ニコレットがハインツェル帝国に来てから約2週間。最近の彼女の日課として、ハインツェル宮殿の散策がある。修道院育ちのニコレットが見たこともない高級品などが無造作に飾られているので興味深いのである。

 その日も、ニコレットはお供にヘルマとマルクスを連れて(マリーアはお留守番)エントランスに飾られている柱時計を観察していた。ニコレットの背丈より大きなその柱時計は、デザインも見事であるが、何よりニコレットの興味を引いたのはその古さだった。作られてから1世紀は経っていると思うのだが、しっかりした作りである。


「……解体しちゃダメかしら」

「皇妃様。それはさすがに」


 マルクスがさすがに止めようと声をかけた。そこに別の声がかかる。


「それは歴史ある柱時計ですからね。壊れたら修理していただきたいのですが」


 ニコレットは振り返ると、その人物にニコリと微笑む。

「できなくはないけど、元に戻るかは微妙なところね。改良を加えちゃうかも」

「や、さっきも言いましたけどそれは伝統あるものなんですから、原型は留めてください」

 原型をとどめていれば、中身は違っていてもいいのだろうか。心の中でそう思いつつ、ニコレットは改めてその人物に向かって挨拶をした。


「こんにちは、フォーゲル様。ご機嫌麗しく」

「ええ。皇妃様も、ご機嫌なようで」

「おかげさまで、帝国での暮らしは楽しいわ」

「それはようございました」


 そう言って彼は優しげに微笑んだが、切れ者の印象が強いので、どちらかと言うと腹に一物抱えているような笑みになっている。

 ハインツェル帝国の宰相であるハインツ・フォン・フォーゲル公爵はハインツェル皇帝ヴォルフガングが兄とも慕う相手である。年は30代半ばくらいだろうか。彼は、ニコレットが行っている研究の内容をいち早く理解してくれた相手でもある。


 ニコレットはかなり知識が偏っているが、頭はいい。フォーゲル公も同じく頭がいい。しかし、2人の頭の良さを比べると差が出てくる。ニコレットは変人科学者、フォーゲル公は切れ者宰相、というくらいに。


 まあそれはともかくだ。ニコレットは小首を傾げてフォーゲル公を見上げた。

「何か用かしら?」

「ええ……よろしければ、一緒にお茶などいかがでしょうか。皇帝陛下の執務室で」

「……?」

 さすがに訳が分からなくて、ニコレットは笑顔のまま首を反対にかしげた。ヴォルフガングがニコレットの話を聞いているときはこんな感じなのだろうか。


「陛下の機嫌がよろしくないのですよ。皇妃様の姿を見れば幸せになれると聞いたので、いかがかと」

「……何それ」


 初耳である。嫁いで来て2週間のニコレットに、なぜそのような噂が……。正確には、『ニコレットが食べているのを見ると、何となく幸せな気持ちになれる』なのだが、フォーゲル公が端折ったため、なんだかニコレットが聖像のような扱いになっているように聞こえる。

 そのフォーゲル公はニコレットをどうやって誘ったものかと思案している。


「そうですねぇ……。陛下の執務室はこの宮殿が作られてからほとんど手が加えられていないんです。ですから、初期エグナー調のデザインがほぼそのまま残っているのですが」

「行きます」


 ニコレットは即答した。


「皇妃様……」

「ちょっとちょろすぎです……」


 ヘルマとマルクスが呆れた口調でツッコミを入れたが、好奇心に突き動かされた状態のニコレットを止めることはすでにあきらめているようで、止めはしなかった。

 そんなわけで、ニコレットはちょっと楽しみにしながら皇帝の執務室を訪れた。もちろん、政務の邪魔をする気はなく(政務に関してはニコレットは専門外である)、ほとんど手を加えられていないと言う初期エグナー調のデザインを見ようと思っていただけだった。


 果たして……突然皇妃の来訪を受けたヴォルフガングは、本当に機嫌が悪かった。


「何をしに来た」


 だが、ニコレットはめげなかった。こういうところがヴォルフガングに『能天気』と言われるのだが、無駄に強いメンタルで彼女は微笑んだ。


「うん。陛下の執務室の建築様式を見に来た」


 ハインツェル宮殿ができてから既に300年近くが経つ。歴史的建造物であるこの宮殿は、ニコレットの好奇心を刺激していた。もちろん、皇妃の部屋の観察はもうすでに終わっている。


 このななめ上の回答に、機嫌の悪いヴォルフガングは「はあ?」と首をかしげた。と言うか、別に機嫌が悪くなくてもこういう反応になるだろう。


「あ、私は邪魔をしないから、どうぞお仕事を続けて」


 変わらず微笑むニコレットに毒気を抜かれたらしいヴォルフガングは、過去の資料との照合を行っていたアルベルトに「休憩する」と宣言した。アルベルトが明らかにほっとした表情になった。


 ヘルマとマルクスが用意したお茶とお茶菓子がテーブルに置かれる。何故か、ニコレットはヴォルフガングとフォーゲル公とともにテーブルを囲むソファに座っていた。ニコレットとヴォルフガングは隣同士である。

 ミルクを入れた甘いお茶を飲み、ニコレットは頬を緩ませる。上にドライフルーツが乗ったクッキーもおいしい。でも、このアンティークのティーカップも気になる。持ち手の部分の繊細な細工をなで、ニコレットは目を細めた。


「これは、確かに皇妃様を見ていると幸せになれるかもしれませんね」

「? 何言ってるの、フォーゲル様」


 ニコレットはティーカップを手に持ったまま尋ねた。フォーゲル公は「何でもありませんよ」と微笑む。でもやっぱり腹に一物抱えていそうである……。

「いえ、なんでもないですよ。何を見ていたんですか?」

「このティーカップ。いいものよねぇ」

「そうですね。代々皇帝陛下に受け継がれている食器ですから」

「どうやってできてるのかなぁ……見た感じ、東洋の陶器にも近い気がするんだけど……」

 ニコレットは聞き手がいるのでそんな話をし続けた。















「……途中までは覚えがあるな」

「そりゃあね。途中から陛下、寝てたもん」

「疲れている上に、わけのわからん話をされれば眠くもなる」

「働き過ぎはやめた方がいいよ。私も3日ほど徹夜したことあるけど、最終的に寝不足とストレスと空腹で倒れたわ」

「何をしているんだ、お前は……」


 ニコレットから説明を受けたヴォルフガングは、相変わらずニコレットの膝の上に頭を乗せていた。ニコレットがここに来た理由はわかったが、何故ヴォルフガングがこの体勢で寝ていたのかは不明のままだ。その辺を尋ねると、


「フォーゲル様が『どうせなら膝枕をしてみればどうですか』って。どうせならって、どういう意味だろう」

「……あいつか」


 あの腹黒め、とヴォルフガングは心の中で吐き捨てておく。恐ろしくて面と向かっては言えないが。彼はすっかりニコレットを手なずけている気がする。ちなみに、彼は妻子持ちで、ニコレットの侍女であるマリーアは彼の姪だ。


「なんだかハインツの掌の上で転がされているような気がする……」

「そう? まあ、時にはいいんじゃないの? 人間、休憩も必要だよー」


 ニコレットはのんきにそんなことをのたまった。彼女と話していると、自分の悩みなどどうでもよいような気がしてくるから不思議だ。

「……お前、悩みなどなさそうだな」

「失礼な。そんなことないよ。あの時計解体したい! でも、そんなことしちゃだめだ! ああ、どうしよう! くらいは毎日思ってるわよ」

「それは悩みと違う気がするが……」

 そうかな、とニコレットは笑った。つられて、ヴォルフガングも笑うが、何となく、彼女の笑みに違和感を覚えてヴォルフガングは手を伸ばし、ニコレットの頬に触れた。彼女は嫌がらない。



「……ニコレット、太ったか?」

「……陛下。さすがに私もそれは怒るわよ! ちょっと気にしてたのに!」



 気にしていた、と言うことは、本当に太ったのか……。彼女の笑顔に違和感を覚えたのは、彼女が少しふっくらしたせいのようだ。

 しかし、彼女が『太った』というのは少々語弊があるかもしれない。ニコレットはもともとやせすぎであり、今でもまだ標準体型よりは細いくらいだ。そのため、『標準体形に近づいた』と言う方が正しいかもしれない。


「いいもん。ちゃんと痩せてみせるもの」


 ニコレットはそう宣言したが、ヴォルフガングは心の中で、それは難しいだろうな、と考えていた。どう考えても、彼女が修道院で食べていた食事よりも、この宮殿で出てくる食事は太る要素が多いからだ。

 そう思ったが、ニコレットがすねたのでそうは言わず、ヴォルフガングは起き上がるとニコレットの顔を覗き込んだ。

「言い方が悪かった。お前はもともとやせ過ぎだからな。今でも普通より細いくらいだぞ」

「でも太ったのは事実だもん」

「いや、それは俺の言い方が悪かった……前よりきれいになったと思っただけだ。気にする必要はない」

「何それ」

 すねるニコレットの髪を優しくなでてやる。何となく、ニコレットのすね方は子供っぽい気がした。


「開発は苦手だけど、いつか体重測定器を作ってやるわ」

「何を言っているんだ、お前は……」


 すぐに思考が研究方面に向かうニコレットに呆れた。しかし、落ち込んでもすねても、すぐに復活する彼女だからこそ、こうして気軽に会話できるのだと思う。

 ヴォルフガングはソファの背もたれに寄りかかってため息をつくと、こっそりこちらを見ている彼らに向かって言った。


「いつまでそうしている気だ。隠れられてないぞ」


 明らかに隣室へ通じるドアからはみ出ているフォーゲル公ハインツは潔く執務室に入ってきていった。

「いや、邪魔しちゃ悪いと思いましてね」

「仕事も溜まってますけどね」

 後から出てきたアルベルトがため息をつきながら言った。彼に言われてヴォルフガングが執務机の方を見ると、なるほど。確かに積み上げられた書類の高さが増している気がする。

「私も手伝おっか」

「手伝わんでいい」

 にこにことニコレットが主張したが、ヴォルフガングは即断る。ニコレットにやらせると、彼女の興味が別の所に向くたびに軌道修正しなければならない気がした。


 人がひるむほどの即否定だったが、ニコレットは「だよねぇ」と初めから返答をわかっていた様子だ。


「じゃあ、これ借りて行っていい?」


 とニコレットがヴォルフガングに見せてきたのは、彼女が先ほどまで読んでいた本だ。なんと、彼女は『帝国全法』を読んでいた。その名の通り、ハインツェル帝国の法律のすべてが記載されている全7巻から成り立つ法律書である。

「……それ、読んで楽しいか?」

「別に楽しくはないけど、帝国に来たからには、帝国のことは知っておきたいし」

 ニコッと微笑むニコレットに、思わずジーンときた。彼女は嫁ぎ先のこの国の事情に合わせようと言うのだ。ちょっと嬉しかった。

「皇妃様。暗記出来ましたらお教えください。役に立つかもしれません」

「全部は無理だと思うわ」

 ハインツの無茶ぶりに、ニコレットは変わらず笑顔で答えた。後で聞いてみたのだが、さすがのニコレットも全法律を網羅することはできなかったようである。しかし、外交関連の法律はすべて覚えていて、彼女の潜在能力は確実に自分を上回っている、と感じたヴォルフガングであった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


何となく、ヴォルフガングがかわいそうな気がしてきた……。

何度か「エグナー調」という言葉が出ていていますが、これは「バロック調」とかと同じ感じです。


いつも通り、次の更新は明後日(12月14日)になります。

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