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皇帝ヴォルフガングの中の化学反応(5)

サブタイトル詐称かもしれません。化学反応、起こってるか?


ブックマーク登録が500件を超えました……。連載開始から1週間くらいでこんなに登録していただけるとは!(感涙に打ち震える)

みなさん、ほんっとうにありがとうございます!





 1週間も経てば、ニコレットはハインツェル帝国の宮殿になじんでいた。ニコレットが変人であることは否定できないが、とにかく彼女は明るい。何を言われてもひるまない。そして、とてもおいしそうに物を食べるので、侍女や侍従たちからの評価も高かった。しかも、彼女は手がかからないし、わがままもほとんど言わない。


 だが、彼女は早速やらかしてくれた。ヴォルフガングが駆けつけると、ニコレットは図書館の掃除をしていた。彼女はいつも通りヴォルフガングに向かって微笑んだ。


「あ、陛下」


 能天気そうなその表情に、ヴォルフガングは軽くめまいを覚えた。


「……お前、何をやったんだ」

「ちょっと科学実験をしようと思ったんだけど、失敗しちゃって……ごめんなさい」


 ぺこりとニコレットが頭を下げる。一応、悪いことをしたという自覚はあるらしい。それはそうか。


 読書用の机は真っ黒。周囲にも煤が飛び、ニコレット自身のドレスも黒くなっていた。机の上にはガラスの破片が突き刺さり、かなり悲惨な状況である。ヘルマと司書のブラームスはあきれ顔だが、マルクスは何故か楽しげに笑っている。


「何をしたらそうなるんだ……」

「えっとね。化学反応について気になることがあったから試してみようと思ったんだけど、分量が間違ったみたいで」

「ああ、もういい。何を言っているかわからん」

 本当に言っていることが意味不明だったのでニコレットの言葉を遮ったのだが、話をさえぎられたニコレットはしょぼんとした。心なしか、いつもふんわりしている髪の毛もペタンとしている気がする。耳としっぽがあったら、確実に垂れていた。


「……ニコレット、怪我はないか?」

「え、うん。本とかも無事」

「お前に怪我がないか聞いている」

「えと。ない、けど」


 戸惑い気味に目をしばたたかせるニコレットを見て、ヴォルフガングはため息をついた。彼女の頭から頬にかけて、髪をなでてやる。


「ならいい。次からは爆発するような実験は、俺に言ってから外でしろ」

「わかった。……と言うか、実験は止めないの?」

「知らないうちにやられるよりはましだ……」


 ヴォルフガングはもう一度ため息をつく。知らないうちに宮殿の一部が爆破されてました、とかになったらシャレにならん。

 だが、とヴォルフガングはニコレットを睨んだ。


「あまりにも危険だと判断したら、止めるからな」


 たぶん、ヴォルフガングにはニコレットの実験の危険性が判断できないだろう。だから、実際に判断するのは宰相や学者たちになる。

「わかったわ。まあ、修道院でも爆破実験は許可制だったし……」

「待て。修道院で許可制だったものを、何故俺の許可なしにやろうとする」

「だって、止められると思ったんだもの」

「だからと言って、室内でやるか、普通!?」

 火を使う作業を建物の中でやるときは気を付けなければならない。火が一気に燃え広がってしまう可能性があるからだ。


 少々ツッコミの口調がきつすぎたのか、ニコレットは再びしょぼんとした。まあ、ここでニコニコされては反省していない証拠になるので、これくらいの方がいいのかもしれない。

 ヴォルフガングはニコレットの肩を抱いて、少し押した。


「とりあえず、着替えてお茶にでもしよう」

「う、うん。あ、でも、掃除」

「私がやっておきますから、お気になさらずともよろしいですよ」


 ブラームスが微笑んでニコレットに言った。彼女はすでに図書館にもなじんでいるらしい。


「えっと、いいの?」


 肩越しに振り返ったニコレットに、ブラームスは「もちろん、構いませんよ」と優しく言った。

「まあ、次からは図書館で実験はしないで頂けると嬉しいですが」

「……ごめんなさい……」

 ニコレットの様子を見る限り、本気で反省しているようなのでよしとする。軽く彼女の肩をたたいたヴォルフガングは、ついでに言っておこうと思って口を開いた。


「アルベルト、マルクス、ヘルマ。ニヤニヤするな」


 特に最初から最後までにやついていたマルクス。そんな生暖かい視線をこちらに送るな。













 黒く煤けてしまったドレスを着替えたニコレットが部屋に戻ってきたところで、最近では恒例となっているお茶会となった。非常に今更であるが、この部屋は皇妃の私室である。奥に行けば皇帝の部屋ともつながっている寝室があるが、ヴォルフガングは仮眠室を使うことが多い。

 相変わらず幸せそうにケーキを食べているニコレットを見て、機嫌が戻ったな、とほっとする。と同時に、少し疑問が生まれた。


「ニコレット」

「何? あと、ニコラとかニコルって呼んでくれてもいいよ」

「それはまた今度だ……お前、いったい、修道院で何の研究をしていたんだ?」


 ニコレットは、幽閉されていた修道院で母親と研究をしていたと言っていた。彼女は一体何の研究をしていたのだろうか。

 ニコレットはお茶を一口飲むと、ゆっくりと口を開いた。

「えっと。暇だったから結構いろいろしたわ。植物の交配とか、天体観測とか。歴史研究もしたし。私は自然科学系の研究をすることが多かったわね。物理学とか、化学とか」

「化学は何となくわかるが、物理?」

「簡単に言うと、世界の法則についての研究ね。例えば、何故私たちが大地の上に立っていられるか、だけど……」

「いや、説明されてもわからんからいい」

「ええ~。そう?」

 再び解説を遮られ、ニコレットはがっかりした様子を見せた。だが、本気で彼女が何を言っているのかわからないのである。理解するには、本当に一から説明してもらわなければならない。


「それも、時間があるときに詳しく解説してもらわないと理解できないからな……それより、先ほどの実験で爆破未遂が起きたということは、お前、火薬に関する知識があるのか?」

「んー。どっちかっていうと、それは母の専門分野ね。母は銃の改良者だったから」


 さらりと発せられた言葉に、ヴォルフガングはお茶を噴くところだった。何とか飲み込んだが、気管に入ってむせた。向かい側に座っていたニコレットがヴォルフガングの隣に座り、「大丈夫?」と心配そうにしながら背中をさすった。


「いや、大丈夫だ。……そうか。お前の母親は銃の改良者なのか……」

「そうなの。狙撃型の銃を開発したのは私の母よ」


 ニコッと笑ってニコレットは言った。世界の法則などと言われてもわからないヴォルフガングであるが、それでも、軍事関連の話しなら何となくわかる。


 狙撃型の銃はここ10年ほどで普及してきたものである。射程は従来の銃の2倍以上で、貫通力に優れる。しかし、連射が難しく扱いも難しいため、導入している軍は少ない。ヴォルフガングも試験的に十挺ほど導入したが、扱える者は今のところいない。



 というか。



「修道院でなんでそんな研究をしているんだ……」

「暇なのよ、修道院って」

「その割にはなじんでいたようだがな」

「まあ、生まれた時からいたもの」


 ニコレットはそう言って笑うと、立ち上がって元の席に戻ろうとする。しかし、ヴォルフガングは彼女の肩に手を置いて立ち上がるのを止めた。

 おとなしくヴォルフガングの隣に収まり直したニコレットは、キョトンとした顔でヴォルフガングを見上げてくる。その無邪気そうな表情に、ヴォルフガングはぐっと何かをこらえて、それから彼女の口の中に焼き菓子を放り込んだ。眼を見開いたニコレットであるが、彼女はぶれなかった。幸せそうにもぐもぐとし、菓子を飲み込む。


「お前も銃の改良はできるのか?」

「できるよー。あ、今度帝国軍の訓練を見せてくれたらうれしいなぁ」


 ヘルマから新しいティーカップを受け取りつつ、ニコレットはそう言って微笑んだ。新しいお茶をくれたヘルマに、ニコレットが礼を言う。少し変わっているが、ニコレットは礼儀正しくもあるため、使用人受けがいいのだろう。


「……軍の訓練なんて、見てどうする」


 ヴォルフガングはニコレットに帝国軍の銃を見てもらうつもりはあったが、訓練を見せるつもりはなかった。と言うか、そんなものを見てどうするのか。

「興味があるだけよ。ついでに射撃がどんなものかも見たいし」

「軍隊に関する知識があるのか?」

 ここでうなずかれても、もうヴォルフガングは驚かなかったと思うが、ニコレットは首を左右に振った。


「いいえ。兵法書は読んだことがあるけど。ただの好奇心よ」


 拳で自分の胸元をたたき、ニコレットは言った。好奇心。研究者をしているニコレットは好奇心が強いとは思っていたが、自分で言うほど強いとは思わなかった。

「……まあ、そのうち連れて行ってやるが、勝手に行くなよ」

「わかってるわ。了解」

 相変わらずニコニコしているニコレットに、一抹の不安を感じるヴォルフガングである。本気で監視をつけていないと、彼女は何をするかわからない。最も、何をするにしても、危険だ、と判断すればマルクスが全力で止めるだろう……たぶん。


 何故ヴォルフガングのまわりには不安を与えるものしかないのだろうか。













「いや、微笑ましかったですね。いえ、皇妃様はいつでも微笑ましいですが、陛下も」

「黙れアルベルト。斬るぞ」


 ヴォルフガングの斜め後ろをついてくる側近のアルベルトを睨み付けると、彼は「おお、怖い」と肩をすくめた。絶対に怖がってはいない。ヴォルフガングの幼馴染でもある彼は、長い付き合いゆえに主君の性格をちゃんと把握していた。

「でもまあ、陛下があれだけ独占欲を発揮する相手は初めてじゃないですか?」

「……」

「ほら、否定しない」

「うるさい」

 本気で一発殴ってやろうかと思いつつ、ヴォルフガングはニコレットを思い出していた。


 いつでもにこにこ笑っている。感情表現が豊かで、ちょっとしたことではめげない。初めから、残虐皇帝と言われるヴォルフガングを恐れない態度で接してきたのも彼女が初めてだ。単純に世間知らずだと言う可能性もあるが、使用人たちに対する態度も見るに、あれが彼女の素なのだと思う。

 彼女と話していると、いつの間にか彼女のペースに巻き込まれている。専門的な話をされるとまったく意味不明だが、基本的に彼女は話し上手だ。


 幸せそうに菓子をほおばり、おいしそうに食事をする。そんなニコレットの姿を見ていると、ヴォルフガングも何となく幸せになれる。好奇心が強すぎて危なっかしいところもあるが、それも含めて好ましい、と、思う。


 隣に座る彼女に見上げられたとき、思わず手を出しそうになった。そのうち、そう言う知識があるのかも確認しておきたいところである。


 アルベルトやマルクス、果ては兄と慕う宰相にも、「顔がゆるんでいる」と言われるようになったヴォルフガングである。なぜなら、うっかりニコレットを思い出すと、勝手に頬が緩むのだ。あの娘の能天気さが移ったのだろうか……。


 たぶん、違う理由なのだろう。でも、自覚したら止まらなくなりそうなので、とりあえず置いておくことにした。


「陛下」


 アルベルトに呼ばれ、「なんだ」とうわの空で返事をする。すると、こんな言葉が飛んできた。


「行きすぎです」


 振り返ると、執務室の入り口を通り過ぎていた。アルベルトには「浮かれすぎ」と言われたが、断じて違うと言っておく。








ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


ニコレットの化学反応実験にかけてこのサブタイトルなのですが、化学反応、起こってるのかなぁ……。

でも、ヴォルフガングはちょっと浮かれてますね。


そろそろする意味あるのかと思いつつも、次回の更新は明後日(12月12日)です、とお知らせしておきます。


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