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皇妃ニコレットの華麗なる1日・後編(3)

後編もひたすらニコレットが食べています。そして、潔いまでにヴォルフガングが出てきません。


ブックマーク登録件数が、ついに300件を突破しました。すごいっ!みなさん、ありがとうございます!




 修道院育ちのニコレットは、ダンスは基本ステップをいくらか教わったことがあるにすぎない。不安な点ばかりだった。案の定、レッスンを始めると、ニコレットはアイスラーの足を何度も踏んでしまった。

「ご、ごめんなさい……」

「いえ……ダンスは初めてだとお伺いしていたのですが、よく踊れていると思います。筋は悪くありませんね」

「そ、それは……安心です」

 ものすごく練習すればうまくなるだろう、ということだ。でも、どうにもならない、と言われたらショックで泣いていたかもしれない……。



 レッスンを終えて昼食の時間になる。昼食もニコレットが見たことがないほど豪勢だった。やはり、パンはバスケットいっぱいに、さまざまな種類のものが入っている。それにコンソメスープに小さく切った肉を焼いたもの。まとまった肉を食べるのが初めてであるニコレットは、ドキドキしながらフォークに刺した肉をほおばった。


「! おいしい……!」


 思わず顔がゆるむ。自分でもとろけそうなほど顔がゆるんでいる自覚はあった。このわずかな歯ごたえと、かんだ時にあふれ出る肉汁がたまらない。

 しかし、朝食の時と同じく、あまり食べ過ぎないように注意する。修道院育ちにニコレットは、どうしてもたくさんの量を食べられない上に、初めて食べる塊肉の存在に、胃袋がショックを起こす可能性があるからだ。


 結果、食べ残した料理たちを名残惜しく思っていると、ヘルマとマルクスが微笑ましそうにニコレットを見ていることに気が付いた。ヘルマは朝食の時も似たような目でニコレットを見ていた。


「皇妃様。我が国の食べ物はお気に召していただけましたか?」

「ええ! とってもおいしいわ」


 マルクスにニコリと笑いかけると、彼もニコレットに笑みを返した。

「本日は、午後からの予定が入っておりません。どこか行きたいところはございますか?」

 午前中のダンスのレッスンは、ニコレットがうまくなるまで続くが、午後は何かの勉強があったり、公務に出かけたりなどがない限りは予定は未定の場合が多いらしい。

 少し考え込んだニコレットは、マルクスを見上げると言った。


「図書館に行きたいわ」

「わかりました」

「え、いいの?」

「陛下より、特に害がない限り、皇妃様の好きにさせるように言われておりますので」

「へえ。次に会ったら、陛下にお礼を言っておくわ」


 とりあえず、今は心の中でヴォルフガングに礼を言っておく。彼が理解のある人で良かった。部屋の中でおとなしくしていろと言われたらどうしようかと思っていた。

「さようですか。時に、皇妃様」

「何?」

「ハインツェル語の読み書きはお出来になられますか? この宮殿の書物のほとんどは、ハインツェル語ですので」

「……」

 ニコレットは笑顔でマルクスを見上げた。それは愚問である。


「大丈夫。ハインツェル語どころか、ダリモア語や古代語の読み書き発音もできるわよ」

「さ、さようですか」


 マルクスが引きつった笑みを浮かべながらうなずいた。


 ニコレットの出身国であるロワリエ王国と、このハインツェル帝国では使われている言語が違う。ロワリエではロワリエ語、帝国ではハインツェル語だ。ハインツェル語は帝国語と呼ばれることもある。

 元は同じ古代語であるとはいえ、かなり単語の綴りや文法、発音が違う。ニコレットは、今のところ言語に対して不自由を感じたことがない。今のニコレットも、母国語がロワリエ語であるとは思えないほどきれいな発音でハインツェル語を話している。

 修道院で研究員に近い働きをしていたニコレットは、どうしても古代語や多国語の知識が必要だったのだ。そのため、必死に覚えた。辞書を引きながら、時には、その言語を読み書きできる修道女たちに聞きながら、覚えていった。

 幸い、ニコレットの学習能力は高かったらしく、今では大概の言語を不自由なく操ることができる域にまで達していた。

 また、修道院では写本なども行っている。翻訳をおこなうのも修道院であることが多い。そのため、修道女たちは言語の知識が豊富だった。これも幸いしたのかもしれない。


 と言うわけで、言語に何の不安もないニコレットは、帝国宮殿の広大な図書館を見て歓声を上げた。



「おおおおおッ!」



 一面本棚だった。中央が吹き抜けの3階層。どの階も、天井まで本で埋まっている。ニコレットは思わずにまっと笑った。

「全部読めるかなぁ」

「って、この量をすべて読む気ですか!?」

 マルクスからツッコミが入った。読めるかなぁ、と言ったが、たぶん、生きている間にこの図書館にある本をすべて読むのは不可能だ。

 取り乱したマルクスは、こほん、と咳払いすると図書館の管理人らしき男性を紹介してくれた。

「司書のブラームスです。これから図書館を使用するときに声をかけるようにしてください」

「初めまして、皇妃様。司書のブラームスと申します」

 年は50歳前後くらいだろうか。眼尻に少ししわのある、優しげな男性である。ニコレットもにこりと微笑んだ。

「初めまして。ニコレット・ド・ロワリエです」

 図書館へ行く道も覚えたし、これからお世話になると思う。ニコレットは図書館通いする気満々だった。


 早速図書館内を案内してもらう。きょろきょろと視線をさまよわせるニコレットに、ブラームスは微笑みながら尋ねた。


「何か読みたいものはございますか?」

「うーん。ハインツェル帝国について確認しておこうかしら……歴史書とか、あるの?」

「ございますよ。そうですね、こちらは読みやすいと思いますよ」


 2冊の本を渡されたが、中を見ると帝国史と現代帝国社会に関する本だった。ニコレットは「むう」と唇を突き出した。

「歴史の本で、もう少し詳しいものはある? できれば全五巻くらいで、通史でいいんだけど……」

「……皇妃様が読むのですよね?」

 確認するようにブラームスが尋ねた。ニコレットはうなずく。

「もちろんよ。あ、大丈夫。ハインツェル語の読み書きはできるもの」

「そうですか……では、こちらなどがよろしいかもしれませんね」

 とブラームスはあっけにとられながらニコレットに専門書のような厚さの帝国史の本を渡した。中を見たニコレットは微笑む。


「じゃあ、これを借りて行ってもいいかしら?」


 結局、ニコレットは帝国史全6巻分を借りて行った。


 部屋に戻ったニコレットは、窓辺のロッキングチェアに座り、ひたすら本を読んでいた。現代帝国社会の本はすでに読み終わり、帝国史第1巻を読んでいた。

 さすがのニコレットも、この手の専門書を読むのには時間がかかった。何しろ、問題なく読み書き会話ができるとはいえ、ハインツェル語はニコレットにとって他国語なのだ。読むのに時間がかかる。


「……あの、皇妃様」


 小さな声で呼びかけられ、ニコレットは顔を上げた。さんざん『皇妃様』と呼ばれ続けているため、そろそろ慣れてきた。

 ニコレットを呼んだのはマリーアだった。彼女も図書館までついてきていたのだが、静かすぎて本当についてきているのか少し不安になるくらいだった。

「どうしたの、マリーア」

 できるだけ優しく尋ねると、マリーアは声を震わせながら言った。

「お、お茶の用意ができました」

「お茶?」

 ニコレットが首をかしげる。ヘルマがいるテーブルのあたりを見ると、なるほど。お茶の用意がされていた。時間を見ると、午後の3時ごろ。少し休憩しましょう、と言うことらしい。

「わかったわ」

 ニコレットは立ち上がると、読んでいた本をサイドテーブルに置き、お茶が置かれたテーブルとセットのソファに座った。


「どうぞ。何がお好きかわかりませんでしたので、お茶の方は飲みやすいものをご用意いたしました。茶菓子の方も各種揃えておきましたので」


 ヘルマがニコリと笑ったが、ニコレットは彼女とマリーア、それにマルクスの顔を見た。

「どうかなさいましたか?」

 ヘルマが首をかしげる。ニコレットは口を開いた。

「実は朝食と昼食の時も思ってたんだけど、私、1人で食べるの? お茶も?」

 ヘルマにとって、ニコレットのこの疑問は予想したものの斜め上だったようだ。少しぽかん、としたような表情になった。それから微笑む。

「私どもは皇妃様の世話をする人間ですので。食事を共にすることはできません」

「じゃあ、一緒にお茶もダメなの?」

 修道院ではいつも隣に誰か座っていた。食事も大人数でとったし、休憩時間にはいつも誰かとおしゃべりをしていた。


 だから、1人と言うのには違和感がある……というか、はっきり言ってさみしい。


 そんなニコレットの思いが通じたのかはわからないが、ヘルマはため息をついて「わかりました」と言った。

「お茶はご一緒いたします。マリーアもいらっしゃい。マルクス殿も、せっかくですから」

「は、はいっ」

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 マリーアは緊張気味に上ずった声で返事をし、マルクスはどこか面白そうな表情でソファに開いているところに座った。ニコレットは3人を見て満足げな笑みを浮かべる。


「みんな、ありがとう」


 そのことばに、ヘルマたちも少し顔をほころばせた。


 そのお茶は初めて口にするものだった。少し柑橘系の匂いがする。それに、砂糖を入れているわけではないのに、わずかに甘い、赤褐色のお茶だ。お茶と言えば茶色くて渋いもの、と思っていたニコレットの固定概念を根本から覆された感じがした。


 そして、何よりお茶菓子である。各種取り揃えた、と言うだけあり、様々な種類の菓子が並んでいたが、残念ながら、ニコレットにはビスケットやクッキー、マドレーヌくらいしかわからない。

 修道院でも菓子を作ることはできたが、たいていは祭事に販売、配布するためのもので、自分たちが食べることはあまりなかった。

 よくわからなかったので、適当に選んだフルーツがたくさんのったケーキのようなものをヘルマに取り分けてもらった。

 それをさらにフォークで一口大に切り、ニコレットはほおばった。少しすっぱいフルーツと、甘いクリームが混ざってちょうどいい加減だ。


「本当に、何を食べてもおいしいねぇ」


 こんなおいしいものが食べられるなら、この国に来てよかったかもしれない。ニコレットは割と本気でそう思っていた。


「それはタルトですわ、皇妃様。こちらもいかがですか?」


 ヘルマが別のケーキを乗せた皿をニコレットの前に置く。白っぽいそのケーキは、食べるとケーキらしからぬ柔らかい食感だった。こちらも甘いが、ほどよい甘さ、といった感じだ。

「ケーゼクーヘン……まあ、レアチーズケーキですね」

「チーズ? チーズなの?」

 さすがにチーズは食べたことがあるが、こんな味だっただろうか? まあ、チーズにもさまざまな種類があるし、菓子に加工するまでに味が変わった可能性もあるので、これは追及しないことにした。


「私からはこれがお勧めです」


 そう言ってマルクスが差し出したのは、やたらとふっくらしたケーキだった。フォークをいれるが、なかなか切れない。見かねたヘルマがナイフで切り分けてくれた。ありがとう、ヘルマ。

 そのふんわりしたケーキは、口に入れるとほのかに甘く、しかも、口の中でとけた。

「すごいっ。何、これ!」

「シフォンケーキと言うんですよ。卵白を泡立てて焼いたケーキですね」

「へぇ」

 宮殿で出すケーキにしては素朴な味なような気がするが、卵白を大量に使うらしく、そんなに高くはないが、庶民が簡単に買える値段でもないらしい。

 ヘルマとマルクスからおすすめされたニコレットは、ちびちびとお茶を飲んでいるマリーアにも尋ねた。


「マリーアは、何かおすすめのお菓子はないの?」


 声をかけられたマリーアはびくっと震えると、震える手でクッキーなどが乗った皿を指さした。その中の色鮮やかな菓子を指さしていた。ニコレットはその中の白いものを取る。

「これ、見たことある気がするんだけど」

「それはロワリエから入ってきたものですからね。マカロンです」

「そうだ、マカロン!」

 マルクスに指摘されて思い出した。作ったことも食べたこともないが、見たことはある。色鮮やかなマカロンは目にも楽しい。いったい何を入れたらこんなに色鮮やかになるのだろう。今度調べてみようと思う。

 ニコレットはそれを口にして顔をほころばせた。口の中に甘さがいっぱいに広がる。


「これもおいしいわね」


 そう言って微笑みながらマリーアを見ると、彼女も少し微笑んでくれたような気がした。


 お茶をめいっぱい楽しんだニコレットだが、夕食もちゃんといただいた。礼によってあまり食べられないのだが、数度に分けて食べるようにすれば、いろいろ食べられることに気が付いたニコレットだった。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


英語とドイツ語が混在していますが、あまり気にしないでください……。

別にいらない知識ですが、実際の修道院でも写本は行われていました。中世までは手書きでしたので、修道院で作られた本は写本であっても高価だったんですね。

ですが、15世紀ごろになると活版印刷が普及し、今までは手書きだったため高価だった本が、一気に大量に生産できるようになり、本が安価になるんです。ちなみに、欧州初の活版印刷の本は聖書らしいです。

その他、修道院は翻訳作業や旅人に対する医療行為なども行っていたそうです。修道士、修道女たちが研究作業をしていたのも事実のようですね。メンデルの法則を発見したメンデルも修道士でしたし。

まあ、私の知識ですので、事実と多少異なるかもしれませんが。


次は明後日(12月8日)に更新します。次からはヴォルフガング視点に戻ります。

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