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皇妃ニコレットの華麗なる1日・前編(2)

そんなわけで、今日は『残虐皇帝と予言の王女』の投稿です。

今回はニコレット視点。ニコレットの回想と、彼女がひたすら食べている話です。(少々語弊)

ブックマーク登録件数がすでに100件を突破しております。みなさん、登録ありがとうございます!(平伏)




 ニコレット・ド・ロワリエは、生まれると同時に親殺しの予言を受け、父であるロワリエ王によって修道院に幽閉された……らしい。



 らしいというのは、ニコレット本人がその話を母親から聞いただけだからだ。彼女は物心つくころにはすでに女子修道院で暮らしていて、それを変だと思ったことはなかった。それが、彼女にとっての普通だったからだ。

 親殺しの子供を産んだとして、母も一緒に幽閉されていた。それが救いだったのかもしれない。あまり母親らしくはない母親だったとは思われる。近くに比較対象がいなかったのでよくわからないが、礼儀作法も、勉学も、予言のことも。すべて教えてくれたのは母だった。


 ニコレットはそんな母親を尊敬していたし、愛していた。


 一番近くにいた人だった。質素な暮らしだったが、修道院での暮らしは悪くなかったと思っている。制約も多いが、初めからそこで暮らしているニコレットには気にならなかった。

 変わっているが、愛してくれる母。厳しいが、自分の娘のようにニコレットをかわいがってくれた修道院長。時に嫌味も言ってくるが、困っていたら助けてくれる修道女たち。喧嘩もしたが、共に学び、笑った修道女見習いたち。


 初めに、ニコレットの側からいなくなったのは母だった。ニコレットが14歳の時に亡くなったのだ。修道院の人たちに、「絶対に死なないよね、あの人」、と言われていたが、流行病であっけなく亡くなってしまった。さすがのニコレットもこの時は人目をはばからずに泣いた。


 それからは、修道院長が母親代わりでもあった。他の修道女や修道女見習いたちと助け合いながら暮らしていたニコレットは、ある日、初めて父であるという人に会った。もちろん、ロワリエ王だ。


 ロワリエ王は、ニコレットの母である1人目の王妃を幽閉した後、2人目の王妃を娶っていた。かねてから愛人であった女性である。ニコレットの異母姉である第1王女は、この2人目の王妃が愛人である時代に生んだ子供らしい。


 女子修道院は男子禁制である。修道院に身を置きながら、正式に修道女ではなかったニコレットは、父親に会いにわざわざ修道院を出て、指定された近くの貴族の屋敷に向かった。


 そこで対面した父親は、19年間ほったらかしであった自分の娘を見て言った。



「……貧相な娘だな」



 基本的におしゃべり好きなニコレットであるが、この時はさすがに黙っていた。反論していいのかわからなかったのだ。反論していいのなら、言い負かす自信はあった。

 ロワリエ王は「まあいい。お前でいいだろう」とつぶやき、ニコレットに向かって命じた。


「ハインツェル帝国の皇帝に嫁げ」


 その一言で、ニコレットは帝国に来ることになったのである。もちろん、「修道院で育った王女が嫁いでいいのか」というようなことを尋ねたが、私の命令に逆らうのか、的なことを言われたのでおとなしく従うことにした。王の反感を買って、ニコレットが殺されるだけならまだしも、世話になった修道院に累が及ぶのは避けたかった。


 修道院長や修道女、修道女見習いたちに別れを惜しまれつつ、ニコレットはハインツェル帝国に向かって出立した。


 道中、マナーや知識などの確認を行われたが、ダンス以外はほぼ問題なし、との評価をもらった。判定してくれたのは、ハインツェル帝国まで同行した侍女たちである。母に礼儀作法も勉学も教わっていたし、修道院では暇なので勉強ばかりしていたニコレットは、無駄に頭がよかった。

 ダンスができないのは仕方がない。おそらく、母はできたと思うが、相手である男性がいないため、練習しようにもできなかったのだ。


 道中、同行してくれた侍女たちはおおむねニコレットに同情的だった。修道院では自分の身支度は自分で行っていたため、世話をされるのにはなれなかったが、嫁ぎ先では毎日世話をされると言われて、あきらめてなされるがままになっていた。


 見る人もいないのに、毎日ニコレットを着飾らせ、化粧をした。見る人もいないのにやる意味があったのかはなはだ謎ではあるが、このおかげで、ニコレットは華美な装いにも慣れたのでよしとしておく。修道院では、いつも動きやすいワンピース姿だったのだ。


 さらに、さりげなく話題をふれば、ニコレットのこの輿入れに関しても教えてくれた。女と言うのは、聞き役に回れば何でも話してくれるものだなぁ、と思った瞬間である。ニコレットが、自分の異母妹である第3王女アレクサンドリーヌのことを知ったのはこの時である。

 もちろん、存在としては知っていた。外界から閉ざされた修道院にいても、それなりに情報は入ってくるものである。


 アレクサンドリーヌはニコレットより3つ年下の16歳。花も恥じらう美少女なのだと言う。柔らかな金髪に抜けるような空色の瞳で、まるでお人形のようなかわいらしい外見をしているという。



 しかし、性格は最悪らしい。



 親であるロワリエ王と王妃が甘やかすため、我がまましほうだい。困ったことがあればすぐに親を頼り、気にくわない相手がいればいじめ倒す。


 アレクサンドリーヌが思いを寄せている貴公子がほかの令嬢に声をかけた時、ただ声をかけられただけなのに、そのご令嬢は顔に消えない傷を負わされたらしい。


 性格は傲慢不遜。使用人たちにもつらく当たり、使用人たちからの評価は、底辺を通り過ぎてマイナスの域にまで達するそうだ。会ったばかりであるニコレットの方が印象がいいと言うのだから、相当である。



 そして、ニコレットが皇帝に嫁ぐはめになったのもアレクサンドリーヌのせいだった。



 ハインツェル帝国の皇帝はヴォルフガングと言う。帝国は長らく周辺諸国と戦争をしていたのだが、そのすべての戦争を帝国勝利で終結させた猛者だ。以前娶っていた皇妃三人を斬殺したとの逸話があり、そのことから『残虐皇帝』と呼ばれている皇帝なのだ。アレクサンドリーヌはそんな恐ろしい相手に嫁ぎたいくない、と父王に訴えたのである。

 そもそも、ロワリエ王国が帝国に戦争で負け、人質としてロワリエ王国の王女を皇妃として差し出せ、と言われたのが2年前。その2年間、アレクサンドリーヌは駄々をこね続け、ロワリエ王は皇帝への返答を先延ばしにしていたということだ。これにはニコレットもあきれた。

 そして、何を思ったのかアレクサンドリーヌは身ごもった。腹の子の父親は王太子である兄(王太子も2人目の王妃の子)の側近だ。ロワリエ王国内での身分は高く、王女の降嫁先として申し分ないと考えたロワリエ王は、アレクサンドリーヌをこの側近に嫁がせることにした。


 となれば、皇帝に差し出す王女はどうするか。第1王女はすでに嫁いでいる。


 考えて、たどり着いた答えがニコレットなのだ。幽閉した第2王女。親殺しの予言を受けている彼女を遠ざければ、自分の危険は減ると思ったのだろう。残虐だと言う皇帝に殺されてもいいとすら考えただろう。

 こうして、だれにも期待されずにニコレットはハインツェル帝国皇帝に嫁いだ。皇帝が話しのわかる人でよかった、とニコレットは思っていた。

 

 ちなみに、帝国までついてきてくれた侍女たちはすべてロワリエ王国に帰らせた。彼女らはニコレットに同情的で、それなりによくはしてくれたが、『残虐皇帝』の治める国にいたくない、という思いが見え見えだったのだ。


 文字通り、ニコレットは身一つで帝国に嫁いだ。まあ、母国のものをすべて排除し、新しい生活を始めるのも悪くないかな、とニコレットはぼんやりと考えていた。



 目下の所、敵は残虐と言われた皇帝ではなく、ニコレットの身支度を手伝ってくれているこの侍女だ。一応名乗ってくれた。マリーアと言うらしい。



「……ねえ、マリーア」

 声をかけると、ニコレットより2・3歳年下に見えるこの侍女はびくりと体を震わせた。いいところ出のお嬢様だろうに、萎縮してしまっている。我がまま姫が来ると言われていたのだろうか。……アレクサンドリーヌだったらわがままほうだいだったかもしれない。

 しかし、ここにいるのはニコレットなのだ。

「な、何でしょうか、皇妃様。私に、何か至らない点でも……」

「あ、ううん。そうじゃなくて。そんなに怖がらないでほしいんだけど……」

「……」

「……」


 駄目だ。いくらニコレットがおしゃべりでも、こんなに相手が気弱では言いたいことが言えない。ここで、ニコレットの経験の浅さが出た。修道院で限られた相手としか接してこなかったニコレットは、こういう時どうしていいのかわからない。


「あのね、マリーア。私、わからないことばっかりだから、いろいろ教えてくれるとうれしいんだけど」

「わ、私でよろしければ、ご期待に沿えるよう、努力します……」


 なかなか色よい返事がもらえたが、声が消え入りそうだった。とりあえず、一気に関係改善は不可能だと思い、ニコレットは長期戦に入ることにした。

 身支度を整え、朝食を食べる。場合によっては、身支度を整える前に朝食をとるらしいが、今回は別段急いではいないので、先に身支度を終えた。

 ふんわりしたドレープの効いたドレスは慣れない。動きづらいし、機能性が悪い。ニコレットが今来ているドレスはオレンジのパゴダ袖のドレスなので、袖が微妙に邪魔である。


 朝食は1人だ。ヴォルフガングは、ニコレットが起きた時にはすでにいなかった。すでに政務に向かったそうだ。言伝として、午前中にダンスのレッスンがあることを聞いていた。


 何はともあれ、まずは朝食だ。大量のパンが入ったバスケットに、バターやジャム、チーズ。さらにハムや卵料理、サラダ、果物、スープ。飲み物はミルクと果実を絞ったジュースがあるらしい。



 ……まあ、たぶん、全部食べろってことではないでしょう。



 いくらなんでも1人で食べられる量を越えている。修道院育ちのニコレットには驚きの量である。

 とりあえず、神に祈りをささげ、パッと目についたパンを手に取った。少しちぎって口の中に入れる。


「! 柔らかい」


 基本的に修道院では黒パンしか出てこない。バターやジャムなどもぜいたく品なので、彼女にはそれらをつけて食べる習慣がなかった。

 最初に手に取ったパンを半分ほどたべると、サラダとハムも少し食べてみる。ハムは初めて食べたのだが、不思議な舌触りの不思議な味がした。今まで食べたことがなかったので、感想が言えないのである。

 修道院では完食が義務だったが、ここではそんなことはないだろう。でも、ちょっと遠慮して、もう一つだけ違うパンを食べてみようと思った。そこで、三日月形の小さなパンを手に取る。うん。これくらいなら食べられそう。


 少し手でちぎると、そのパンは外側がパリパリになっており、いくらか粉がこぼれた。かけらを口に入れると、ニコレットは目を見開いた。

「何これ! すごく不思議な触感がする……サクサクしてる! 初めて食べた!」

「初めてって……これは皇妃様の故国から入ってきた『クロワッサン』というものですが」

「あ、そうなんだ」

 ニコレットは答えてくれた30代後半ほどの女性に微笑む。彼女はニコレットのもう1人の侍女でヘルマだ。長身の厳格そうな女性であるが、ニコレットとしては気弱そうなマリーアよりは付き合いやすい。


「何食べてもおいしいねぇ」


 うっとりした表情で言うと、ヘルマは少し優しげな表情になった。ニコレットの様子が微笑ましかったのである。

 だが、いくらおいしくても、修道院で粗食を常としていたニコレットはそんなに食べられない。と言うか、おなか一杯になる前に、腹痛を警戒して食べるのをやめた。少しがっくりしているニコレットに、「いつでも食べられますから」とヘルマが微笑んだ。


 だが、朝食でこれなら昼食も楽しみである。少し食べ過ぎてしまったので、午前中の予定であるダンスのレッスンを頑張ることにした。


「初めまして、皇妃様。私はマルクス・ローマイアーと申します。皇妃様のスケジュール管理や身の回りのものの管理などを行わせていただきます。よろしくお願いします」

「あ、お願いします」


 相手がとてもきれいな角度でお辞儀をしたので、ニコレットも思わずぺこっとお辞儀をしてしまった。修道院では礼節に厳しかったためだ。マルクスはどう見ても年上だし、丁寧に接してくる相手には、丁寧な態度で返すべし、と言うのが母の教えである。

 お辞儀を返したニコレットを見て、マルクスはぷっと笑った。

「面白い方ですね。普通、従者に頭は下げないものです」

「あ、今のは反射なので、気にしないで」

 ニコレットは手をパタパタと振って言った。「さようですか」とマルクスは微笑む。茶髪に澄んだ茶色の瞳をしたマルクスはいかにも優しげな青年である。

「しかし、皇妃様は皇帝陛下以外には頭を下げなくとも良いのです。公の場ではこのようなふるまいはしないようにお気を付け下さい」

「わ、わかったわ」

 ニコレットは緊張気味にうなずいた。ハインツェル帝国の皇妃となった以上、皇帝の妃として恥ずかしくないふるまいをしなければならない。

「では、ダンスの先生を紹介します。アイスラー卿です」

「初めまして、皇妃様。アイスラーと申します」

 マルクスの隣にいた初老の男性がニコレットに深々と頭を下げた。背筋がピンと伸び、立ち姿が絵になる男性に頭を下げられ、ニコレットは再び軽く礼をした。


「初めまして。ニコレットです。至らない点ばかりだと思いますが、よろしくお願いします」







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


妙なところで切れているのは、本当は前編、後編でひとつだったものを、長すぎたのでふたつに分けたためです。すみません、変なところで終わってしまって……。


次の更新は明後日(12月6日)になります。




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