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予言の真偽(21)

再び短編のリメイク版。短編だと、このあたりで終了でしたが、連載版ではもうちょっと続きます。


ブックマーク登録数が850件を突破しました! 登録してくださった皆さん、読んで下さっているみなさん、本当にありがとうございます!









 ニコレットが嫁いで来て2年が経つ頃、ロワリエ国王を盟主とした連合国軍が動き出したとの報告があった。そのため、皇帝であるヴォルフガングは戦争を始める準備に忙しくなった。子供の面倒を見つつ、ニコレットも銃の整備に参加しているのを見て、呆れると同時に彼女らしいな、と思ったヴォルフガングである。


 彼女には言っていないのだが、ニコレットが改良を手伝った銃は、帝国軍の中でも評判が良かった。威力よりも命中率に重きを置いたのは彼女らしいが、そのおかげで銃部隊の攻撃力が上がっているのである。もちろん、実戦で投入するのは初めてだ。

 彼女は、銃にスコープなるものをつけた。原型は彼女の母ベアトリスがすでに作っていたらしいが、本当に銃に付けるのは初めての試みである。望遠鏡と同じ仕組みらしい。そう言えば、ニコレットは自分で望遠鏡を一から組み立てていた。

 やはり本人には言わなかったが、ニコレットの行動は確実に父であるロワリエ王を追い詰めている。本人はどう思っているにせよ、これで本当にロワリエが負けるとしたら、ニコレットに授けられた予言は正しかったことになるだろう。何しろ、彼女もロワリエ王国を滅ぼすのに手を貸すことになるのだから。















 出立の前々日。出立の前の日は時間がないと思ったので、ヴォルフガングはニコレットに会いに行った。


「あ、ヴォルフ様だ。お疲れ様~」


 いつもの暢気な口調で挨拶をしてきたニコレットは、フェルディナンドをあやしていた。ニコレットが「はい」とフェルディナンドを差し出してきたので、ヴォルフガングは慎重に抱き上げた。

「……前より大きくなっている気がするな」

 戦の準備が忙しいせいで、ここ2週間ほどはちゃんと子供の姿を見ていなかった。きゃっきゃっ、と楽しそうに小さな手を伸ばしてくるフェルディナンドは、ヴォルフガングの記憶よりも大きくなっている気がした。


「すくすくと成長中だよー。記録もちゃんとつけてるの」

「お前らしいな」


 ニコレットは、今度は子供の成長記録をつけているようだ。これは子供の成長具合を見るにもいいことなので、医者にも推奨されたらしい。彼女らしいと言えば、らしい。

 フェルディナンドをヘルマに渡し、ヴォルフガングはニコレットと並んでソファに腰かけた。

「俺とアルベルトはしばらく留守にするが、ハインツとマルクスは置いて行く。何かあったら彼らに言え」

「了解」

 ひとまず、ヴォルフガングの留守中の注意事項を告げた。念のため、爆破実験は禁じておく。初めて留守を預かると言うことで、注意事項を聞き終えたニコレットは緊張気味にうなずいた。


「わかった。それで、その、これ……」


 おずおずと差し出されたものを受け取り、ヴォルフガングは首をかしげた。白いハンカチだ。


「……なんだ?」

「ヘルマに、私が刺繍したものを渡せばって言われたの。あまり上手にできなかったんだけど……」


 しょんぼりした様子の彼女が言うとおり、ハンカチに施された刺繍はさほどうまくはなかった。久しぶりに、見えない耳としっぽが垂れているような気がした。たぶん、題材が悪いのではないだろうか。いきなり薔薇の花は難易度が高い気がする。

 だが、何が縫われているのかわかるだけましだ。初期作品では縫われたイニシャルすら読み取れなかったのだから。


「……お前も成長してるんだな……」

「むしろ、嫁いで2年たってもこのレベルなんだけど……」


 確実に耳としっぽがあったら垂れている。刺繍の出来うんぬんよりも、彼女がこれを渡してくれたことがうれしかった。

 ハインツェル帝国の国土は広く、様々な風習があるのだが、この風習は共通している。もしかしたら、他国にもあるのかもしれない。戦場に行く男性に、恋人の女性は自分が刺繍したハンカチを渡すのだ。これは、夫婦間でも当てはまる。妻が夫に自分が刺繍したハンカチを渡す。これがお守りの代わりとなるのだ。


「ありがとう。大切にする。大丈夫だ。お前のいる場所が、俺の居場所だからな」

「うん……私は、待ってるから。だから、いなくならないでね」


 祈るようなニコレットの言葉に幸せをかみしめつつも、ヴォルフガングはニコレットは自分がいなくなったら何をするかわからないな、と言う恐怖にも駆られていた。ニコレットがとついてきてから、想像力が上がってきている気がするヴォルフガングだった。















 そして、出立の日、ニコレットは外まで見送りに来た。すでに軍隊は出発できる状態だったので、周囲の視線は笑おうとして失敗し、泣きそうな表情になったニコレットに集まっていた。


「ヴォルフ様~。私、ここで待ってるから、ちゃんと戻ってきてね~」

「わかったから、泣くな」

「……泣いてないもん」


 泣いていないと主張するニコレットであるが、その目はすでに赤く、大粒の涙がぼろぼろと頬を伝っている。出立前に妻に泣きつかれた『残虐皇帝』ヴォルフガングは、周囲から生暖かい視線を受けていた。



「そうしてると、陛下も形無しですね~」

「帰ってこないと、皇妃様が今より泣いてしまわれるわけですね」

「いやあ、お可愛らしいですね、皇妃様」

「大丈夫ですよ、皇妃様。陛下のことですから、きっと勝って、ケロッとして帰ってきますから」



 ヴォルフガングをからかう言葉のほかにニコレットを慰める言葉も聞こえる。さすがは臣下や使用人、軍の兵士たちから絶大な信頼を集めるニコレットである。

 ヴォルフガングは唇の端をひくひくさせながら周囲を睨み、それからニコレットに視線を戻した。


「大丈夫だ。約束しただろう?」


 ニコレットはヴォルフガングを裏切らないと言った。同じように、ヴォルフガングもニコレットを裏切るつもりはなかった。そっと頬を撫でてやり、零れ落ちる涙をぬぐってやるが、後から後からあふれ出てくるので間に合わない。


 泣きながら上目づかいで見上げてくるニコレットにむらむらしてきたが、ヴォルフガングが行動を起こす前に、ニコレットが彼の襟首をつかみ、引っ張った。ニコレットの動きに合わせてかがみこんだヴォルフガングの唇に、ニコレットは己の唇を重ねた。周囲が「おおっ!」と歓声を上げる。


「帰ってこなかったら、私もそっちに行くからね!」

「!? それは嫌だな」


 暗にヴォルフガングが死んだら、自分も後追い自殺すると言われ、ヴォルフガングは嫌だ、と思うと同時にうれしかった。彼女は、隣にいる、と言う約束を果たしてくれるのだ。ヴォルフガングが行くところについてきてくれる。


 今度は、ヴォルフガングの方からニコレットにキスをした。細い彼女の体を強く抱きしめ、彼女がそう簡単にヴォルフガングを忘れないように刻み付けようと思った。周囲がうるさい気がするが、気にしない。

 名残惜しいが唇を離し、頬を上気させたニコレットに言った。


「では、行ってくる」

「……うん。行ってらっしゃい。気を付けてね」


 相変わらず泣き笑いのような表情で、ニコレットはヴォルフガングを見送った。ヴォルフガングは微笑み、馬にまたがって出発した。

 果たして、予言は真実となるのか。それは、この戦争のあとに明らかになる。















 ニコレットには大丈夫だと言ったものの、状況的に、ハインツェル帝国は囲まれていることになる。4年前の、ニコレットが嫁いでくることになった時の戦争と同じだ。

 ヴォルフガングには持論がある。敵の司令官の首を落とせば、戦争は終わる。今回の場合は、同盟の盟主であるロワリエ王の首を落とせば戦争が終わるだろうと思っていた。

 そんなわけで、まず向かったのはロワリエとの国境である。ニコレットが育ったというリオンヌ地方が国境付近にあたる。リオンヌのやや南に、ヴォルフガングは戦線を構えることにした。


 基本的に、ハインツェル帝国はロワリエ王国と領土を争うことが多い。なぜなら、ハインツェル帝国がこの大陸最大の大国であり、ロワリエ王国がその次に大きな大国であるからだ。単純に気が合わないともいう。

 その領土の広大さゆえに多くの国と国境を接しているハインツェル帝国は、現在、様々な国から攻め込まれそうな状況となっている。さすがに、全ての国境を護ることはできない。

 帝国軍はある程度は耐えてくれるだろう。しかし、長くはもたない。できれば、早めに決着をつけたいところだ。


 前回の戦争では、帝国が勝ったからよかったものの、だいぶ内部まで侵入された。この戦争がなければニコレットと夫婦になることはなかったのだが、それでも、自分の土地を荒らされるのはいい気分がしない。そんなわけで。


「さっさと終わらせて、帰るか」

「ですね。皇妃様も待っていますし」


 同行しているアルベルトがさらりと言った。ヴォルフガングが肩を竦め、「そうだな」と答えると、アルベルトが驚いた表情になる。


 自分でも、性格が丸くなった自覚のあるヴォルフガングであった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ここではニコレットの予言がメインなので、戦争のことは書かないです。次は、ニコレット視点になりますし。

一応、予定では、この作品もあと2話で本編完結です。うん。たぶん大丈夫。


次は1月11日に投稿します。

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