ニコレットの挑戦(17)
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突然、ニコレットが馬に乗ってみたい、と言い出した。いきなりどうしたのだろうか、彼女は。
「お前、馬が怖いんじゃないのか?」
「馬が怖いわけじゃないもの。大きい動物が怖いだけだもの」
ニコレットが唇をとがらせてそう言ったが、すねてもかわいらしいだけである。
最近のニコレットは様々なことに挑戦しているようだ。先日はお菓子作りをしたらしく、化学実験みたいで楽しかった、と言っていた。感想がニコレットらしい。その後、料理長がニコレットに質問攻めにされて大変だった、と言っていたらしい。
食べるだけではなく、ついに作ることにも目覚めたか。銃や時計を一から作ることはできない、と言っていたが、整備はできているのでそのうち彼女は銃や時計を一から作り出すかもしれない。
ほかにも、刺繍やレース編みにも挑戦しているようだ。作っているものを見せてもらったのだが、実験好きなので器用かと思えば、意外に不器用だったらしく、出来はいまいちだった。
まあそれはともかくだ。
別に彼女が何をしようと、倫理に反しなければ止めるつもりはないが、何故馬? ニコレットは『大きな動物が苦手』と言ったが、どちらかと言うと、動物全般が苦手なのだと思う。ただ、猫は可愛いと言っていた。
「……別に乗馬がしたいなら止めないが。1人では乗れないんだよな?」
「乗れないわよ。だから乗れるようになりたいの!」
満面の笑みで言われた。ヴォルフガングは何故かやる気満々のニコレットを見て、止められないな、と思った。まあ、悪いことをするわけではないのでいいだろう。
ただ、心配なので、ヴォルフガングもついて行くことにした。
この時代、女性と男性では乗馬方法が違う。男性は馬にまたがるが、女性は横座りで乗るものだ。横向きに座る女性専用の鞍もあるくらいである。
女性用の乗馬服に着替えたニコレットであるが、威勢が良かった割には及び腰だった。馬の近くまで来たが、ヴォルフガングにしがみついている辺り、やはり怖いのだろう。彼は軽く笑った。
「やはり、やめておくか?」
「! いいえ! 乗る!」
「そうか」
この場所は騎乗して戦闘を行うための訓練を行う場所だ。馬に乗って剣や槍を振るうのはかなり難しい。ヴォルフガングもできれば避けたいところだ。最近は片手で撃てる銃が流通しているので、それを導入したのだが、馬に乗ると命中率が下がるのが難点である。
とにかく、訓練中の兵士が多いと言うことだ。ヴォルフガング、もしくは宰相のハインツと共にちょくちょく軍の訓練場に顔を出しているニコレットは、妙に兵士たちから支持されていた。彼女は銃を撃つし、整備もする。だから親しみがわくのだろうか。
ヴォルフガングはまず自分が馬、と言うか鞍にまたがり、台を使って馬に乗ろうとしているニコレットの腹のあたりに手を回した。体を持ち上げられたニコレットが悲鳴を上げる。
「わぁっ! ……びっくりしたよー……」
「悪いな。台を使ってもなかなか登れそうじゃなかったからな」
「そうかもね」
ニコレットは苦笑した。馬に横座りになり、ヴォルフガングの腕の中に納まった彼女は前面の風景を見て言った。
「高ーい!」
「そりゃあ馬の上だからな」
視線が高くなったことにニコレットが歓声を上げる。一瞬、ヴォルフガングの脳裏に『馬鹿と煙は高いところが好き』という慣用句が思い浮かべられた。そのうち、屋根に上りたいと言われたらどうしよう。
何となく、保護者のような気持ちになったヴォルフガングだった。
馬をゆっくり歩かせると、高さに歓声を上げていたニコレットは顔をこわばらせてヴォルフガングにしがみつく。すれ違う訓練中の兵士たちに、「仲がいいですね」と冷やかされるが、とりあえずの所は無視しておく。
訓練場を一周したのだが、ニコレットは始終顔をこわばらせていた。ヴォルフガングが彼女を抱えているので落ちないのだが、少し怖かったようだ。たぶん、彼女は乗馬には向かない。
「……やりたいなら止めないが、ニコラ、お前、乗馬に向かないと思うぞ」
「……うん。自分でもちょっと思った。でも、やってみないとわからないよ!」
意外に熱血な返答が返ってきて、ヴォルフガングはとりあえず好きにさせようと思った。気性の優しい小さな馬に横座り用の鞍をつけて、乗馬の指導役の指示に従って乗馬訓練を始めたニコレットであるが、
「……」
ヴォルフガングが沈黙するくらいの出来だった。まず、座り方からしてどこかおかしいし、手綱を引いてもらわないと馬が歩き出さないという事実。馬は繊細なため、乗り手が怖がっていることがわかるのだろう。
最終的に、
「ダメだった……」
とニコレットは結論づけたようだ。ああ、ヴォルフガングもそう思った。
逆に、妙に腕をあげたのは菓子作りの方である。何でも、育った修道院で料理の手伝いをしていたらしく、料理と似たところのある菓子作りは性に合ったのかもしれない。
それに、菓子作りは実験みたいで楽しい、とも言っていた。楽しいと思えることが上達するのは当然である。
ある日のお茶の時間に、ついにニコレット作のお菓子が出てきた。カトル・カールである。卵とバターで膨らませたケーキで、中に木の実や干した果物が入っている。ちなみに、ロワリエではカトル・カールと言われているが、ダリモアではパウンドケーキと呼ばれるものであるらしい。
「職人じゃない私が作ったにしてはなかなかの出来だと思うの」
ニコニコ笑ってそう言われれば、食べないわけにはいかない。正直、ニコレットが作った、という事実が恐ろしい気がしたが、ヴォルフガングはケーキにフォークを入れた。食べてみると、変な味はしなかった。むしろ、
「うまいな……」
菓子職人が作ったものには当然劣るが、素朴な味でおいしい。ニコレットならば『実験』と称して製作過程にレシピにはないものを投入していてもおかしくないと思ったのだが、ヴォルフガングの杞憂であったようだ。よく考えたら、料理長たちが監視しているのだから、そんなことをする暇はないか。
ヴォルフガングのつぶやきに、ニコレットは花咲くように笑った。作った本人も、自分が作ったケーキをほおばっている。おいしそうに食べる様子は、結婚した当時から変わらない。
ほかにも焼き菓子に手を伸ばすニコレットを眺めながら、ヴォルフガングは尋ねた。
「お前、結局馬には乗れるようになったのか?」
ニコレットは焼き菓子を食べる手を止めて、じっと上目づかいにヴォルフガングを見上げた。
「……訓練場を一周できるようにはなったわ。……歩いて」
「……そうか」
ニコレットが初めて馬に乗ったのは二週間ほど前だ。それからもちょくちょく練習していたようだが、この調子だと馬を走らせることは難しそうだ。
「まあ、今のうちに気が済むまで挑戦しておけ。もうすぐ寒くなるからな」
「あ、そうなの? まだ時期的には秋よね?」
「今はな。あとひと月もすれば冷え込んでくるぞ」
「そうなんだ……ロワリエとあまり気候が変わらないのかしら……」
ニコレットがつぶやいた。ロワリエ王国はハインツェル王国の南西方向に位置するが、国土がそれなりに広いため、場所によって気候が違うはずだ。
「ニコラはどのあたりで育ったんだ? ロワリエの王都は結構北の方だよな」
だが、ニコレットが育ったのは辺境、と言うか片田舎の修道院だと聞いている。確か、ハインツェルとの国境付近だったはずだが、報告書を読んだのは三か月も前の話だ。ニコレットほど記憶力の良くないヴォルフガングは地名を覚えていなかった。
「修道院があったのはリオンヌ地方ね。冬は寒かったわ」
「……本当に帝国との国境だな」
「そうね~。街の方は帝国とロワリエの文化が融合していたみたいだけど、修道院は街の外れにあったから、よくわからないんだ」
修道院は世俗から切り離されている場合が多い。そのため、ニコレットは街の様子がよくわからないのだそうだ。と言うか、彼女には若干引きこもり気質があるためでもあると思う。
リオンヌ地方はロワリエ王国の北東方面に位置する。山と森(ハインツェル帝国領)に囲まれており、ロワリエと帝国の国境に位置する。
さすがにリオンヌ地方よりは北に位置する帝都だが、雪深い地域で育ったニコレットなら、帝国の冬も乗り越えられそうだ。
「このあたりは、雪は積もるの?」
ティーカップを持ってニコレットが小首をかしげた。自分もティーカップを持っていたヴォルフガングは、ソーサーにカップを戻して少し考えた。
「……そうだな。この辺りはそんなには降らないぞ。郊外まで出れば、それなりに積雪があるが……」
「本当に寒い地方では、雪が降らないって聞いたことがあるんだけど」
「そこまで寒くはないな」
さすがにそこまで寒くはない。まあ、帝国の最北端まで行けば、どうかわからないが……。
「ふ~ん。そっかぁ……。気候かぁ。統計取ってみようかな……」
「倫理に反しなければ止めん。好きにしろ」
「うん。大丈夫! ありがとう、ヴォルフ様!」
ニコレットが元気よくうなずいた。ヴォルフガングは呆れて苦笑した。
ちなみに、この後、ニコレットは本当に天気の記録を取り始めた。すでに彼女がどれだけの実験や記録を取っているのか不明である。彼女は、全て頭の中に入っているのだろうか……。
ニコレットの実験記録。
・火薬配合実験(失敗すると爆発するため、危険)
・薔薇の交配(青い薔薇を作るのが野望らしい)
・銃、時計などの整備(一から作ることはできないらしい)
・古代語の本の翻訳(母国語ではないハインツェル語に訳しているので時間がかかる)
・乗馬(たぶん、習得できない)
・菓子作り(妙に腕を上げている)
・刺繍、レース編み(そのうち習得できるだろうが、まだ時間がかかりそう)
・天体観測(すでに習慣)
・精神医学(ただの興味)
・気候観測(統計を取るらしい)
なお、これらはヴォルフガングが知る限りなので、本当はもっとしているのかもしれない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最近、ニコレットが無茶をしなくて寂しかったので、やらせてみました。乗馬はできないみたいですね、彼女。
パウンドケーキ(カトル・カール)は作るのが簡単です。材料も簡単にそろいますしね。今はベーキングパウダーで膨らませますが、昔はバターと卵を泡立てて膨らませたそうです。おそらく、ニコレットもバターと卵を泡立てて膨らませたのでしょう。
次は明日。連続投稿最終回です。
 




