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初めての夜会(12)

こんにちは。クリスマスイブですね。みなさん、いかがお過ごしの予定ですか?

一足先に、私のところにサンタクロースが来たようです。なんと、ブックマーク登録数がついに750件を突破しました!

嬉しいクリスマスプレゼントです。みなさん、ありがとうございます!









 本格的な社交シーズンがやってくる前に、解決しておかなければならない問題があった。ニコレットのダンスである。修道院育ちでダンスなどしたことがないと言う彼女は、ハインツェル帝国に嫁いで来てから毎日のようにダンスのレッスンを受けていた。


 もともと素質があったのか、嫁いで一か月の時点で、ほぼ完璧にステップを踏めるようになっていた彼女であるが、ひとつ問題が発生していた。


 音楽に合わせてステップを踏む。途中まではほとんど問題は見られなかったが、できるだけゆっくりとターンをしようとしたとき、パートナーがバランスを崩した。

「わわっ!」

「っと。大丈夫か?」

 こちら側に倒れてきたので、ヴォルフガングはニコレットの体を受け止めた。転倒を免れたニコレットであるが、彼女はヴォルフガングを見上げて言った。


「ごっ、ごめんなさい……」


 しょんぼりとした声音に、見えない彼女の耳としっぽが垂れ下がったような気がした。ヴォルフガングはそっと彼女の髪をなでる。

「大丈夫だ。ステップは踏めているからな。練習すれば何とかなる」

「……うん」

 ニコレットは顔を上げ、気丈に笑みを浮かべた。問題ははっきりしているので、練習すればなんとかなるだろうと言うのは本当だ。

 問題は、ヴォルフガングとニコレットの身長差である。ニコレットが特別背が低いわけではない。彼女はおそらく、女性の平均身長と同じくらいの背丈。彼女ではなく、ヴォルフガングが大柄すぎるのである。


 並べばニコレットと二回りは違う体格に、一フィートは違う背丈。ダンスになれないニコレットは、長身のヴォルフガングの動きについて行けないのだ。


 それほど身長差のないアルベルトやマルクスとはちゃんと踊れていたので、問題はこの身長差なのだと思う。ニコレットがハイヒールを履くという選択肢もあるが、ハイヒールは不安定で、履きなれない彼女はうまく歩けずにこけていた。

 もう一度踊ってみても、やはりターンの所でニコレットがステップを踏み外す。ニコレットが泣くまいと唇を引き結ぶ。そんな彼女に、ダンス講師であるアイスラーが言った。

「皇妃様。皇妃様は芸術にも造詣が深いとか」

「え……ええ、まあ……自分で絵を描いたりとかはできないけど」

 主に見る専門らしい。ギャラリーに連れて行っても喜ぶかもしれないな、とヴォルフガングは思った。


 ニコレットの返答を聞いて、厳しい顔立ちのアイスラーが顔を緩ませた。彼には徹底的にマナーを叩き込まれた記憶しかないヴォルフガングは、その笑みを見て正直引いた。


「ご自身で描くことができずとも、芸術を理解できるということはあなた様には遊び心があるはずです。ダンスも芸術と同じです。遊び心を加えてみるのもよろしいかと」


 難解な言葉に、ニコレットは首をかしげた。ヴォルフガングも首をかしげたくなったが、彼がやっても気持ち悪いだけなので、かわいらしく首を傾けているニコレットを見て心を落ち着かせた。

「……もう一度踊ってみるか?」

 ヴォルフガングが手を差し出すと、ニコレットはうなずき、その手を取った。

 ピアノの伴奏に合わせ、ゆっくりと踊りだす。ちなみに、ピアノを弾いているのはマリーアだ。初歩的な曲であるが、これが踊れればたいていの曲で踊ることができる、と言われる曲を、マリーアはつっかえることもなく奏でている。


 ニコレットは、基本ステップはできている。問題のターンの所だが……。


「っとと」


 こけそうになったものの、ニコレットは何とか乗り切った。少々動きが不自然だった気がするが、そこは何度か練習すれば大丈夫だろう。それより、何故『遊び心』でいきなり踊れるようになったのかが気になった。

 何とか最後まで踊りきったニコレットに「おおっ」と歓声が上がって小さく拍手が送られる。ニコレットは人目もはばからずに「やったぁ!」と両手をあげた。


「後はその感覚を忘れないうちに体に叩き込むだけです」


 アイスラーがさらりと言ったが、その発言にはニコレットもちょっと引いていた。体に叩き込む。ヴォルフガングもよく言われた。ヴォルフガングは微妙な面持ちになったニコレットに微笑みかけた。

「ニコラ。まだ疲れていないか?」

「……うん。平気」

「そうか。なら、もう少しだけ頑張ろうか」

「……うん」

 ニコレットは顔をひきつらせ気味にうなずいた。その後、何度か練習すれば、彼女は問題なく一曲踊りきれるようになった。彼女の学習能力はやはり高いようである。


 ちなみに、『遊び心』で何故踊れるようになったのかを聞いてみたのだが、本人にもわからないそうだ。さっきまでできなかったのに、突然できるようになった、と言う事例はないわけではないので、ニコレットがおかしいわけではないと思うが、彼女は意外に自分のセンスに頼っているものが多いな、と思った。


 射撃然り、ダンス然り。どちらも自分のセンスに物を言わせている気がした。どちらも彼女は、自分がどうやっているのか説明できなかった。そう言う意味で、ニコレットはやはり、天才の部類に入るのだろうか、と思った。











 さて、ヴォルフガングが『馬鹿と天才は紙一重』とか少々失礼なことを考えているのは、目の前の現実から目をそらすためである。と言っても、嫌なことがあるわけではなく、むしろその逆だ。

 宮殿で開かれる夜会には、皇帝も皇妃も参加する。4人目の皇妃ニコレットにとっては、これがいろいろな意味で初の夜会になる。ヘルマやマリーア、そのほか皇妃付きの侍女たちは張り切っていた。


 その結果。


「どうかな。ちょっと動きづらいんだけど」

 そう言って、ニコレットはたっぷりとしたドレスのスカートをつまんだ。そのドレスは淡い青と白を基調としており、ニコレットの雰囲気に合わせたのかふんわりと仕上がっている。彼女は黙って微笑んでいるだけなら、かなり柔らかな雰囲気なのである。


 裾に向かって広がるティアードスカート。ふんわりした印象に仕上がっているが、スカートを膨らませ過ぎないことで大人っぽく見せている。上半身はビスチェタイプで、細い肩を惜しげもなく曝していた。二の腕までの白い手袋に、首元には瞳の色に合わせたのか紫水晶のネックレス。化粧はしているようだが、元が色白で美人なので、自然に仕上げたようである。


 ニコレットの外見だけが好きなわけではないが、やはり、こうして着飾っているのを見ると、「ああ、好きだなぁ」と再認識してしまう。結婚式のときはちゃんと見ていなかったので、ニコレットが着飾っている姿をしっかりと見るのは初めてだ。


「……ああ。よく似合っている。閉じ込めて独り占めしたいくらいだ」


 ニコレットに歩み寄り、その手を取って手袋越しに指に口づける。ニコレットの頬が赤くなった。だが、彼女はうれしげでもあった。頬を赤らめて微笑んでいる姿は、とても魅力的である。

 一瞬、本当に閉じ込めてしまおうかと考えたが、すぐにその考えは放棄した。ヴォルフガングは彼女が自由に飛び回っている姿が好きだったし、閉じ込めてしまえば、修道院に彼女を閉じ込めたロワリエ王と同じになってしまう。

「では、行こうか」

 手を差し出すと、ニコレットはおずおずとその手を取った。その様子から、珍しくも彼女が緊張していることがうかがえる。

「大丈夫だ、ニコラなら」

 励ますように言うと、ニコレットははにかむような笑みを浮かべた。

「……うん。お願いします」














 夜会において、皇帝と皇妃は最後に入場する。人前に初めて姿を見せると言っても過言ではないニコレットは、多くの視線を浴びて顔が引きつり気味であった。その後も、一段高くなった玉座の隣で引きつり気味の笑みを浮かべていた。

 貴族たちは皇帝の前まで挨拶にやってくる。新しい皇妃であるニコレットにも挨拶をするのだが、建前とはいえ褒めちぎられて、ニコレットは居心地悪そうである。

 貴族の挨拶もひと段落ついたとき、ヴォルフガングはニコレットに尋ねた。


「疲れたか?」


 彼女は首を左右に振った。


「いいえ。まだ大丈夫」


 そう言って微笑むニコレットに、ヴォルフガングは何となく癒された。

「ではフラウ。一曲お相手願います」

「……喜んで」

 少し返答までに間があったが、ニコレットはヴォルフガングの手を取り、立ち上がった。皇帝夫妻が降りてきたので、ダンスをしていた貴族たちは少し脇に退いた。

 ゆっくりと踊りだした皇帝夫妻を貴族たちが見守る。緊張気味のニコレットに、ヴォルフガングは囁いた。

「大丈夫だ。『遊び心』があれば」

 ニコレットは驚いたようにヴォルフガングを見上げ、ついで微笑んだ。

「そうね」

 何度か練習をしていたので、ニコレットは問題なく一曲分を踊りきった。今のところ可もなく不可もなく、と言った感じだが、後は慣れの問題だろう。ヴォルフガングとニコレットが一段高い玉座に戻ったので、貴族たちがまた踊りだす。


 ちょうど、その時だ。遅れて夜会の会場に入ってきた貴族がいた。その貴族はまっすぐにヴォルフガングたちの方に向かってくる。

 知らずに顔が強張っていたらしく、ニコレットが「どうしたの?」と心配そうに尋ねてきた。しかし、返事を猶予はなかった。その貴族が目の前まで来ていたからだ。

 50をいくらか越えたほどの年のその貴族は、ヴォルフガングとニコレットを見てにたり、と笑った。


「お久しぶりです。皇帝陛下。お初御目文字仕ります。皇妃様。ライヒェンバッハ公爵ヘルムートでございます」


 それは、ヴォルフガングの最初の妻の父親の名だった。












 夜会に向かう時とは逆に、帰りはニコレットがヴォルフガングの手を引いていた。ライヒェンバッハ公爵が現れたことが衝撃過ぎて、気づけばいつの間にか夜会が終わっているという始末だった。どうやら、ハインツに指示されたニコレットがよきに計らってくれたらしい。


「……すまない」

「どうして謝るの?」


 私室は目の前だったが、ニコレットは立ち止ってヴォルフガングを見上げた。微笑みを浮かべたニコレットは、背伸びをして、よしよし、とヴォルフガングの頭をなでた。


「大丈夫だよ。わきゃっ!」


 相変わらず色気のない悲鳴を、ニコレットはあげた。突然、ヴォルフガングがニコレットの体を抱きしめたからだ。ヴォルフガングはそのほっそりした体を強く抱きしめ、あらわになっている彼女の首筋に顔をうずめる。

「ほ、本当に、どうしたの……?」

 動揺しているニコレットの声が聞こえたが、ヴォルフガングは全く違うことを口にした。


「今夜、一緒に眠ってもいいか?」

「いいけど……」


 いつにないヴォルフガングの様子に、ニコレットはすぐに許可を出した。ありがとう、とヴォルフガングはつぶやく。彼は、自分が落ち着くまでずっとニコレットを抱きしめていた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


これまでニコレットの過去はちょこちょこ語ってきたので、今度はヴォルフガングの番です。と言うわけで、少し彼のターンが続きます。


次の投稿は明後日(12月26日)です。

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