ネットビジネス塾開校
今僕は戦慄している。
机が20席並ぶであろう教室に設けられた5つの席…
そこに座る5人の男女…
「ど…どうすればいんだ汗」
僕は心の中で叫ぶ。
机に足を乗せガムを噛む金髪リーゼントのヤンキー。
挙動不審に辺りを見回す眼鏡のサラリーマン。
礼儀正しく座り清楚な雰囲気を振りまく女子高生。
ずっと下を向いたまま何かを呟くスーツ姿のOL。
僕の目をじっと見つめ何かを見据える片腕のない青年。
冷や汗をかく僕は過去を思い出していた。
数時間前。
ある貼紙を見ながら主人公『混野翔太』は満面の笑みを浮かべる。
「いよいよ今日か~…どんな生徒が集まるのだろう??」
か弱い声で精いっぱいのワクワクを表現する。
貼紙には『5月3日12時ちょうどに駅近のテナントでネットビジネスの説明会をする旨』が書かれており、事前に許可を得て、近くの大型ショッピングセンターで掲載してもらっていた。
そのショッピングセンターには毎日たくさんのお客さんが訪れる。
赤ちゃんを抱えてママ友とショッピングする女性…
薄汚い服装で歩き回る中年の男性…
奇抜な髪型をして店を回る音楽好きのお兄さん…
男にモテたいと若作りをして歩き回るアラサー女子…
フリフリのスカートをはいてすれ違う男たちの目線を集めまくってる女子高生集団…
年齢層も様々。ネットビジネスに関心を持っているであろう見込み客も沢山キャッチできる。
「まぁ純粋に人助けがしたいだけだから、お金とかそういうのは別に関係ないさ。」
混野は怖い視線を窓の外に向けながらは独り言を言う。
1人目の生徒が来たのはちょうどその時だった。
「ここが楽して儲ける講座をやってる教室かぁ??」
金髪にリーゼント。言葉づかいも悪く声もデカい。
混野は真っ白になった。
「おいお前。俺の席用意しろよ。」
いきなり混野に眼を飛ばすヤンキー。
混野は慌てて教室の片隅に寄せてある机と椅子をヤンキーの前に置いた。
ドスン!
混野が机と椅子からサッと離れるのと同時に、ヤンキーは大きな音を立てながら椅子に据わった。
ガン!
そして土足を机の上に乗せてガムを噛み始めた。
「ひぃぃ…ただでさえコミュ障なのにこんな怖い子来ちゃったよ~汗」
そう心の中で叫びながら混野はビクビクする。
ちなみに混野の年齢は26歳。
体系はスリムで度の強い黒縁眼鏡をかけている。
見た感じ貧弱なためか心も貧弱だ。
おまけにコミュ障なので自分の得意分野以外の話題を相手に振りまくのが苦手だ。
そんなことを考えているうちに、
次の生徒がブツブツ文句を言いながら教室に入って来た。
「あのくそ上司…いちいち人の予定に口挟むんじゃねぇよ。
お前と付きあってたら大事なチャンス逃しちまうんだよ馬鹿。」
見るからにイライラしているその男は爪を噛みながら混野の用意した椅子に座る。
よれよれのスーツ、ぼさぼさの髪、伸びっぱなしの無精ひげ…
態度は挙動不審で相当なストレスを抱えてそうだ。
「あの~…あなたはいま月いくら稼いでるんですか?」
唐突に混野に話しかける男性。混野は少したじろぐ。
「最低月30万円です。毎月それ以上の範囲で収益が変動してます。」
混野は男性の問いかけに対して丁寧に答える。
「月30万ですか~…」
語尾をだらしなく伸ばす男性に混野は更なる実績を語る。
「月30万と言っても毎日8時間働いてるわけじゃありません。
1日の労働時間は平均して1時間程度…それ以外の時間は趣味に費やしてます。」
「っ…」
混野の私生活振りを目の当たりにして言葉を失う男性。
ひとまず会釈だけして「ありがとうございます。」とお礼を言う。
次の生徒がやって来たのはちょうどその時だった。
学校の部活帰りなのか、その女子高生は制服姿だった。
「あの~すみません。ショッピングモールに貼ってあった紙を見て来たんですが…」
清楚でおとなしそうな女子高生は丁寧な態度で混野に話しかける。
「あ…はい、ここが今日説明会を開く教室になりますっ」
混野は約10歳も離れている清楚な女子高生に緊張した面持ちで答える。
「念のために聞きたいんですがネットビジネスっていうのは未成年でもできるんですか??」
そんな混野を無視して現実的な質問を投げかける女子高生。
混野は意表を突かれたような顔をしながら間をあけて質問に答える。
「FXとかそういった投資系のビジネスなら完全にアウトですけど、僕が教えようと思ってるアフィリエイトなら未成年でも手を付けられる範囲にあります。」
「というと??」
「例えば18歳以上のお兄さんやお姉さんがいたとして、
アフィリエイトで使う広告の契約だけを任せる…
そしてあなたはサイト作りに徹する。
そうすれば規約に違反することなくアフィリエイトをすることができます。」
「なるほど…。
私、20歳のお兄ちゃんがいるので広告の契約だけ任せればいいんですね!」
「そういうことですね。
お金を稼ぐということはそれだけ責任が発生するということですので、20歳のお兄さんがいればひとまず安心ですね。」
先ほどと違ってスラスラとネットビジネスについて語る混野を見て驚く3人。
これは期待できる…
知らぬ間に混野は3人に期待を抱えられていた。
「す…すみません。」
すると次なる生徒が教室にやって来た。
その女性はスーツを着ており仕事用のカバンを持っていた。
「は…初めまして、、、よろしくお願いします。」
そう言いながら深々と頭を下げる女性。
混野はそそくさと机を運びながら、暗い表情の女性を眺めていた。
「これで全員ですかね…」
4人と対面しながら周りをキョロキョロする混野。
キュッツキュッツ…
ホワイトボードに自分の名前を書き始める混野。
すると…
ガラガラガラ!
12時ちょうどに教室のドアが開き、長身で細見の男が入って来た。
男は無言で机を引きずり自分の席を用意する。
何かおかしい…
混野はその男を注深く見る。
片腕が…ない??
何とその男には右腕が付いていないのである。
混野とその他4人の生徒たちはその男の失われた右腕を見ながら、机を引きずる男の様子を眺めていた。
無言、根暗、無覇気…まるで人生そのものに絶望している顔をしているその男は、机を運び終えゆっくりと椅子に腰を下ろす。
オホンッ
「じゃあ12時を少し超えたので、僕の自己紹介をしますね。」
混野はいったんせき込み、間を調節して書きかけのホワイトボードに名前を書き込む。
「え~僕の名前は混野翔太。年齢は26。趣味は音楽鑑賞で彼女はいません。僕は少しばかり会話が苦手で特に自分の得意分野以外の会話が苦手です。どうぞよろしくお願いします。」
「「・・・」」
緊張で声を震わせながら自己紹介を終える混野。
しかし生徒からの反応は皆無に等しい。
ヤンキーは相変わらずガムを噛み続け、よれよれスーツの男性は爪を噛み続け、清楚な女子高生は笑顔で混野に気を使い、スーツ姿の女性は下を向き続け、片腕のない青年は混野の顔をじっと見つけていた。
「あ…あの、、、えーと…」
混野のコミュニケーション能力が悲鳴を上げる。
基本自分の得意分野以外の会話が苦手な混野は咄嗟のトラブルにも上手に対応できない。
冷や汗をかきどうすればいいか迷う混野。
「ど…どうすればいんだ汗」
混野は頭の中で必死に策を考えていた。