第31話 お泊りしようよ
フェカの怒りが収まったのか、炎が掻き消えた。あとに残るのは、焦げ跡のみ。
女神がどうなったのかはフェカのみぞ知る…。
「あー、ぜんっぜんたのしくねぇ。おい、レオ。俺様と遊べ」
つまらなそうに焦げ跡を靴で踏みにじると、フェカはレオへからむ。
「…それ以上やったらフィリアが死ぬだろう。やめろ」
「ないない、そんなへま俺様がするわけっゴフっ!?」
唐突にフェカは咳き込んで血を吐き出した。
神を降ろしていることに、フィリアの体が耐え切れなくなってきたようだ。
「で、なんだって?」
「カハッ、ちっついてねぇ」
「ついてない?てめぇが遊びすぎたせいだろうが。さっさと俺のフィリアを返せ」
レオの言葉を受けてフィリアの体からフェカがいなくなったのか、その場にあふれていた強烈な神気が消えうせる。
何度か苦しそうに咳き込んで吐血をすると、フィリアはその場にしゃがみ込んだ。
「フィ、フィリアあああああ!!だ、だだだ大丈夫っ!?」
「フィリちゃんっ、ごめんねっ!」
泣きそうな顔で、レンがフィリアへすがりつく。
バチン、と何かがはじけた音がしたのをライラの性能がいい耳はしっかりととらえた。
恐る恐る元凶っぽいレオへお伺いをしてみる。
「…レオ、さん?あの、怒って」
「怒っていない」
「今の、バチンって音はなんでしょう?」
「聞こえたのか。さすが混血」
「で、なんだったの、いまの!?もしかしなくても堪忍袋がキレたっ!?」
「そう簡単に切れるものでない。今のは、結界を消した音だ」
「消した?張ったじゃなくて?」
ソフィーが勇敢にもレオとの会話に口を突っ込んだ。
「ああ。時間の流れを切り離すものと、衝撃を無効にする結界だ。よかったな、遅刻にならなくて」
「あ」
すっかり忘れていたが、セノーテたちが来たところで、12時まで残るところ10分を切っていたのだ。
そんな中、女神とやらの戦闘を繰り広げていたわけで…。
顔をまっさおにして、ライラとソフィーは時計を見やる。
「「遅刻っ!?」」
「…俺の話を聞いていたか?」
呆れたようなレオの口調はともかく、見上げた時計の針は55分を指していた。
明らかに20分近く過ぎていたというのに、実際には5分しかたっていなかった、という事実に2人は目を丸くした。
「ケフッ…ごめ、もう無理」
レンに飛びつかれて、限界値が超えたのかフィリアは彼へもたれかかる形で意識を落とす。
「ひぃ、僕死亡!?フィ、フィリちゃん!!」
「俺は何にもしない、が…お前の彼女の方をどうにかするべきだな」
レオに殺されるっ!と震えたレンへ、安心させるかのようにレオは否定してやった。
まぁ、自身がしなくても、殺すような相手がいるからなのだが。
そう、黙りこくっていたセノーテに怒りの堪忍袋の限界値が来たのか、異様なほどに禍々しさを放つ笑顔で、レンへにじり寄っていっていたのだ。
フィリアの首とひざの後ろへ手を入れて抱えると、レオは教師陣の方へゆっくりと歩いていく。
「俺様の憑代を運ぶのは俺様の役目だと思うんだが」
「だれがお前なんかにフィリアを渡すか。ストーカー」
「ストーカー?何言ってんだ、俺様のは守護だっつってんだろ」
「変わらないだろう?たわごとを言うな」
ぶった切ったレオは、完全に出来上がっている教師に話しかける。
「宿泊するのはどこだ?というかどういう予定になっているんだ」
「宿泊施設には、私が案内します。ついてきてください、生徒さん方。先生方は、あとで回収します。今後の予定も、ホテルのロビーにて話させていただきます」
真っ白な髪の作り物名多用しの男性が、レオへ話しかけた。
ライラの顔が悲鳴をあげる形にゆがんだのだが、それに気付いたのはレオ以外いなかった。そのレオも、今は話題に出す気がないようで黙って男性へついていく。
フィリアたち6人と、上級生6人の計12名が、実習を開始した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
案内されたのは、白国に唯一あるホテルだ。
偶にくる他国の王族等もここへ泊っている。なかなかに豪華な内装・外装の建物だ。
滅多にヒトがの来ることのないこの国で、彼らのほかに泊まる人はいないようで、貸切状態だ。
ということもあって、手続きの間、レオはフィリアをソファーへ寝かせていた。ひざまくらをしてやり、辛そうなフィリアの髪を優しくすいている。
ちなみにフェカは、ホテルに入る際にレオから最終通告を突きつけられて、神界へ帰って行っていた。
「部屋割りを決めてください。そちらの自由で構いません」
マニュアル通りの動きなのか、彼は淡々と言葉を述べていく。
「レオ、あの」
「3人がいいんだろう?」
「いいの!?」
「ああ、いいとも」
「ほんと!?」
レオの口元がおかしそうにゆがんだのことを、やったぁああ!!と喜ぶライラは、気づかなかった。
「ぅあ?…ぉはよ」
「おはようフィリア」
「おはよ、フィリア!今日も今日とて無駄にかわいいね、かわいいね!!」
何度か瞬きをすると、フィリアはゆっくりと身を起こした。
「あれ、ここどこ?」
「ホテルだ。体調は、もう平気か?」
「うん、大丈夫。だいぶつらくなくなったよ、ありがと」
「だいぶ?」
「え、あ…辛くないよ!全然!!」
間違えたっ!とフィリアは訂正する。
細まったレオの目に気付いて、逃げるようにライラへにじり寄った。
「セノーテ!待って、落ち着こう。よく話を聞いてよ!」
「聞いてるわ。だけど、私にだって我慢の限界はあるんだよ」
「我慢…?してるの?」
「レン、君」
「ごめんっ、ごめん!!」
痴話喧嘩が聞こえてくる。
一気に気が削がれたらしく、レオはため息をつくとフィリアから視線を外した。
「…お前が大丈夫って言うなら、いい。だが、少しでも辛くなったらすぐに言え」
「わかった。ごめんね」
「謝罪はいらない」
「ありがと、レオ。大好きだよ愛してる!」
クシャリとフィリアの髪を撫でつける。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さて、彼ら3人の部屋は最上階だった。つまるところのスイートルームなる部屋だ。
いったいどうしてこんなところに泊まっているのか。ライラは謎でしかない。
くつろげる気がしないライラとは対照的に、フィリアは勝手知った自分の部屋のようにウロチョロと部屋を物色している。
「壊したらやべーよ。なんでそんな普通に触れるん?」
「壊したら謝ればいいんじゃないの?」
「あやま…ああそうだった、この子王女様なんだった…」
なじみすぎててすっかり忘れてた…。とつい最近まで王宮に寝泊まりさせてもらっていたライラは認識を改めた。
というかよく考えたら自分家にも、壊したらシャレにならなさそうなものは大量においてあったわ。なんて思って、落ち着いた。
「むしろなんで緊張しているの?たかがホテルじゃない?私の部屋の方が、もっと古くて高いもの置いてあるよ」
「そうなの!?」
「気づかなかったの?私のご先祖様が使っていた杖とか、宝具とか装飾品とか結構教科書とかにも乗りそうな奴、あるんだよ?」
「そりゃ王宮だもんね…」
「それよりもさ、ライラ!白国について教えてよ。兄様ったらケチなんだもの、まったく教えてくれなかった」
流石のフィリアも、ここへ来るのは初めてだったらしくきらきら目を輝かせてライラに迫る。
いつもと立場が逆転していることに気付いたライラは、なんだか勝った気になった。何に勝ったのかはわからないのだが。
「ペガサスが治めてるってだけで、他の国とそう変わらないよ」
「ペガサス!あってみたいなぁ。ライラの知り合い、いないの?」
「いや…さっきの彼、ペガサスだし」
「え?人なんていた?」
さっきってロビーでのことだよね?とフィリアは首をかしげる。
どんなに思い返しても、レオ以外の男の人の姿は思い浮かばない。あ、でもレン君はいたんだよね、きっと。
やっぱりレオ以外は、視界に入ってはこないが。
フィリアの様子を見て、ライラは歯噛みをする。舌打ちでもしたい気分だ。
「でた!でましたよっ!安定のレオ以外ログアウト!もう、ほんとどうにかしなよ!いたよ、いましたー!!ばっちしイケメンいましたよっ!」
「イケ、メン…?」
ますます首をかしげてしまった。
と、ここまで言ってからライラはあたりを見回した。
「って、あれ?そういやレオはどこいったのさ」
「レオは、ほら。なんかとてつもなくいやな予感がするからちょっと連絡取ってくるって、外行ったよ」
「そうだっけ?」
アイツ、気づいたらいないからなぁ。なんてフィリアとどっこいどっこいなことをライラは言い放つ。
「そうだよ。帰ってきたとき、機嫌悪いと思うから気を付けてね?」
「えと…それはどうやって?」
「地雷踏まないとか、視界に入らないとか」
「うん、無理」
「あきらめる前に、努力をしてみろ屑が」
「お帰り、レオ」
「…ただいまフィリア」
スッパーンッとライラの頭を叩いてから、流れるようにレオとフィリアは抱擁を交わす。
見せつけられたライラはすごく複雑な気持ちになる。
とりあえず、リア充滅べ。
レオは、片手に何やらメモ用紙を持っていて、それを難しそうに眺めている。どうやら文官たちに泣きつかれ、緑国で起きた問題の対処を頼まれたようだ。
「んーと…もう寝ていいかな?疲れちゃった」
「そうか。お休み」
寝室の方へ駆けていくフィリアをライラとレオは見送った。
「えええと!!わ、私も寝ようかなぁなんてアハハハハ」
「…そうか」
ライラ単体には毛の先ほども興味がわかないようで、レオは適当な相槌を打つ。すでに視線は、手に持ったメモへと向いていて、そちらをちらりとも見ない。
「い、いいの?写真撮っちゃうよ?フィリアの寝顔、盗撮だよ?」
「ああ、問題ない」
「マジで!?ひゃっほ―――い!!」
大きな歓声とともに、ライラもフィリアの後を追うように寝室へ駆けこんでいく。
その手には、どっから出したのか不明な巨大カメラが握り締められていた。
「…俺が手を出さなくても、フェカや精霊たちがいるからな」
ポツリ、と後出しのようにつぶやかれた言葉をライラが聞くことはなく。
大・天・罰!とばかりに豪勢な爆炎とともにライラが吹っ飛んでくるのは数分後の事実だった。




