第2話
食堂。
漂う香辛料のにおいに、ライラは腹の虫を鳴かせ始める。
「…だから、おなか減ってない」
「いーじゃんか、一緒に食べようよ」
「興味、ない」
「そういうこと言わないのっ!あ、セノーテ!!ソフィー!!」
先に食堂へ移動して、昼食をとっていた友人2人を見つけ、ライラはフィリアの手をつかんでいない方の手を大きく振る。
セノーテは、クルクルと緩やかにカーブする緑色の長い髪を持つかわいい女子で、同世代の男子から人気が高いとかなんだとか。成績もフィリアには劣るものの優秀で、実技も得意。将来が期待されている生徒だ。
ソフィーは、日の当たりようでは金髪に見えなくもない茶髪に、感情のままによく動く茶色い瞳。成績は悪い方に入ってしまうが、実技が得意で、とくに武術において軍部から期待されている生徒だ。
そんな2人はチームを組んで依頼を行っている仲良しさんだ。
「っ、スィエルムーンさん!?」
「ええ!?ちょ、ライラ!は、は離れないと、緑の悪魔っ」
2人は、ライラがフィリアの手を握っているのを見るなり顔を青くして促した。
きょとんとして、フィリアは聞き取れた単語に首を傾げる。
「…緑の悪魔?」
「フィリアに近づく人が、『緑の悪魔がっ』って、うめくんだもん。知らないの?」
「ちょ、ライラ!?」
少し悩むと、思うことがあったのかフィリアはすごい勢いで顔を真っ赤にして照れた。
「……注意、しておく」
「あ、思い当りあるかんじ」
「ある」
「ある、んだ」
セノーテは思わずつぶやいた。
本人に最初っから言っとけばよかったんじゃない、これ?
なんて考える。
「ある。それもすごく。もうしないように言っておく」
「よろしくね、フィリア!」
「…でも、クレイクは別でもいいかもしれない」
「ちょ、待って!?」
「冗談」
「ならいんだけど」
「ひどいっ」
よよよっ、と嘆くふりをすると、そのままライラは昼食をとりに行った。
困ったのは、いきなり連れてこられて放り出されたフィリア。どうすればいいのか全く分からない。
「あ、と…フィリア、さんって呼んでもいい?」
それ以上に困っていたのがセノーテとソフィー。不意打ちすぎる3人きりに、うわーうわーと叫びだしたい気分になるが抑える。
とりあえず名前呼びから始めよう、とセノーテが切り出した。
「…構わない」
「フィーちゃんは、美人だよね!」
「フィーちゃん?それ、ほどでもない…しっ!」
ソフィーのガツガツとした言葉に、そっぽを向きかけていたフィリアは、次の瞬間立ち上がるなり後ろに蹴りを放った。
相手の顔面に決まるかに見えた蹴りは、その直前で、彼の手によって抑えられた。
「せ、せせ生徒会長!?」
「っていうかフィーちゃん何して!?」
どっから現れたの生徒会長!?ワープですか!?なんで察知できたのフィリアさん!?っていうか大丈夫なの蹴っちゃって!?
いろいろと突っ込みたいことがありすぎて、追いつかなかった。
丁寧にとかされた金髪に、きらきら輝く青い目のTHE王子様!な感じの男子生徒は、フィリアの足をすぐに放した。そして、腕組みをする。
「…いつにもまして凶暴」
「うるさい」
乱れたスカートを整えると、フィリアはプクリと頬を膨らまして不満さを表現する。
「誰に向かってそんな口をきいて」
「生徒会長。だけど、いきなり背後に立つのはダメ」
「いつものことだ」
「じゃあ、凶暴は失礼」
「それもいつものことだ」
少々間を開けると、こらえきれないといった風にライが笑い出す。
彼が笑いやんだのを見はからって、フィリアは声をかけた。
「このやり取り、飽きないの?」
「割かし飽きない。そういえば、この間の怪我は平気か?」
「別に」
「そうか…。ああ、父上からお前に《依頼》があるそうだ」
ライが右手首を軽く回すと、フィリアとライとの間に一枚の紙が現れた。
「いやだ」
「受け取れ」
「いや」
紙を受け取ろうとしないフィリアに、ライは目つきを変えるとボソリとつぶやく。
「…終わってからが楽しみだな」
「っ、…仕方、ないからやってあげてもいい」
ライが言った内容に思うところがあったフィリアは身震いして、奪うようにして紙を手に取る。
「最初から素直に言っておけばいいんだ」
「っ、これ、一人じゃダメって」
文章を斜め読みしたフィリアは、ライへ訴える。
「ああ。チームを組め」
「な、」
「怪我をしただろう?お前を一人で行動させているのは危険だと判断した。だから、誰か見つけるんだな」
「どういうつもり!」
「お前のほうがどういうつもり、だ。まさか、死にかけたとはな。スィエルムーン」
フィリアとライとの間に漂う不穏な空気を感じ取って、セノーテとソフィーは巻き込まれないよう静かに遠ざかっていく。
そんなやり取りを生徒たちも気づき、食堂が騒がしくなってきた。
「あれはっ」
「あれはもそれはもない。単独行動は控えるように」
「一人で、できるって言ってる!!」
「現にSランク昇格試験は失敗している」
言うことを聞こうとしないフィリアに、次第にライの表情が険しくなっていく。
「だから、それは邪魔が入ったせい」
「試験事態はクリアしていたのだろう?先生方が、お前の単独Sランクは危険だと判断した。そういうことだ」
「無理じゃない、できる!」
「条件が何だったか忘れたのかバカフィリア!!」
ぐだぐだぬかすな!とライはフィリアをしかりつける。
食堂が静まり返った。
いつも微笑を浮かべているライがどなっているところを聞いたことがある生徒はいなかったし、その相手がフィリアだ、ということもあって、再びざわめきは広がっていく。
「忘れてない!」
すかさずフィリアも叫び返す。
「じゃあ言うことを聞け!強制的に送り返すぞ!」
「そうやっていつも頭ごなしにおしつけてくるっ」
反抗的なフィリアの態度に、ライは微笑を浮かべる。ただし、目が笑っていないので、どこからか恐怖の悲鳴が上がった。
「ほぅ…力づくでも俺は構わないんだが?」
「私だってかまわない。勝てる」
「なるほど。その喧嘩勝った!」
「売った!!」
2人の間に火花が散る。
ここにきて、本格的にやばいと察した生徒会役員たちが、ライを止めようとする。
「ちょ、生徒会長まずいですって!」
「そんな、下級生相手に本気で」
「生徒会長!?何考えてるんですか!?」
「うるさい黙れ」
力技で、それらの制止をライは振り切ると、フィリアの腕をつかんで引きずるように闘技場へ向かう。
向かう先にいた生徒たちは、自然と2人をよけるように道を開け、何このモーゼ、な状態となるのだった。