◆ 10
僕は、倒れたままの彼女を抱きかかえたまま、その目をじっと見つめた。
憎しみの影は消えていた。
そして、僕の胸の中からもいつの間にか憎悪の感情は洗い流されていた。
どちらの目からも、涙がこぼれ落ちている。泣いているという感覚はなかった。
「みちる」
ぼくは呼んだ。その目を見つめながら。
彼女は、そっと応える。
「言ったでしょう……みちるは、死んだんだって」
そう、みちるは死んだのだ。今度こそ完全に。
そして、その燃え尽きた灰の中から、田所美千留という女性が新しく生を授かり、僕の腕の中に降りてきた。
「もう、あなたの心を無条件に取り込むことはしない、二度と」
力を完全に失った女性は、急に頼りなく、はかなげに見えた。
それでいい。共感だけでなくていい。時には拒否することも大切だ。僕たちはお互いに対等な人間として向き合おう。
僕は語りたい時にあなたの心に語りかけるから。
聴いてくれても、くれなくてもいい。
「……人を殺すのはもうやめられるだろうか、あなたも、私も」
努力しよう、お互いに。そして
「一緒にいてくれない? ずっと」
新しいその人をじっと見つめたまま、ぼくは深くうなずいた。
了




