◇ 07
みちるは、乗っていた自転車を脇の空き地に停め(すでに、通行不能となった車や交通整理のパトカーなどでそこも一杯だった)、好奇心も手伝って事故現場に近づいていった。
野次馬というものが存在しない場所だった。
人は多かった、電車から運び出された人びと、ちらかった荷物、周囲から集まった救急や消防隊員たち、事故の衝撃に直接晒されていなかった人びとが、束の間のチームを組んで声を掛け合いながら、ひしゃげたような金属の塊の、やや被害の少なそうな部分から次々とニンゲンを運び出していた。
つんと刺激のある甘い匂い、ものの焦げる匂いと熱の合間に、惨状が見えた。
みちるは引き寄せられるように、倒れてタンカを待つ人たちの中に入っていった。
死にゆく人びとは、彼女が何者かがすぐ解り、血まみれの手を次々と伸ばした。
彼女はすぐ近くの一人、――まだこの春から働き始めたばかりのOLだった――彼女の手をとり、脇にしゃがみこんだ。
「聞いてくれますか」
聴こえるか聴こえない程の声。しかし、みちるはしっかりとそれをすくい上げた。
「はい、どうしましたか」
いつものように、みちるは聴き始めた。
現場はあまりにも混乱していたので、彼女のやっていることは最初は誰の目にも止まらず、けっきょくみちるは1時間以上もそこで人びとの声を聴き続けていた。
消防隊員に咎められ、何の言い訳もできずについに警官に追い払われるまで彼女は9人の最期をみとり、3人の命を救った。その3人は生きる意思が強く、沈みそうになる絶望の淵に懸命に掴まっているところを、彼女の問い掛けに救われたのだった。
そのうちの1人が、意識を取り戻してから取材にきた記者にその話をしたところで、みちるは一部の人たちから注目を浴びることになった。
その事については、私はどうしようもなかったと思っている。
なってしまったことは、取り返しがつかないのだ。
例え正しい選択をしていたようでも、結果が必ずしも良くなるとは限らない。
誰がどうすることもできなかったのだ、と。




