幕間 内藤孝太その一
内藤孝太は今までの人生を独りで生きてきた。
もちろんこれは比喩で、実際には彼にも母親がおり、彼が生きていくうえでの生活費はその大半がその母親によって支払われているわけだが、内藤にとってその女性は自分を生んだ存在であるという以外の何の意味も持っていなかった。
彼にとって母は愛しい存在でも憎い存在でも、偉大な存在でも矮小な存在でもなかった。
ただ同じ家に住んでいるだけ。それ以外の意味も価値も母にはなかった。
もっとも、それはある意味当然と言えた。
何故なら内藤の母は彼を愛してなどいなかったからだ。
彼女が内藤を愛していたのは彼が生まれる二週間ほど前、不倫関係にあった内藤の父親に子供を押し付けられるような形で別れを告げられるまでの間だけだった。
当然認知などはされず、いまさら堕ろすこともできない腹のふくらみに彼女は母の愛ではなく女としての怒りを覚えた。
愛していた男が私を捨てた。この子供がいなければ私たちは離れずにすんだのに。この子供がいなければ彼が私を捨てることなどなかったはずなのに。この腹に詰まっている肉の塊があの人に私を捨てさせた。
彼女がどんなに嘆いても内藤の父親が彼女の元に帰ってくることはなかった。
程なくして内藤が生まれた。生後間もない赤子のか弱く小さな手にすがられても、彼女が我が子に愛情を感じることはついぞ無かった。
彼の名前、孝太とは母が彼の父親の名前をそのままつけたものだった。