1-5
翌日の昼休み、水野は第二音楽室にやって来た。
日村のことを完全に信用したわけではないが、昨日の様子だと日村に敵意は無いようだったたし、聞いておきたいこともあった。
緊張する心を落ち着け、水野は戸を押し開けた。
「よぉ、来たか」
戸を開けると教室の真ん中辺りの席に腰を下ろしていた日村が、すぐさま水野を差し招いた。彼の側にはやはり、水野の知らない少年が二人、机の上に腰掛けている。
「こいつらが昨日話した仲間だ」
日村が二人を指し示す。
一人は水野と同じくらいの背丈のやや肥えた少年だった。硬そうな天然パーマに黒ぶちの眼鏡。四角い顔に配置されたパーツは、どれもあまり上品とは言えないクオリティで、油のせいか全体的にてらてらと光っているのが印象的だ。
もう一人は昨日会った三田と同じくらい小柄な少年だった。短く刈り込んだ頭はどんぐりを逆さにしたような形をしており、膝の上でもじもじとさせている両手がひどく弱弱しい小動物のような雰囲気をかもし出している。
どちらにたいしても言えることはあまり強そうではないと言うことだ。
眼鏡の少年――山際透が軽く敬礼する。
「ども。俺、一組の山際。よろしくな」
「……どうも」
こういうことに慣れていない水野はどう返したら良いのか分からず軽く会釈した。
「んで、こっちはシゲ。俺と同じ六組な」
日村が小柄な少年――茂野悟を指す。
茂野は聞き取れないほど小さな声で、
「……よろしく」
とだけつぶやいた。
水野は黙って会釈するが、茂野は相手を見ずに落ち着き無く周囲に視線をめぐらせている。
水野は茂野の様子に同類のにおいを感じ取った。茂野はおそらく極度の人見知りなのだろう。
「本当はもう一人居るんだけど、そいつは昼休みはいつも来ないからまた今度紹介するとして、どうした今日は?」
そう日村に尋ねられて水野は本来の目的を思い出した。
「聞きたいことがある」
「おう、何だよ」
「何で俺が能力者だって分かった? どうやって見分けたんだ?」
自分の事だけに関して言えば、水野は能力の使用を三田に直接見られていたので何も疑問に感じる理由は無いのだが、では何故三田はあそこにいたのかと考えると話は別だった。
偶然通りかかった三田が、偶然能力を使用していた水野を見かけて襲いかかったのか。三田のことだけに関して言えば、少々強引だがそう考えることもできなくはない。
しかし日村の存在も考えるとやはりまた話は変わってくる。日村は何故あの場にいたのか。そして何故水野の名前を知っていたのか。二人は昨日が初対面だったはずである。少なくとも水野の記憶にはそれ以前の日村の情報は何も入っていなかった。
日村と三田、この二人は昨日偶然居合わせたわけではない。水野が能力者であるとあたりをつけていたのではないか、水野はそう予測した。
そんな水野の質問に対して、日村はさも不思議そうに答えた。
「何でって、勘だよ勘。雰囲気っつーか。て言うかお前分かんないの?」
当然のように聞き返されて水野は少し混乱した。
「……何が?」
「スタンド使いじゃないけどさ、何か能力者同士ってなんとなく引かれ合うっつーか、分かるもんじゃん。例えばほら、俺たち見てて何か感じない?」
水野には日村の言うことが理解できなかった。そう言われてから改めて日村たちを観察してみても、水野には何も感じ取ることができないのだ。
「……いや、わからん。……感じるって、何を?」
「う~ん、おかしいなぁ。個人差とかあんのかなぁ。慣れた奴は気配だけで分かったりするらしいんだけど……ほら、誰だっけあの、お前と同じクラスの」
日村に尋ねられて山際が答える。
「根津か? そういや、やたら詳しいなあいつ。そういう能力なのかもな」
水野は立ち尽くして二人のやり取りを見つめていた。能力者は分かるものだと、そういう前提で話を進める二人を見て、水野の胸をまた不快な感情が抉った気がした。
「昨日初めて他の能力者と会ったんだろ? だったらそのうち慣れて分かるようになんじゃねぇの?」
へへっと笑う山際の気休めも水野の耳には届かなかった。冗談を言える心境でも、言われて笑える心境でもない。今目の前で話している二人の言葉が、違う国の言語のように水野には聞こえていた。
「他にもいるんだよな?」
「え?」
「たくさん、能力者が」
水野はじっと日村を凝視した。
暗く沈んだ水野の様子を見て、日村は努めて快活に水野を励ました。
「ああ。だけどいきなり喧嘩売ってくるようなのは三田くらいだから、そんな心配すること無いと思うぜ」
「なあ、お前の能力ってどんななんだ?」
空気を読まない山際の質問には答えず、水野は黙って教室を後にした。
「なんだあいつ」
無視され、不満げに漏らす山際。
日村はその横で、肩を落として去っていく水野の背中を心配そうに見送った。
第二音楽室を出た水野はうつむき気味に一人廊下を歩いていた。
三田、日村、山際、茂野。自分以外の四人の能力者に会ったがその中でも自分は一番劣等だと水野は思った。井の中の蛙とは水野のことだった。鳥なき島のこうもりとは水野のことだった。
水を操れるからなんだと言うのだ。特異な能力を持つものは自分以外にもたくさんいた。自分だけがそれを知らず、ただ一人で得意になっていただけなのだ。
今、水野の横を通り過ぎた生徒が能力者なのかそうでないのかも水野には分からなかった。
目に映るもの全てに苛立ちながら、水野は一人廊下を歩いた。