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「何だ? ありゃあ……」
対峙する敵の不可解な行動に日村は思わず声を漏らした。
いくら倒してもきりが無い騎士団の攻勢に日村たちは一時的な撤退を余儀なくされていた。連戦に次ぐ連戦、それにより生じた疲弊や水野の武器である水の不足が主な原因だ。
無駄な戦いで余計な体力を消耗している場合ではない。謎の騎士の相手はそこそこに、まずは箱の能力者を探そうと言うのが日村の提案で、皆もそれに賛同した。
当初渋っていた茂野だったが、倒すか助けるかの話し合いはその能力者を見つけ出してからでいいだろう、と日村に諭され、不承不承ながらも撤退を承諾した。
彼らが騎士たちのおかしな挙動に気づいたのは日村を殿軍に少しずつ距離を空け二十メートルほど離れた、その矢先だった。
無言にして無表情ながらもその激しい攻撃の手を緩める気配が一切なかった騎士たちの追撃が、突如として止まったのだ。
騎士団は敵を追うのを止めると無防備な背中をさらけ出してまっすぐに、もと来た廊下を引き返していく。しかしそのまま階段へは行かず、ある教室の前でぴたりと立ち止まると、戸を蹴破って中へとなだれ込んでいった。
それはくしくも水野の在籍する三年五組の教室だった。
日村の指示で山際は室内を覗き見た。
視界に映ったのはとっ散らかった五組の教室とその一角に集合している屈強な騎士たちの後姿だった。十数人の騎士たちは輪を作るように円陣を組んで何かを囲んでいた。そしてその輪の中でさらに二、三名の騎士たちが肩を寄せ合って何らかの作業を行っているようだが、取り囲む騎士たちの背中に阻まれて山際には確認することができない。
「あいつら何してんだ?」
日村に尋ねられてもう一度目を凝らしてみる山際だったが、
「……分っかんねぇ」
と、正直な気持ちを伝えることしか彼には出来なかった。衣服も皮下脂肪も容易に透かして見ることの出来る彼の〈千里眼〉をもってしても何故かその騎士達の体を透かすことは出来なかったのだ。
「分かんねぇってなんだよ?」
「いや、何か分かんねぇけど見えねぇんだよ。くそッ、何でだ?」
角度を変えようと動き回る山際が日村の前に進み出たとき、突然教室にたむろしていた騎士たちが廊下へと躍り出ると、再び突撃を開始した。
「山際、下がれ!」
日村は山際の首根っこを掴んで後方に投げ飛ばすと、すかさずライターに着火して臨戦態勢に入った。が、すぐにでも仕掛けてくると思っていた騎士たちは何故か再び停止するとそのまま五組の教室に引き返してしまう。
「何だ? また」
追いかけたい衝動に駆られた日村を踏みとどまらせたのは敵への警戒心だった。いまだ素性も手の内もよく分からない敵に対して不用意に近づいていけるほど今の日村には余裕がないのだ。
「痛ってぇなぁ、もっと優しく助けろよテメェ」
「悪い、急だったから」
悪態をつく山際に軽く謝罪すると、日村は油断なく教室に視線を戻した。
「出てきませんね」
不気味に静まり返った教室の方を見て高井が眉根を寄せた。
「ああ」
答える日村の手には相変わらず火の灯ったライター。警戒を解く気はないようだ。
そのままの状態で一、二分が過ぎた頃だろうか。日村はライターをしまうと後ろに控えていた仲間たちに振り返った。
「よし、一旦退こう。すぐに仕掛けてくる様子もないみたいだし」
日村の言葉に仲間たちは安堵の息を漏らすが、ただ一人山際だけは難しい顔で教室を睨んでいた。
「どうした? 何かあったのか?」
日村の質問に山際は教室から目を放さずいつになく真剣な表情で答えた。
「一旦退いて、その後はどうする?」
「そうだな、ひとまず例の箱の能力者を探そうと思ってるけど」
「なら退く必要はねぇな。見つけたぜ、多分」
「何! どこだ?」
にわかに興奮する日村とは対照的に、山際は落ち着いた動作で黙って前方を指差した。
今も騎士たちが立てこもっている、三年五組の教室を。